彼は吸血鬼らしい
前回のお題を考えたときにできたお話です。
あらすじキーワード:現代ファンタジー?/吸血鬼/ラブコメ/シリアス少々
彼は開口一番に文句を言った。
「ふざけるな。危ないことに気付いたら逃げろ。逃げようとしろ。俺の目の前でミンチになる気か。グロ映像見せるな。トラウマにする気か。俺は血が苦手なんだ!寝れなくなったらお前を呪うぞ!」
私は言われた内容よりも目の前で起きた出来事が衝撃的過ぎて、ぽかんと口を開けたまま静止した。
*
探し物をしていた。どこかで落としたのだろうけど見つからず
探し回った挙句、雨が降ってきた。大粒の雨がぼたぼたと降ってくる。
家まで距離があったので、近くにあった廃ビルで雨宿りをすることにした。
このときの選択肢は後々関わる大きいことなのだけれど、私はまだ知らない。
昔から知っていた廃ビルだった。何度も来たことのある場所なので大して迷いもせず奥へと入っていった。
時間潰しついでに気まぐれで中を散策しよう。
そう思い、とある部屋に足を踏み入れた瞬間、ミシリと嫌な音が頭上でした。
瓦礫の塊が私の頭上めがけて落ちてくる。上を見て驚いた。
崩れたことにも驚いたのだけれど、探しものが見えた気がしてから。
瓦礫に押し潰されそうな次の瞬間、誰かに引き寄せられ抱きとめられた。
私を護るような、あたたかさに包み込まれる。
ガラガラと崩れ落ちる音が耳に届く。埃や木屑が混ざったものが大きく舞う。
音が止んで静かになると私は反射的に閉じてしまっていた目をそろりと開けた。
赤い目をした青年が居る。
先程、私を助けるように引き寄せたのは青年だった。十代なのか、二十代なのか分からないけれど、少年より青年という表現の方が合っている。
私を抱き締めてていた体を離して真っ直ぐに注がれた視線は痛いほどだった。
彼の整った顔に見られると迫力がある。
というより、ピリッと怒っているように空気が震えた。
彼は開口一番に文句を言った。
「ふざけるな。危ないことに気付いたら逃げろ。逃げようとしろ。俺の目の前でミンチになる気か。グロ映像見せるな。トラウマにする気か。俺は血が苦手なんだ!寝れなくなったらお前を呪うぞ!」
ここまで一気に捲し立てると、不機嫌そうに息を吐いて口が閉じられた。
私は脳の処理が追いつかず、ぽかんと口を開けてしまった。
なんとか口を閉じて声を出すために、もう一度口を開く。
「探し物を……見つけた気がして、見失わないようにと思っていたら逃げ遅れました」
静止した頭を動かすようにゆっくりと言葉にする。
彼の返事を待ちながら頭を回転させたところで、整った顔を思い切り顰められた。
*
ビルの一室の半分程の大きな穴ができていた。
穴は三階、二階と突き破り、一階に瓦礫が落ちているのだろう。
近くに立つと鉄筋やよく分からない破片の隙間から下の階が見える。上を見上げれば壊れた四階の床が見える。
私は三階にいた。先程まで自分が立っていた位置を見て寒気がした。
「助けて頂き有難うございます。貴方のお名前はなにですか?」
埃を払いながら立ち上がり、彼を見つめる。
うっとおしいほどに長い前髪を斜めに流して、間から覗く瞳は黒になっていた。
「俺は吸血鬼だ。お前に名乗る名前はない」
ぱちぱち。なにを言われたのか理解できずに瞬きをする。
「……えーと、中二病でも患ってるんですか?」
「はぁ? 俺の体は丈夫だ」
「それは何よりです」
「その変な喋り方を止めろ」
「変な?」
「なんとか、です。とか後ろにつけるな」
「後ろ? なんのことですか?」
「それだ。”ですか”は付けるな」
「ですが、癖のようなものでして――」
「なら、今日から直せ」
「無茶苦茶ですね」
「付いていたら次から返事はしない」
子供の我侭のようで思わず笑い声が零れた。私が笑うことで恥ずかしくなったのか声を荒げる。
「笑うな」
「否定ばかりですね」
「文句があるならここから去れ」
そんな風に睨んでも全然怖くないですよ。
「それは困ります。なので、今日から直すよ。よろしく、吸血鬼さん」
*
「おい、人間」
「……なんですかそれ。もしかして私のことを指してますか」
「言葉が戻ってるぞ」
「そりゃー、言葉遣いも戻りますよ。戻りまくって舌打ちとかしたい気分ですよ」
「なんで、戻りまくったら舌打ちになるんだ」
「昔、グレてたので名残です」
「そうか」
「そうです。それにしたって人間って範囲広すぎですよね。君とか、貴女とか、お嬢ちゃんとか他に言いようがあるでしょ。さっきはお前と言ってたじゃないですか。忘れたんですか退化したんですか。最低ですね。”お前”とも呼ばれたくもないですが」
「……むかつくな」
「むかつくように言いましたから」
「なんて呼べばいい?」
「なんて呼びたいですか?」
「質問に質問で返すな」
「つい。初対面の言葉の暴力に吃驚したので軽い仕返しですよ」
「呼ぶだけでここまで言われる仕返し……」
「まぁまぁ。呼び方はこの際置いておいて、なにを言おうとしたんですか?」
「怪我してないか?」
「いま言うの、それ。お陰様でたいした怪我もしてないけれど、いま言うの」
「言い忘れてた」
「あぁ、さすが吸血鬼さんですね」
「お前っ!」
「実央」
怒っている声を隠しもせず、私は言う。
「実央ちゃんでも、実央たんでも自由に呼んでください。ただし、お前は却下」
「……わかった」
素直な返事に内心驚きつつも気分が良くなり、にんまりと笑った。
「吸血鬼さんも怪我なかなった?」
*
上の階から順番に探し物をすることになった。まずは三階。
崩れた瓦礫と一緒に下へ落ちたかもしれないけれど、見えた場所から順に探す。
「わー、穴が空いてますね」
崩れてしまった場所は空洞になっていた。ちなみに、この下の階も穴ができている。
穴の向こう側も探したいけれど、穴が大きすぎて跳び越えることはできない。
運動神経のいいスポーツ選手だったら飛び越えられるのだろうか。
それとも、どこかから板やロープを持ってくるとか。
思案していると声が掛けられた。
「実央はここで待っていろ」
え、と聞き返す間もなく彼は穴を軽く水たまりを跳び越えるように飛んだ。
トンと靴音を立てて綺麗に着地する。
「運動神経いいんですね」
「まあな」
「さすが吸血鬼さんですね」
「なめてるのか」
「褒めてるんですよ」
「ところでなにを探してるんだ?」
「十字架です。小さな十字架のネックレスです」
彼が口を閉じて静かに私を睨む。やだな、睨まないでくださいよ。
貴方が吸血鬼だってこと忘れてないですよ。でも、私もまさか自然な流れで手伝ってくれるなんて思っていなかったので仕方ないじゃないですか。
嫌がらせじゃないですよ。吸血鬼が十字架を苦手なら、また一人で探しますよ。
「あ、吸血鬼さん。十字架平気ですか?」
「いま聞くのか」
「聞いちゃいます。こんな日の光が入ってきそうな廃ビルにいるんですから太陽は平気なんですよね?」
「見てないようで、見てるんだな」
「見てますよ。ちなみに、吸血鬼らしい歯も生えてないようでしたけど」
「あぁ、人間と殆ど変わらない。違うことといえば、興奮すると目の色が赤く変わることと、体が丈夫で怪我の回復が早いことだな」
「いいんですか、簡単に喋ってしまって。私が敵だったら殺されてしまいますよ」
「人間だろ」
「そうですね。知ったところで私はなにも、できないですね」
静かに瞼を伏せる。会話しながらでも探しているのか彼の足音だけが耳に届く。
「実央」
「見つかりましたか?」
「いや、ここにはなさそうだ」
「そうですか。下に行きましょう」
*
「吸血鬼さん、見つかりましたか」
「いや、そっちはどうだ?」
「こっちもないですね」
ひとつ下の階に行き、探し物の続きをしていた。
再び崩れたら嫌なので慎重に歩いて手を動かしながら、口も動いていた。
私に慣れてきたのか、彼の方からも雑談をしてくれる。
「前にも、このビルに来たことあったのか?」
表情は読み取れないが、眼差しは私の答えを待っていた。
「家が近くだったので昔は来てましたよ。街を離れて何年も来れてなかったんですけど……ビルというより廃墟ですね」
小さく息を吐く。彼の相槌が聞こえたので言葉を続けた。
「一週間ぐらい前にこの街に帰ってきたんです。懐かしくて、周辺を日が暮れるまで歩きまわったんです。近くの公園を散歩したり、ビルに入ったんですけどね」
「馬鹿だな」
「そうですね、馬鹿ですね」
懐かしくて浮かれていた。
挙句、子供のように歩きまわって大切なものを失くしてしまった。
溜息を吐くと、ポカリと頭を軽く叩かれた。
「言い返せよ」
不器用な励まし方に私は微笑んだ。
「じゃあ、吸血鬼さんには見つかるまで探すの付き合ってもらいますね」
「おいおい」
「母の形見なんです」
笑顔のまま私が告げると、心配そうに彼の顔が歪む。
重くならないように言ったつもりなのに失敗した。
「……それじゃあ、仕方ないな」
「仕方ないんですか?」
「仕方ないだろ。今日中に見つからなかったら、明日も探すの手伝ってやる。絶対、見つけるぞ」
「……はい」
*
「簡単に見つからないものですね」
あれから何時間経ったのか、雨音は消え日は沈みかけていた。
上からひとつ、ふたつ、の階を探し、ついでに四階も探し、一階を現在は探している。
二階分、だか三階ぶんだかの塊が積み重なってゴミにしか見えない。
この階より下はないので、ここを探し終えたら探すところがなくなってしまう。
塊を掻き分けながら少しずつ焦りが出てきた。
「実央、怪我してるだろ」
確かに傷はあった。瓦礫で手を切った小さな傷だ。血も固まりかけている。
「でも、まだ見つかってない。日が暮れてきたし早く探さないと……これくらい」
――大した事ない。そう続ける前に静かに怒られた。
「実央」
名前を呼ばれただけなのに、言い聞かせるような力があって私は口を噤む。
彼の掌が私を落ち着かせるように頭を撫でた。
「ここで座って待っていろ。すぐ戻ってくる」
私が頷くを確認すると彼はどこかへと向かい、少しの間の後帰ってきた。
持ってきたのか、シンプルな鞄を床に置き消毒液を取り出した。
「用意いいんですね」
「必要最低限のものは持ち込んでいる」
「枕もですか?」
その問いに彼は答えない。私の両目をじっと見据える。
彼はまだ、怒っているんだ。
「俺は血の匂いで気付くこともできないんだ。言ってくれないと分からない」
「小さな怪我でも? 大した事なくても?」
「それでも手当てさせろ」
「聞いてるのか?」
「……ごめん」
咄嗟に返すと、彼の目が瞬いた。黒に戻っている。
「吸血鬼さん、変な人だね」
「なめてるのか」
「ほめてるよ。すごく褒めてる。血が見たくないのに手当てする変な人だね」
「血が見たくないから手当てをするんだ」
「……そっか」
嬉しくて眩しくて瞼を閉じ、開けると視線の先にキラリとなにかが光った。
「あ!」
思わず大声で立ち上がろうとすると、彼に制止された。
「ちょっと待て動くな。俺が取ってくる」
今度は見失わないように指差したまま、彼の背中へ「右、左、もうちょっと右」と
応援を送った。
「ほら、失くさないように気をつけろよ」
掌に小さな音を立てて十字架のネックレスが落とされた。
噛み締めるようにぎゅっと両手で握り締めて胸元で抱き締める。
「ありがとう、吸血鬼さん」
優しい手のひらが私の頭を撫でた。
自然と口元が緩むのは仕方がないと思う。
「そういえば、」
「なんだ」
「こんな穴が開いた廃ビルでこれからも寝泊りするの?」
枕を聞いたときに否定をしなかったのは寝泊りをしてる証拠だと思った。
だから私は、にんまりと笑いながら彼の前に手を差し出す。
彼の赤い目は驚いたように見開かれた。
*
彼は吸血鬼らしい。ここで言う彼は三人称の彼で、恋人という意味ではないのだけれど
――多分、いまのところは。
らしいというのは、吸血鬼としての血が薄すぎるのではっきり断言できるかどうかあやしいのだ。彼の祖先が人間と結婚して子供が生まれ、また人間と一緒になり時に吸血鬼と一緒になって現在へと繋がった。吸血鬼としての血は薄くなって、薄くなって、濃くなって、薄くなり、続きに続いて彼のような体質が生まれた。
赤が苦手で、特に血が苦手。感情が高ぶったり興奮すると目の色が赤く変わったり、体が丈夫だったり、怪我の回復が早かったりすることを除けば、ほぼ人間だ。
なんとも可愛い吸血鬼だ。そんな可愛い吸血鬼さん――もとい、アンダーハートさんは私の家の小さなマンションで一緒に暮らしています。
「その赤いのを俺に見せるな!」
買い物袋から林檎を取り出した私に彼が言った。
「あ、食べる?」
首を傾げて返事を待つ。
不機嫌そうに眉を寄せるけど、食べないとは言わない。
赤いといっても皮を剥いたら赤ではなくなる。
「いま剥くから待ってね、ハートさん」
「おい」
「名前を呼ばないと返事しません」
「実央」
「なーに?」
「すりおろしたのが、いい」
「りょーかい」
・人物紹介
実央…幼い頃に両親を亡くし、親戚を転々としていた。一人暮らしのため
両親と住んでいた街に戻ってきた。昔、とある吸血鬼に会ったことはあるが本人は覚えていない。
アンダーハート…吸血鬼としての名前なので、日本名ももっている。
恥ずかしいので吸血鬼名を言いたくなかった。日本名も教えたのに吸血鬼名ばかり呼ばれる。
やめろ、と言い続けて結局「ハートさん」とニックネームのように呼ぶことになった。
日本人のようで、ハーフっぽい雰囲気。警戒させるために吸血鬼だと言ったが意味がなかった。
一週間ほど前に、廃ビルで実央を見かけているが声は掛けていない。