魔戦
そんな日本文化に汚染されたワイルさんを嘆いていると、来店があったのかドアの開く音が聞こえてきた。
「あ……? なんでゼノファーがここにいんだよ!!!」
聞いたことのあるその声は、確か私が殴り飛ばした赤髪だ。
ゼノファーの話では、あの人はゼノファーの兄らしい。が、険悪なムードになっている事くらいは、雰囲気で分かる。
私は慌ててカーテンから顔だけを出す。
そこには隣に美女を侍らしている赤髪と、驚きで固まるゼノファーがいた。
ひょっこりと顔だけ現れた私にぎょっとする赤髪。
「うわっ!! 出やがった!」
失礼なっ!!」
人を化け物みたいな言い方しよってと頬を膨らませる。全く持って失礼だ。
ぷんすかと怒る私を見て、赤髪は、何を考えたのかいきなりにやりと笑い、声高らかに叫んだ。
「丁度いい。おいお前、俺と魔戦をしろっ!!」
なんとなく微妙な雰囲気の中、私は彼の言葉を噛み砕きながら理解した。魔戦? 魔戦。戦…。殴り合い?
「分かった。面出ろ」
ちょっと着替えるから待っててね。
「あ、あの、セリカ。魔戦っていうの、分かってる?」
「私とあいつがタイマン張る」
「……分かってないんだね。使い魔と人間が一緒に決闘するものだよ。使い魔戦。略して魔戦」
「決闘?」
私の頭の中に某人気ゲーム、ボールを弱ったモンスターに投げつけて捕まえ仲間にするポケットのモンスターが思い浮かぶ。
あれの戦いみたいな感じだろうか。
「やるよな? 俺の使い魔で、お前らをボコボコに叩きのめしてやる!!」
よほど殴られた事を根に持っているのか、フーフーと声を荒げてこちらを睨みつける赤髪。
隣にいた女性は、既にワイルさんとなにやら話し合って服のデザインを決めているみたいだった。女の人にちょっと感動を覚える。
でも、私はその決闘とやらがいい機会だと思っていた。
「よしやろう! でも、少し練習したいから3日待って」
「せ、セリカ……」
「いいだろう。決闘場の手続きは俺がしといてやる。せいぜい死なねえように努力すんだな」
それだけ言って、ワイルさんと話していた女性を引き連れ、赤髪は帰っていった。
「あの人何しに来たんだ? 決闘申し込みに来たのか?」
純然たる疑問に首を傾げる私の横で、
「ビキニアーマーに一票」
と蘭が重みのある声で呟き、
「いっそスクール水着でどうだ」
というワイルさんの一言で、改めてワイルさんの汚染濃度の高さを把握した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「じゃあまず、私の上に跨って」
私がそう言うと、ゼノファーは真っ赤になって吹き出した。
あれから私は体の寸法を計られ、2日あれば出来ると豪語する蘭たちの店から訓練所に移動していた。
それなりに広い平らな地面。その上には異形と人が各々の練習の為に動いていた。
「お、女の子がそんな言葉を使っちゃいけません!!」
「えぇ?」
真っ赤になって慌てふためくゼノファー。さっきの言葉にそんな変な言葉あっただろうか。
「空中戦になれば私に乗るしかないじゃん。龍化した私に鞍なんか付いてないから、まずは私に乗るのに慣れなきゃ」
それだけ言って私は龍化する。
ゼノファーが乗りやすいように身を出来るだけかがめた。
『私の腕に足をかけて、首元に跨って』
「う、うん……」
おずおずとゼノファーが登り、時間はかかったがなんとか私の背中に乗ることが出来た。
『どう?』
「ちょっと、不安定、だ……」
『大丈夫、すぐに慣れるよ。それじゃ、動くよ』
背中の彼を落とさないようにゆっくりと体を伸ばす。グッとゼノファーの体に力が入るのが分かった。
少し助走をつけて、羽を動かす。コウモリのような膜が張った羽は難なく風を掴み、私たちは空に浮いた。
風が、唸りを上げていた。
息も出来ない程の強風の中、ゼノファーはうっすらと目を開ける。
宝石のような輝きのその背中から見た眼下の光景は、ゼノファーを絶句させるには十分だった。
「すご、い……!!」
空からの景色とは、こういうものなのか。
何もかもが小さくて、空がやけに大きく、そして近くに感じる。
『楽しいでしょ?』
芹花の声を聞いて、ゼノファーはしきりに頷いた。
『じゃ、練習その一。途中下車』
は? と疑問を声に出す前に、芹花の龍化が解けた。
視界が一瞬煙に隠され、次には自分は煙から出ていた。
浮遊感が体を包む。
すぐ近くに、にかりと笑った人の姿をした芹花の顔が見えた。
「ぅわあああああああ!?」
耐えきれなくなってゼノファーは大声を出した。視界がぐるぐると周り、『死ぬ、死ぬ!』と不吉な言葉が頭の中を支配する。
近くにいた芹花が、器用にもゼノファーの真下に移動して、また、ボフンと発生した煙によって視界が遮られる。
目まぐるしく変化する周りに反応出来ない。煙の中から現れた宝石のような龍の皮膚と重力に挟まれ、ゼノファーは蛙の潰れるような声と共に龍化した芹花の背にしがみついた。
『どう? 途中下車!!』
はしゃぐ芹花の声。が、やけに遠くに感じる。
もう二度と経験したくない。ゼノファーはそう思いつつ嘆息した。
「敵の攻撃から逃げるのに打って付けなんだよ。すぐに間逆の方向に移動出来るし目くらましにもなる」
「でも絶対やらないで」
地上に戻ったゼノファーはそう言いながら地面に這いつくばった。ちぇ~、絶対途中下車は使えると思うのに。
進行方向を間逆に変える事が出来るし、敵の動揺も誘える。
前の世界では結構重宝していた。
まぁ、人を乗せてやったのは初めてだけど。
その事実は、今にも吐き出しそうなゼノファーに言えなかった。
この様子じゃ練習を続けるのは困難だと思って、私はゼノファーの横に座る。
「あの赤髪の使い魔ってどんな奴?」
「赤髪……? ああ、ノイン兄様の事?」
どうやら赤髪はノインと言うらしい。ゼノファーは顔を青くしつつも説明してくれた。
「ノイン兄様の使い魔はウィンディーネ。水の精霊だ。相手を溺れさせる事が得意」
「うわぁ腹黒そう」
精霊って言うんだから、優しい雰囲気だと思ったのに。ちょっと夢を崩されたように感じた。
「ウィンディーネは魔法、物理は兄。バランスが取れてて、かなり強いよ……?」
「……どれくらい?」
「え?」
「どれくらい強いの?」
弱腰になるゼノファーに質問する。
「そいつらは、魔法一つで焼け野原にする位強い? 一人だけで一個隊全滅させる位強い?」
「い、いや、それはSランク位の人じゃないと……」
「じゃあ大丈夫。負けないよ。絶対」
それだけ言って、芹花は笑った。