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死神たちのお仕事

今日の朝食何にしよう

作者: 夏川 翠

 朝、目を覚ました俺はまず、布団の中で目をつぶったまま今朝の朝食を何にするかについて考える。

 一人暮らしの身としてはそれなりに重要な案件だ。夕飯の残りなどはなく、米はあるが炊飯器は空。食パンやシリアルの類も切らしている。果たして作るか、買うか、いっそ食べずにいくか。

 よし、大学行く途中のコンビニで買おう、と決めて開いた俺の目に、真っ黒な男が飛び込んできた。

 黒いスーツ、黒いネクタイ。脇には大量の書類らしきものが入ったファイルに、きっちり整えられたヘアスタイル。

 銀行か役場の窓口にでも座っていそうなその男は、なぜか俺の部屋で俺の顔を覗き込んでいたおかげで、寝起きの俺とばっちり目があった。


「「…………」」


 無言で見つめ合うこと、数秒。


「あれ? 見えてるんですか?」


 男は一度ゆっくりと瞬きをすると、首を横に傾げた。

 その言葉を聞いて我に返り、慌ててベッドから跳ね起きた。おかげで危うく、男と顔面衝突するところだった。


「だ、誰だあんた! 警察呼ぶぞ!」

「まあまあ、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるかぁ!」


 家主に怒鳴りつけられていると言うのに、不法侵入者は実に落ち着いた様子で俺をなだめるように両手を上げ、笑顔なんぞ浮かべている。

 そしておもむろに居住まいを正すと、懐から名刺を取り出した。


「実は、私、こういったものでして」

「え? ああ、どうも」


 きちんと両手を添えてお辞儀付きで渡され、条件反射的に受け取ってしまったが、渡された紙片には俺には解読不能な文字が躍っていた。あれだ、いつぞや歴史の資料集か何かで見た楔形文字ってやつに似てる。

 男は笑顔を浮かべたままさらりと言った。


「私は死神です」

「はあ!?」

「普通は我々の姿は人間には目視できないんですが、時折お客様のように見えてしまうこともあるんですよ」

「いやいやいや、死神っていえば、でっかい鎌持って、黒いフード被って、じゃないの!?」

「あー、いるんですよねー。そういうイメージ持ってる人。確かに大昔はそんな感じでしたけど、この人口爆発の時代にそんな前時代的な恰好やってられませんって」


 そう言ってひらひらと手を振りながら半笑いを浮かべた自称死神は、「サムライはどこにいるんだい?」と外国人に尋ねられた時の日本人にそっくりな顔をしていた。

 その表情にウソをついている様子はない、が。


「……って、信じられるか! 不法侵入の言い訳にしても、もっとまともなウソをつけ! 何しに来たんだうちに金なんてないぞ!」

「えー、ウソじゃありませんよ? 証拠見ます?」


 そう言うと自称、死神は壁に向かっておもむろに手を伸ばした。

何をしだすのかとみていると、壁にぶつかると思われた指先は、そのままめり込むように壁の向こうに突き抜けていく。


「…………!?」

「我々は『死神』なんで、現世の物には触れられないんですよー。ほら」


 驚いている俺を見て、自称死神は面白そうに今度は俺の二の腕に手を伸ばした。視覚は確かに、目の前の男が自分の二の腕に触れている(それどころか指先が若干腕にめり込んでいる)ことを知らせているのに、触覚はなにも俺に知らせてこない。なんだこれ。あまりの違和感と気色悪さに、背筋をぞわぞわしたものが駆け降りる。


「えーっとあとは何をしに来たのかですよね……。ちょっと待ってください」


 驚愕で目と口を開ける俺をよそに、死神は指を俺から話すと、ぱらぱらと手元のファイルをめくった。


「えー、田中裕一さん、二十三歳男性ですね。大変お気の毒ですが、貴方は三分後に心臓麻痺で死亡することが決定いたしました。つきましては……」

「ちょ、ちょっと、待って。なんだって!?」

「三分後、心臓麻痺で死亡することが決定いたしました。お悔み申し上げます」

「はあ!?」


 おもむろにそんなことを言われてもぶっちゃけ実感も真実味もない。っていうか、あんた、全然気の毒と思ってないし悔やんでもいないだろ、と頭の片隅で死神にツッコミを入れた。


「あ、そうだ」


 死神がいい笑顔で手をぽんと打つ。


「どうせなら、この三分間のうちになるべく未練を晴らしておくのはいかがでしょうか。いえ、正直なところ未練がある魂は現世に残ろうとするんで連れて行くのに面倒なんですよね」

「じゃあ、俺みたいな若いやつにターゲットを絞るな! 三分程度で消化できる量だと思ってんのかふざけんな!」

「人口等々との兼ね合いもありまして、死亡させる人間の何割かは三十歳以下にしなければならないと規定されているんですよ。あ、最期に食べたいものとかありますか? 可能な限りこちらで用意させていただきます」

「え、マジ?」

「はい。基本的にはなんでもそろいますよ」


 人生の最後に食べたいものか。いつぞや学校の女子が遊びでやっていたくだらない質問を思い出す。

 俺の頭の中に、一瞬でありとあらゆる料理がラインナップされ、直感的に言葉が出た。


「カ、カレーとか?」


 言った瞬間後悔した。なんで、『最期の食事』を聞かれて出てくるのがカレーだ。どうせならキャビアとかフォアグラとか答えればいいものを。第一、朝っぱらからカレーか。


「かしこまりました」


 死神がにっこりと笑顔を浮かべた。

 次の瞬間、ごとん、と硬い物同士がぶつかるような音がしたかと思うと、ベッドのわきに置かれている机に突如としてホカホカと湯気を立てるカレーライスとスプーンが出現していた。福神漬けまでばっちりだ。


「ええ!? 死神すげぇ!?」

「ありがとうございます」


 まさか、マジに出てくるとは思わなかった。

 俺はしばらくカレーを眺め、それを指差して恐る恐る死神に尋ねてみる。


「……これ、本当に食っていいの?」


 どこからともなく登場した得体のしれないカレーではあるが、見た目的には問題ない。というかむしろすごくおいしそうな匂いと見た目ではある。

 死神はにっこり笑って促すように片手をあげた。


「どうぞどうぞ」

「毒とか入ってないよな?」

「はい、お客様は毒殺や食中毒ではなく心臓麻痺での死亡予定なので、そのあたりは問題ありません」


 実に嬉しくない理由だ。

 なら、とりあえず食べてみるか、とカレーの前で正座をして、両手を合わせて、


「いただきま……」

「死亡まであと三十秒です」

「食わせろよ!?」

「すいませんね、規則なもので。あと二十秒」

「いや、待て。じゃあ、お前なんでカレー出したんだよ!!」

「こういったケースの場合、対象の希望はなるべく叶える規則なんです」

「それも規則か!」

「はい、十、九、八、七」

「ちょっと、待て! 俺本当に死ぬのか!?」


 淡々とカウントダウンをする死神の姿に、突然に死への恐怖が襲ってくる。

 嫌だ、死にたくない。まだ、冷凍庫のなかのハーゲンダッツ食べてないし、今夜放送予定の楽しみにしていたドラマの最終回も見てないし、レポートの期限明後日なのにまだ白紙だし――って、違うだろ、俺!


「三、二、一、ゼ」

「おい」


 「ゼロ」を言う直前で、見知らぬ男の声が割り込んだ。

 死神はカウントダウンを取りやめると、驚いたように後ろを振り返った。

 いつの間にか、死神の後ろに同じような恰好をした死神よりやや年かさな男が立っている。


「増えた!?」

「あれ、先輩? どうしたんですか」

「先輩なの!?」

「ええ、はい」


 あっさりと肯定してくれるが、死神の世界にも先輩だとか後輩だとかがあるのが驚きだ。いや、スーツだとか名刺だとかが出てくるくらいだし、ありそうだけど。

 その『先輩』は死神に向かって一枚の書類らしきものを突き付けると、あきれたような口調と表情で言った。


「書類不備だ。お前、この書類記入漏れしてたぞ」

「え、本当ですか?」


 最初に来ていたほうの死神はしばらく手元の書類と『先輩』が持ってきた書類を見比べたりしていたが、やがて「あー、本当だ……」と呟くと罰が悪そうな顔で俺に向き直った。


「申し訳ありません。少々お時間いただけますか」

「少々って……」

「えーっと」


 死神は手元の腕時計を覗き込んだ。


「ざっと五十年ほどですね。すぐ戻りますので」

「え?」

「それでは、失礼します」


 そう言って頭を下げると、二人の死神は忽然と消えた。それはもう、最初からいなかったんじゃ、と思えるくらい気配も何も残っていない。

 呆然とする俺の耳に聞こえてくるのは、のんきに小学生が登校する声と、実に平和そうな鳥の鳴き声。目の前にあるのはホカホカと湯気を立てるカレーライス。


「…………えーっと…………」


 助かった……のか?

 カレーがあるってことはさっきまでのあれは夢じゃないってことでさっきの死神のセリフからすると今すぐには死なないってことで、でもあれ? これ、俺五十年たったらまたこんな目に合うってこと? っていうか、今さりげなく自分の寿命を知ってしまったような。


「…………」


 とりあえず。

 俺は無言でスプーンを手に取った。


 今日の朝食はカレーにしておこう。

一言でいえば、朝食のメニューが決まるまでの過程を描いただけの話。

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