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ゾンビと私しかこの町にはいないようです

第一話 鈍痛じみた灰色の街に、雨は降る。











 濡れたアスファルトが好きだ。

 くすんだ灰色が、銀色に艶やかにきらきらと輝く。

 それを美しいと言えば、雨がとにかく嫌いな貴方はとぼけたように首をかしげたものだった。



 


 卵を割る。フライパンの上で。

 じゅうううと焦げる音とともに透明と鮮やかな黄色が、目玉焼きへと変身する。

 ふつふつと、優しい音を出す幸平鍋をかけていた火をとめて、インスタントコーヒーを作る。

 ちん、と可愛い音をたてて、トースターが焼きあがる。

 

 《大崩壊》(ブレイク)


 そう呼ばれた未曾有のパンデミックの後、変わったことはいろいろあった。でも、私にとってなによりも大きな変化は、私の食事だ。

 私よりもよほど台所に立つのを愛していた彼にかわり、私がすべての食事を作るようになった。そして、私ひとりで食卓に皿を並べて、一人で食べるようになった。

 暖かな食事は、心を豊かにする。

 寂しさを紛らわせるように、トースターの上にのせた目玉焼きにかぶりつく。

 黄身の色が薄くなるまでしっかりと焼いたサニーサイドアップ。

 固焼きが好きなのは、夫のほうだった。

 だけど、夫のためによく作っているうちに、私の好みまで変化していった。


 





 《大崩壊》を乗り越えた私たちは、違うもの同士になった。私は人間のまま生き残り、彼は、ゾンビになった。


 ああ。ゾンビと言っても、腐った死体を想像してほしくはない。

 私の夫は、生前と変わらず柔和でまろい風貌をしている。

 外見でわかる変化といえば、血色がほんのすこし青白くなった程度だろうか。

 性格はちょっとぼんやりすることが多くなっただろうか。

 その程度だ。

 彼の変化はそう大きくない。

 

 《大崩壊》は、約二週間で収束した。

 パンデミックの発祥地でもあるアメリカ政府が抗ゾンビウィルス剤が開発し、日本政府が同じものを作るまでが二週間。……アメリカさんのウィルス開発のあまりの早さに陰謀論がいまだ週刊誌をにぎやかしているけれど……とにかく、ゾンビにお薬を打ち込めば、人の血肉に飢え渇くことのない理性あるゾンビができあがる。


 理性あるゾンビが、人間とどう違うか。


 専門家であるわけでもないので、ざっくりとだけど、まず第一に、ゾンビは人間と違って生きているわけではない。動く死体。

 成長はしない。老化もしない。

 ただし、定期的に支給された薬剤を飲まないと身体の腐化が始まる。腐化が脳まで進めば、それで動かなくなる。感染から完全な停止までには平均して三ヶ月程度かかる。

 逆に言うと、その薬さえあれば動き続ける。燃費のよい生命体だ。

 その次に、ゾンビは死ににくい。

 もう、死んでいるわけだから、死ににくいという表現はおかしいけど。

 脳さえ無事なら、動こうという意思は消えない。上半身だけになったゾンビは、ほっておけば肩だけでずりずりと移動しようとする。

 

 お皿をまとめて、ステンレスの桶につける。

 蛇口レバーをあげて、スポンジに洗剤をつけて、しゅわしゅわと泡を出す。


 


 問題は、ゾンビはどこまで、人間なのか、という話だ。



 

 

 たとえば、ゾンビは人を愛せるのだろうか。





「みーちゃん」


 やわらかくて低い声。

 記憶の中。

 鈍い鈍痛。


「……守れなくてごめんね」


 血だらけで。

 震えてて。

 苦しそうな。


 それが、生きていた彼の最期の言葉だった。



 

 



あああああ。

本当に文才欲しい。


続きます。

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