次の異世界 6
「ふぅ……」
シャワーを浴び終えた芹花はため息を付いて、今日慌てて用意されたベッドに倒れ込んだ。
疲れた。あの後、ゼノファーは係りの人に頼んでゼノファーの部屋、『341号室』に私のベッドを用意してくれた。勝手を知らない私は強制的にフィートの部屋に連れられ、そこで何故龍化出来るのかとか他の能力も見せろとかご飯作れと質問攻めにあった。
やっと解放されたのはもう夜更け。今もゼノファーは慌ただしく動いているらしくその姿は無い。
「……な、なんか申し訳ない」
何でだろう。私の身の回りのものを用意する為に明日は有給取って買い物に行こうかって言ってたし、何だろう、この至れり尽くせりの状態。
前の世界では剣を持たされ事情を説明されたらもうその日に仲間と野宿だったのを経験している身としては、これはもう申し分ない待遇に感じてきた。ビバ使い魔。毎日お風呂に入れるのは嬉しい。
「セリカ? 起きてる?」
「! 起きてるよ」
ぴょこんとベッドから飛び跳ねる。やっとこ帰ってきたゼノファーは…、何故かグラスとジュースを持っていた。
「…それ、どしたの」
「いや、お互いの事、あまり知らないでしょ。だから、ちょっと話せない、かなって……」
微笑みながら部屋の真ん中にあるテーブルにグラスと瓶を置いた。
「……お酒じゃないのか」
と呟いて、俺の使い魔、セリカはチビチビとジュースを舐めた。
お風呂上がりだからか、少しばかり頬が赤く上気している。
「えっと、セリカは…、前の世界ではどんな所に住んでたの?」
「ん~、前の世界では、根無し草だった」
え、と言う前に、セリカの言葉は続く。
「私、元々は地球って世界に生まれたんだけど、15歳の誕生日に『ティーゼ』っていう世界に勇者として召喚されたの。それから4年かけて魔王討伐に動いてた」
淡々と話してはいたが、内容は壮絶なものだ。15と言えば、まだ子供の部類に入るだろう。
想像する。親元を離れて、誰も知らない異世界で戦う事を。
だが、それを慰める権利はゼノファーは持っていない。
何故なら、彼もまた彼女を異世界に呼んでしまった張本人なのだから。
グッと言葉に詰まったゼノファーを見て、慌てて芹花は弁解する。
「そりゃ、最初はなんで私がって、泣き叫んだりしてたけど、途中から、ん~なんて言うかな。あの世界の事情を知って、周りの人が大切に思えて、だから最後の方は自ら率先して動いてたし…。
魔王を倒したらまたこの世界に召喚されたけど、ん~、そこまで悲観してないから、だから気にしないで」
「……でも、だったら君との契約を解消しよう。元の世界に戻った方がいいだろう?」
「でも、契約解消は滅多な事が無い限りやらないんでしょ? それにゼノファーだってやっとこ召喚出来たんだし、別にいいよ。あ、だったら、ゼノファーがパラディンになったら元の世界に戻してよ」
「で、でも…」
「いいの。どうせ聖剣との契約で私の体の時間は止まってるから」
契約? と首を傾げつつグラスを傾ける。中に入っていた朱色のジュースが喉を伝っていく。
「聖剣と契約して、私の体は一度再構築されているの。龍の力と一つの神話の力を貰い受け魔王を討伐する代わりに、私を召喚された時間きっかりに地球に帰してもらう事を約束した。だから、剣の力で体の時間を止めてもらっているんだ」
「凄いね…、その聖剣は」
素直な感想を呟くと、まるで自分が誉めてもらったかのようにセリカは得意げに笑った。
「剣はね、時空を越えられるんだ。凄いでしょ。色んな形に変形出来るし、もうチートかって感じだよ。ゼノファーは得意な武器あるの?」
「俺は…、得意なものは無いけど……。強いていえば、弓矢かな…?」
「へぇ凄いじゃん。私弓矢はてんで駄目だ」
コロコロと笑って、彼女はペロリと舌を出す。確かに、彼女は強いと思う。魔王…、というのがどれくらい強かったのかは分からないが、あの決闘の時の血まみれな姿を見れば死闘だったと想像するのは容易い。
あぁ、だったら、この世界ではそんな目に遭わせないように、大切にしてあげよう。
「じゃあ次はゼノファーの番」
「え、俺?」
「うん、ほら早く~」
「え、えと、特に話すことは無いけど…、クライシス伯爵家の三男で、あ、年は23」
「えぇ!? 同い年位だと思ってた!!」
「因みに君が殴ったあの赤髪の人は俺の兄だよ」
「えぇぇ!?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夢を、見た。
『ティーゼ』にいた頃の夢。
いきなり目の前に剣が突き刺さり、異世界に移動したあの頃。
ルディエスやツェルニー、ロベルトと進んだ道のりを。
あの人の勇気と、最後を。
朦々と硝煙が辺りを舞う中、血に染まった手で私の頬を撫でて、あの人、アレクさんは笑った。その手はもう酷く冷たくなっていて、その後に訪れるだろう可能性を簡単に想像させた。
そうして号泣する私を見て、
『君を、死なせる訳には行かない。この世界の、最後の希望よ』
そう言って、彼は私を転送して……『……カ、セ…カ、』
「セリカ!」
「わあぁ!!」
びっくりした私はベッドから飛び跳ねた。スプリングが軋んで悲鳴を上げる。
寝ぼけ眼で辺りを見回せば、すぐそばにゼノファーの姿があった。ただ、昨日の軍服とは違うラフな格好だった。
「……はれ…」
「おはよう、セリカ。もう時間だよ」
そう言ってゼノファーは私の頭を撫でる。
「……夢…。おはようゼノファー…」
「うん、おはよう」
キラキラと輝く彼を放って私はベッドから起き上がった。窓の外を見ると、既に日が上っている。うわ、熟睡してしまった。
「今日は、外で買い物をした後、服を作って貰いに行こうね」
「え、いいよ既製品の安物で」
「でも、軍では練習試合なんかもあるし、加護付きの服の方がいいでしょ?」
「加護?」
ベッドに座って首を傾げる。
「加護っていうのは、魔法攻撃や物理攻撃に強い素材の事を差すんだ。軍に入っていると使い魔にもオーダーメイドで作れるし、安全面を考えるとそっちの方がいいでしょ?」
「ん~、別にどっちでも…」
「駄目だよ。もし怪我でもしたらどうするの」
ジトッとした目で睨まれたが、そこまで過保護にして貰う必要は無いんじゃ…。なんてブツブツ言いつつ、昨日即席で用意された靴と服をもそもそと用意した。
ゼノファーの目が、キラリと光る。
「俺が手伝ってあげる」
……え?
びっくりして固まる私など放っておいて、まるで小さい子相手みたいに髪を梳かれる。
そして今来ている服に手をかけ…てちょっと待て!!
慌てて着替えの服をゼノファーから奪って私は彼から距離を取る。
「ちょ、どうしたの!? 一人で出来ます!!」
「え、いや、セリカは俺の使い魔だから、大事にしてあげないと……」
「いや使い魔だけど自立心と羞恥心は持ち合わせているから大丈夫です!!」
びびびびっくりしたぁ~!! ゼノファーいきなりどうしたんだ!? 昨日はそんな過保護な素振りは…、多分、無かったと思うんだけど…。
いきなりの事に首を傾げる私を見て、彼は何か閃いたような表情をする。
「そう…、じゃあ、セリカが着替え終わるまでに何か飲み物持って来てあげるね」
と、こっちが制止する間も無く、彼は嬉しそうな顔をして出て行った。
「………立場、逆じゃない?」
思わずポツリと本音が出た。
ここいらで一番の列強国なだけあって、街中にはかなりの人混みと化していた。
人々の活気ある声が響きわたり、見たこともない食べ物や品物が行き行きする様子に私は目を見開いた。
「人いっぱいだ…」
「いつもこんな感じだよ。セリカが迷子にならないように、手を繋いでいこうね」
幼子に言い聞かせるような優しい声色と共に、有無を言わさず左手が絡め取られた。あまりの子供扱いに若干呆れつつ、彼の後に続く。
「あのさ、私使い魔なんだからもっとこき使ってもいいよ?」
「駄目だよ!! 君は俺の使い魔なんだから、俺が守ってやらないと」
…、ん、んん~?
ドンドン買い物を進めていく彼の後ろで頭を抱えたくなった。
使い魔って、庇護される側じゃなくて、どっちかって言うとコキ使われる側で、んん~!?
やはり違う。主従関係が逆転している気がして、タオルや石鹸を真剣に選ぶ(どんな繊維だとか、どんな香りや効果があるかと店主に尋ねるレベルで)ゼノファーに思わず声をかけた。
「ねぇゼノファー。普通さ、使い魔が主人を守る方、なんじゃないかな」
「でも、使い魔をどう扱うかは主人の勝手でしょ?」
「……まぁ、そうだけど」
「なら、セリカを大切にするのも、俺の勝手だよね」
眩い程の笑顔を見せつけられ、私はまた頭を抱えた。