魔戦 2
単刀直入に言うと、誰かが作ってくれたご飯というものは滅茶苦茶上手い。
「ふむむ~~!!」
私は奇声を上げながら、騎士団の食堂で夕食を食べていた。
外はカリカリ、中はフワフワのパンに、出来立てのシチュー。
こんがりと焼かれたお肉は柔らかく、新鮮なサラダとドレッシングの相性は抜群だ。
そんな奇声を上げる私の横では、苦笑いしつつ優雅に食事を進めるゼノファーがいる。
元々伯爵家三男という貴族の身分なだけあって、その食べ方は優雅という一言に尽きる。
「んむむ!! んんむん~!!」
「……セリカ、何喋ってるか分からないよ」
喋っているわけではない。叫んでいるのだ。
私が起こした暴力事件のせいか、周りは私たちを遠巻きに見るだけで、私たちの近くに人や使い魔の姿はない。
浮いているという言葉がぴったりだったが、気にせず食事を進めていく。
周りから浮いていてもご飯の美味しさは変わらないので私は気にしない。世の中一番大切なのは食べ物なのだよ。
そう開き直って口いっぱいに頬張っていると、目の前に誰かが座る気配がした。
む? この雰囲気の中、一体誰だ? と視界を上げる。
銀、というよりはくすんだ灰色に見える髪をした、ちょっと怪しげな雰囲気の男性がいた。彼は食事も持ってこないまま私の前に座る。
翡翠の瞳がほの暗く光り、口が孤を描く。
「お前が噂の使い魔か」
噂になっているのだろうか。というかあなた誰ですか? と質問しようとした寸前に、ゼノファーが慌てたように敬礼する。
「ろ、ロッシェ副隊長……!!」
「いいよ。堅苦しいのは」
ロッシェと呼ばれた男はひらひらと片手を振る。副隊長というのだから、偉い人なのだろうか。
灰色の男がどういう地位か分からない私は、とりあえずサラダとお肉を口に詰め込んだ。旨い。
「え~と、セリカだっけか。ふぅん、ずいぶん華奢だな」
体を舐めるように見つめられる。ようやっと口の中のものを咀嚼し終えた私はとりあえず彼に名前を聞いてみた。
「誰?」
「ロッシェ・セザール。三番隊の副隊長。もうこいつアレイスターには会わせたのか」
「隊長には、まだですが……」
戸惑うゼノファーをよそに、ロッシェは『ふぅん』とだけ言ってまた私を見る。肉はやらんぞという意思表示の為にスッとトレーを腕に隠と、ロッシェは何が面白いのかクツクツと笑った。
「そう警戒すんなよ、チビ」
ロッシェはもう用事は終わったらしく、席から立つ。
「連絡だ。お前らペアの部隊先は空軍に決まった」
ロッシェはそれだけ言って、それなりに混雑する食堂から出て行った。
「空軍?」
ロッシェの最後の言葉が気になって、私は隣にいるゼノファーを見つめた。
なんだか最近ゼノファーの意見を聞きたい時の癖になってきている気がする。
少し気疲れしたのか、ゼノファーは一度息を吐いて弱々しく笑ってみせた。
「使い魔の特性によって、陸、海、空軍に分けられるんだ。
多分、セリカは空が飛べるから空軍になったんだと思う。訓練の時、空軍だけで練習したりするんだ」
「なる程~」
それぞれの部隊が持つ特性によって、戦いに出す部隊を選びわけた方が戦いやすい。
作戦も立てやすく、何より作戦のバラエティーに富む。
空中戦など隊列を組んで行った事がないから少し不安だが、まぁなんとかなるだろう。
「覚悟はしてたけど、そっか、空軍かぁ……」
噛み締めるかのような声色。ゼノファーの口元が笑いを堪えるかのようにピクピクと動いている。
「嬉しいの?」
「……空軍は、この第三騎士団の一番の花形なんだ。それに、Sクラスの使い魔もいる」
「ふ~ん……。何人?」
「さっきのロッシェ副隊長と、あとアレイスター隊長だよ。
この二人はどちらも空軍で、使い魔はSクラス。兵士の羨望の的なんだ」
「へぇ~……」
そんなに強そうには見えなかったけどなぁ……? なんて言えないので、私はパンを咀嚼する。
癖のある灰色の髪に、鋭い翡翠の瞳。年は20代かな。痩せ気味で、どちらかというとデスクワークや参謀が得意な雰囲気だった。なにより、あの含み笑いがそう感じさせる。
「うわぁ……。空軍かぁ……!」
手の甲で顔を隠してはいるがにやけているのは確実だろう。
そりゃ、落ちこぼれと罵倒されていたのに花形の空軍に入れたのは嬉しいに決まっている。
そんな嬉しそうなゼノファーに私は今後の課題を口にした。
「じゃあ、私に乗りながら弓で敵を射抜ける位にはならないとね」
ゼノファーの顔色が音も無く青くなった。
「ぇ……、乗っているので精一杯なのに……?」
「それじゃあ乗っている意味ないじゃん。空軍の練習だって、空中からの攻撃が主じゃないの?」
「それは、そうだけど。俺は魔法も上手くないし……」
と、しどろもどろにゼノファーが答える。そういえばゼノファー自身がどれ位強いのか聞いてなかったな。
使い魔のレベルは本人のレベルによって決まるって言っていたけど……。と考えつつ、ゼノファーの体を見る。うん、典型的な優男だ。
「ゼノファーってどれぐらい強いの?」
「……平均、より少し下、かな……」
ゼノファーが目を合わせてくれない。
確かに体格には優れていないかも知れないが、そこまで低い訳でもないだろうに。
「弓矢は得意って言ってたじゃん」
「それはそうだけど……」
煮え切らないゼノファーの態度に若干苛ついた私は彼の肉を奪ってやった。『こら、行儀が悪い』とたしなめられるが無視。
「上手くないなら上手くなればいいじゃないっ!!」
どこかの女王様のセリフをパクりつつ、私はお肉を頬張る。旨い。
「じゃあ、明日その強い隊長の所に行って、空中戦はどうやって戦っているか伝授して貰おうよ」
「そんな恐れ多い事出来ないよ!! アレイスター隊長は辺境の村に出たドラゴンを、自身の使い魔とだけで倒した英雄なんだよ!?」
「ドラゴンの一匹や二匹私だって倒してるわ!!」
勇者舐めんな!! と怒りを露わにするが、ゼノファーにとって尊敬に値する人物なのか怯まないで逆に説教される。
「アレイスター隊長のお手を煩わせるなんて事、下っ端の俺たちがしていいはずないんだから。絶対駄目だからね?」
「……はいはい。分かりました」
「それと、明日は俺仕事だけど、セリカはどうする?」
「部屋でこの国の事調べる」
殊勝な事をいいつつも、私は全然違う事を脳内では考えていた。
ゼノファーがいないなら都合がいい。
明日絶対アレイスター隊長を見つけ出して戦い方伝授してもらってやるっ!!