マグ=ソトゥーフ祭典 3
正直に言えば、俺は今回セリカがシュヴァイン様のパートナーとして参加することに凄く不満だった。
他の人たちにも、反対した理由は様々だろう。
セリカが第3騎士団であること。使い魔であること。ランクがEランクであること。まだ若く、ここに来てから日が浅いこと。
だけど、俺はそんなことよりも、『シュヴァイン様のパートナー』という所が『嫌だ』と思った。
警護に適しているかどうかよりも、彼女のパートナーがシュヴァイン様であることの方が、嫌だと思ってしまった。
『キャラメリア』から帰ってきた俺とセリカは、ひとまず自室でダンスの練習してみることにした。
「セリカ、ダンスの経験は?」
「……皆無です」
居心地悪そうに首を竦めて見せるセリカは、いつもよりも自信なさげだ。そわそわと落ち着かないセリカを他所に、どうしたものかと考える。
「じゃあ、とりあえずワルツを踊ってみよう。リズムは3拍子で、半時計回りでグルグルホールを回っていくんだ。そこまで難しい動きはないから、運動神経がいいセリカならすぐ覚えられると思う」
「…………うん」
「とりあえず、一回やってみよう?」
スッと手を広げる。おずおずと近寄るセリカ。
「右手は俺の手を握って伸ばす。左手は俺の肩に回して」
「……」
指示された通りに動くセリカ。俺の右手が、セリカの背中に回される。
「……な、なんか、近くない?」
「え、そうかな?」
「……目線に困る。背中ぞわぞわする。なんか、こそばゆい」
難しい顔をしたセリカは、そのままの体勢でもぞもぞと体をくねらせる。
俺から言わせてもらえば、ソネリアの事件の時に、縄を切る為に体を密着させたあの時の方がもっとヤバかったんだけど。
「まぁ、それはまだ慣れてないからだよ。このまま、半時計回りに移動しよう。俺はワルツのステップを踏むけど、セリカはワルツってこういうものなんだって分かる程度でいいからね」
「ん、分かった」
「じゃ、いくよ」
部屋の中で、ゆっくりワルツを踊る。セリカはというと、とことこと小刻みに足を動かして回っていた。
そんな姿を見ながら、『セリカにも出来ないことってあるんだな』と少し失礼なことを考えてしまった。
「セリカ、目線を下げちゃ駄目だよ。足元じゃなくて、相手を見るようにして」
必死に足を目で追っているセリカに優しく話しかける。言われた通りに、セリカは顔を上げた。すぐ至近距離で目線が交わって……、セリカの顔が、一瞬にして赤くなる。
「わーー!!こっぱずかしい!!」
パッとすぐに離れたセリカは、頭を抱えて天井に向かって叫んだ。その姿が、なんかこう、よく言えないけど、思わず抱き締めたくなるようなものがある。
「無理!無理無理恥ずかしい!こんなん無理だよ!」
「セリカ、慣れたら恥ずかしくないから大丈夫だよ」
「絶対慣れない!向き合っている時点でもうヤバいもんっ!」
「大丈夫だって。ほら」
もう一度両手を広げて待ってみる。ジトッとした目で暫し睨んできたが、観念したのかおずおずと近寄って肩に手を回してくれた。
「じゃあ、もう一回回ってみようか」
3拍子のリズムに合わせて、半時計回りに動く。セリカの目線は、相変わらず下に向けられたままだ。
「セリカ、目線」
「…………」
渋々、目線が上げられる。
思いっきり横向きに、だけど。
「セリカ、シュヴァイン様にそれをやると流石に……」
「だぁって目線合わしたらどんな顔すればいいの!」
「笑えばいいと思うよ」
「それ今言っちゃうかー!」
結局、セリカは目線を合わせる気は無さそうだ。これはまぁ、追々慣れてきたら、自然と合わせられるようになるだろう。
一先ず立ち止まる。
「じゃ、ちょっとステップ踏んでみようか?」
「……難しい?」
「ううん、そんなことないよ。まず、セリカは、えと……、左足を後退しつつ、右回転をし始める」
「……はぁ?」
「左足後退の、右回転」
「…………」
ぎこちない動きで、左足が後退される。
「男性はその時、こう」
「っひゃあ!」
セリカの足の間に右足を前進する。びっくりしたのか、バランスを崩しかけるセリカを軽く支えてあげる。バランスを取る為か腕に力が入って、若干セリカが俺にしがみついているような格好になってしまった。
心なしか、体がプルプル震えているような。いないような。
「2歩目、セリカは右足を横に動かしつま先立ちをする。右回転を意識して」
「ぐ、ぬ……!」
セリカの二歩目が出る。何故か背中が段々反っていっているような、いないような。
「その時の男性は、こう」
「ぅ、あぐ……!」
左足を横に移動させる。セリカの悲鳴が上がった。震えがどんどん酷くなっていく。
「……3歩目、行っても大丈夫?」
「けっこう辛いんですけど」
「……とりあえず、やってみよう。左足を右足に揃えて立つ。足を揃えてから、踵を下ろして。下ろした後は、左足に体重をかけるように」
「……」
渋い顔をしたセリカが、何とか動きだし……、俺の足に引っ掛かった。
「わ、ぁあ!?」
「うわっ!?」
慌てて支えるけれどもう遅い。二人して床の上に転がった。せめてもとセリカを庇いつつ床に倒れ込み、暫しそのままセリカとポカンとしたまま見つめ合う。
「…………」
「…………」
「……フッ、うぐ、フフ」
「笑うなバカゼノファー!」
「いや、ごめ、ククッ、ぅ」
だって、あのセリカが。こんなにもワルツが出来ないだなんて。意外な一面に、思わず笑いが込み上げる。
「もー!やっぱシュヴァインのパートナーなんか無理だっ!今すぐロベルトに抗議してやるっ!!」
「ごめん、ごめんセリカ。大丈夫、練習すれば上手くなるから」
「笑ったくせに!」
「だから、ごめんて」
顔を真っ赤にするセリカを宥める。ああ、なんかもう、可愛いな。
シュヴァイン様のパートナーだと聞かされた時に荒んだ心は、この時点で一気に無くなってしまっており、代わりに残ったのは、言い様もない多幸感だった。




