飛び立ったのは 8
「報告します。現在まで捜索を続けていましたが、生存者は見つかりませんでした」
「……そうか」
ロッシェはふぅ、と溜め息をついて報告書に書き記す。
既に夜は更けて、辺りは暗い。光源と言えば魔法石と月だけだ。今日の捜索はここら辺で終了だろうと考え、その旨を兵士に伝える。
「あの、どうでしたか。誰か見つかりましたか?」
心配そうに、だが僅かに期待で顔を明るくさせている村長の息子がロッシェに近寄った。
「……いや、今日はまだ見つからなかった」
「……そう、です、か」
みるみるうちにその顔が暗くなる。非情だとは思うが、だからと言って嘘を付いてもどうしようもない。
男は気丈にも、無理をして笑みを作った。
「あの、ここら辺は標高が高いため、この時期でも夜は結構冷えます。少ないですが、身体を温める為に皆さんにお酒を渡したいと思うのですが……」
「だが、」
「村人全員で決めた事なんです。我々の、少ないですが感謝の気持ちです。どうか受け取って下さい。広場で待っていて下さいね。すぐに持ってきます」
月光に照らされ、キラキラ輝いていた純白の翼が朱に染まる。赤の雫が空を舞い、僅かばかりに月の光を反射させた。
いきなりの事にバランスを崩した使い魔は弱々しく羽ばたくがそのまま落下し、ギルバートは衝撃によりその背中から放り出された。
叫び声は、聞こえない。
『ギルバートッ!!』
セリカが鋭く叫び、斜め下に加速しながら降下する。下のバスケットから悲鳴が上がった。
ギルバートの身体が木の葉のように宙を舞う。
『受け止められる!?』
「大丈夫っ……!」
いきなりの浮遊感に心臓がギュッと縮みながらも、ゼノファーは答えた。風の魔法を唱え、ギルバートの落下速度を落とす。そしてセリカの絶妙な動きのお陰もあって、ゼノファーは落下していたギルバート身体を受け止めた。
「っ……!」
衝撃に顔をしかめつつ、一先ず安心……、しそうになった所に、また先の攻撃がセリカとゼノファー、村人を襲う。
『っ……、分が悪い……!!』
ギルバートの使い魔も助けようとするが、それを妨害する形で攻撃が続く。厄介な事に、セリカは村人がいるため攻撃には回れない。しかも、眼下の森の中に敵がいるためその姿が目視出来ない。
完全にこちら側が不利だ。
『1回、降りるよ!』
返事を待たずにセリカは下に降りていく。その間も攻撃は止まず、揺らさないようにとするセリカの龍体を掠めていく。
少し乱暴に地面にバスケットが地面に下ろされ、すぐにゼノファーたちを降ろした後、セリカはすぐに人形に戻った。
「けがは!?」
「わ、私たちは大丈夫……」
「ギルバートも、大丈夫だ」
「そう……」
ひとまずホッと息を付く。少し荒い動きをしてしまったから、バスケットの中に入っている人たちが一番心配だった。
「じゃあさて、どうする?敵……、でいいんだよね?今の攻撃は」
ティアディーラを出しながら、セリカはゼノファーに聞いた。ゼノファーはギルバートを横にしながら苦い顔をして答える。
「今のは明らかに人的攻撃だ。もし野生の獣だったら、獲物が多いセリカ側に攻撃がいくと思う。でも、あの攻撃は護衛役のギルバートから狙った。獣にしては戦法的だ」
「まぁ、そうだよね。足音も聞こえてきたし」
ハッとして耳を澄ますと、確かにガサガサと草木を掻き分ける音が聞こえてくる。ゼノファーはすぐに全体防御の魔法をかけて、セリカはティアディーラを構える。
やがて現れたのは、黒ずくめの男たちだった。四方八方から現れたその数は8人。それぞれの手には小さいながらも魔法石が握られており、使い魔らしき生き物の姿もある。
セリカは素早くその男たちを見回した。
「何の用?あんたたちがギルバートたちを打ち落としたの?」
「……そこにいるのは、村人だな」
ヒィッと短い悲鳴がバスケットの中から聞こえてきた。狙いはそっちかと、セリカは舌打ちしたいのをグッと堪える。
「連行させて貰うぞ」
「何の為に。きちんとした理由がないなら、抵抗させて貰うけど」
「……気丈な娘だな、これを見てもそう言えるか?」
そう言って顎をしゃくった先には、無理やり手綱を引かれている、ギルバートの使い魔がいた。
抵抗しようとしているものの、動きは鈍い。撃ち抜かれた翼は未だに鮮血を流していて見るからに痛々しい姿だった。
そしてその近くには、泣きじゃくる小さな子供の姿。村人の一人が『ミーシャ!』と子供の名を呼んだ。
「……チッ」
「典型的だが、なんとも効果的な方法だろう?」
にたり、男が愉悦的に笑った。
「……最悪だ」
ゼノファーはギチギチに後ろ手に縛られて険しい顔をした。
手際良くその作業が終わり、立たされる。村人だけでも解放してあげなければと思うのだが、焦りばかりが生じて一向に良い案が浮かんで来ない。
「……」
「ここは機会を待つしか無いよ」
隣には同じように後ろ手に縛られたセリカの姿があった。首輪をしている上に縛れている姿を見ると申し訳なくなってくるゼノファーである。
「それに、向こうも色々揉めてるし」
「……そうだけど……」
視線を上げる。
そこには、全員を縛り終えて何やら揉めている黒ずくめたちの姿があった。
声は荒げてはいないが、確実に雰囲気が悪い。
(もしかして、私たちを捕まえたのは急な作戦だった……?それか、なんらかの異常事態が……)
「おい!そこの娘と金髪の兵士!」
唐突に呼ばれたかと思ったら、無造作に腕を引っ張られる。その事に若干顔をしかめるが、男はこちらなど見向きもせずに歩き出す。
「来い。お前たちはこっちだ」
獣道を掻き分けて進む。逃げようにも人質がいるし、この暗闇と森の中では迷子になるのは明白だ。
素直に男に着いていくと、少し開けた場所に辿り着いた。そこにはもう何年も使われていないであろう、古ぼけたプレハブ小屋がポツンと建っていた。
「わーすてきなおうちー」
「……私語は慎め」
セリカの棒読みの皮肉に唸るように呟いて、男は乱暴に扉を開けた。
換気など、使われなくなってから1回もしていないのだろう。埃とカビの匂いが鼻腔を掠める。一つしかない窓から月明かりが射し込んでいた。
そのカビと埃の匂いが充満した部屋に、セリカとゼノファーは押し込められた。
「そこで大人しくしていろ」
それだけ言って、木製の扉が閉められる。
「なんとも乱暴だねぇ……」
「そんな悠長な事言っている場合じゃない。早く脱出して、村人とギルバートたちを助けないと」
「まぁ待ってよゼノファー。ちょっと座って」
両手を縛られながらも、セリカは器用にその場に座り込んだ。彼女の服が埃で汚れるのに顔をしかめつつ、ゼノファーもその場に座り込む。
「あの人たちに見覚えはある?」
「見覚え?」
「指名手配犯とか、犯罪者グループとか」
「あの中にそんなグループの人物はいなかったと思うけど……」
「……じゃあ、おかしいな。あんなに綺麗に村人が分かれるのも不自然だし……」
「……ちょっと待って、村人って、一体なんの事?」
「私たちを捕まえたあの人たちみんな、さっきの集落にいた村人たちだと思う」
すんなりと出たその言葉を、ゼノファーは上手く理解出来なかった。
「……え、村、人?」
「そう。さっき飛んでた時に言ったじゃん。村の男の人たちは感謝とかはしてたけど、少し他の人と雰囲気が違った。あれは、殺意とか、そういうタイプの感情だったと思う」
「……でも、なんで。俺達は事故で生き埋めになった人たちを助けに来ただけで、そして、同じ村人を襲う理由なんて無いと思うけど……」
「……私が思うに、あの妊婦さんや他の人たちは、男の人たちに怯えていた。完全に部外者を見る目だった。だから、もしかしたら、あの男の人たちは元々この村の住民じゃないのかも」
「…………」
混乱して言葉が出てこないゼノファーに対し、セリカは気分転換とばかりに大きく伸びをする。
「まぁ、こんなのは私の憶測だから、なんとも言えないけど。でももし当たってたら、ロッシェたちも危ない」
「でもロッシェ副隊長にはエレカルテが……」
と、そこまで言って一つの事実を思い出す。
エレカルテは既にフィートを乗せて王宮へと飛んでしまっていることに。
「さ、最悪だ……。今あの場所には戦力となるフィートとロッシェ副隊長のエレカルテがいない。これで攻められたりしたら……」
しかも、あの場所には皇太子であるシュヴァインもいる。あの方が捕まれば、また殺害でもされれば。それこそ大事件だ。
「……急がなきゃ、ヤバイね」
これが一体なんの策略かは分からないが、取り敢えずこのままではいけない。
「で、脱出する?」
「……したいけど、」
言葉の続きの代わりに、しっかりと手を縛っている縄がギチギチと鳴った。
「てかこれ、頑丈すぎない?私でも引きちぎれないって、なにこれなんで?」
「……多分、縄の強度を魔法で上げている。ここに物資を運ぶ時にも俺が使っていた魔法だ。並の力じゃ引きちぎれないよ」
ゼノファーが説明すると、セリカはあらさかまに嫌そうな顔をした。
「龍人化したら切れると思うけど、リスクがなぁ……」
「龍化は無理?」
「小屋突き破っちゃってゼノファーが危ないでしょ。しょうがないから、ちょっと近寄って」
近寄る?と理由が分からずゼノファーは首を傾げ……、ようとして、自分にずりずりと近寄るセリカに戸惑いを見せた。
横から差し込む月光に照らされて、その姿がよく見える。
「え、セリ、カ……?」
近い。異様に近い。
ゼノファーの後ろに回ったセリカは、膝立ちをして後ろから抱き付くように密着してきた。
ゼノファーの背中に、彼女の少し高い体温が布越しに伝わる。ビクリと身体が無意識のうちに震える。
「えと、何を……?」
「私の魔力で、この縄を引きちぎる。言うならば衝撃波みたいな感じで縄を弾けさせようと思って。んー、これじゃ駄目かな」
いまいち良くなかったのか、今度はゼノファーの前へと動くセリカ。
「べ、別にくっつく理由が見当たらない気が……」
「私、魔力の操作が下手だから、ちゃんとくっついてないとゼノファーの体や服とかも弾け飛ぶけど」
「…………」
そんな末恐ろしい事を言われてしまったらもう黙り混んで彼女の指示に従うしかない。
(って、黙って聞いてたら凄い格好になってしまった……)
現在、床に正座するゼノファーの膝の上に、向かい合う形でセリカが座っている。セリカの足は彼の足を両側から挟み込むようになっていて、上半身はぴったりと密着していた。あまりの密着度に逃げたしたくなるのだが、逃げようにも逃げられない。
セリカの首筋に顔を埋める形になって、サラサラの黒髪がゼノファーの首筋をくすぐった。ふわ、とセリカの為にと自分が買った石鹸と女の子独特の甘い匂いが、仄かに鼻腔をくすぐる。
全身が心臓になったかのように、バクバクと身体中が脈打っている気がした。無意識の内に背筋はピンと伸び、ごくりと喉が鳴る。そのくせ、口の中は緊張でカラカラになっていた。
薄暗がりで、しかも人気の無い中、男女がこんな体制で密着していたら、誰もが勘違いする体制である。
(こ、こしが、み、密着しすぎ、て、や、ヤバい……!!)
「……よし、これなら大丈夫かな」
ゼノファーの耳のすぐ近くで、セリカの声が聞こえた。吐息が耳にかかる、なんとも言えないこそばゆい感覚。それだけでなんだかクラクラする。
「ゼノファー、してもいい?」
「だ、駄目だよ使い魔と主人がこんなことしちゃ!」
「……は?……よく分かんないけど、とりあえず、いくよ」
うわあ俺なに訳のわからないことを口走ってー!!とゼノファーが一人悶々と心の中で悶えていると……、
バガン!! と凄まじい音をさせながら、プレハブ小屋が大破した。
空気の入れすぎで風船が破裂するように、セリカの魔力による衝撃波のせいで、プレハブ小屋がただの木片へと姿を変える。一度上に持ち上がった木片は、重力に従ってセリカたちへと落ちてきた。
「わ!わ!」
魔力による衝撃波のお陰で縄も取れたセリカが慌ててティアディーラを出す。
光輝く聖剣を盾の形にして、雨のように降りかかる木材から身を守る。
「…………」
「…………」
「……ま、まぁ、結果オーライ、じゃない?」
外で見張りをしていた男たちが、衝撃波のせいで木々に叩きつけられ気絶しているのを見て、セリカは苦笑いを浮かべた。




