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飛び立ったのは 3


「シュ……、なんだって?」

「シュヴァイン・トア・レヴァネーア様。それが第一王子様の名前だよ」

噛みそうな位長い名前をスラスラと口に出しながら、ゼノファーは小麦のような穀物が入った袋を軽々と肩に担いだ。私も同じものを肩に担いでゼノファーの後を追う。



「王位継承者第一位。現在21歳になる、聡明なお方だよ」

「ふーん。で、その人も付いてくるの?」

「そう」

何で? と首をかしげる私を尻目に、ゼノファーはキビキビとした動きで麻袋を所定の場所に置く。その袋の上に私が持っていた袋も乗せる。




「現国王は61歳とご高齢で、少し早いけどもうじきシュヴァイン様が王位を継承されるらしい。その時の為に色々と経験を積まれたいんじゃないかな?」

「ふぅん……」

政治にはあまり詳しくは無いためよくは分からない私は曖昧な相槌しか打てず、これ以上の私語は流石にまずいと思って私は口を閉じた。



現在私たちは国の第一貯蔵庫から必要な物資を運び出しているところだ。

主食となる穀物から始まり、長持ちをする根菜や燻製にした肉などを、飛行場と言う大型の使い魔が何匹も飛び立つ事が出来る、いわゆる飛行機で言う滑走路のような場所に運び出していた。

もっとも、中型の使い魔を持つ人々が手伝ってくれるお陰で、私たちが荷物を車輪が付いている台の上に積み上げ、それを使い魔が引っ張って運搬するという仕組みなので、そこまで大変なものじゃない。

私たちはただ黙々と荷物を運ぶだけだ。



「……おし、これで全部だ」

ニ、四、六……、と袋を数えていた他の兵士が満足げに頷き、それを見ていた運搬してくれる使い魔(大きな水牛のような奴だ)が荷物をがらがらと引きずっていった。

それを見た作業中の兵士もひとまず肩を解し、また各々が別の作業へと移っていく。



「ゼノファー、この後は?」

「俺たちは、龍化したセリカに荷物を運んで貰うだけだよ。荷物は脚とかにくくりつけた方が楽? それとも背負う?」

「んー、脚にくくりつける方がいいかも」

手でそのまま持つよりくくりつけた方が落とす可能性は低いだろう。背中に背負うのは飛び立つときに荷物の重みでバランスを崩しそうで怖いし、なによりゼノファーを乗せるなら尚更だ。

まだ人を乗せることに慣れていないため、二人の間に、ゼノファーが何処にいるのか分からなくなる位の物資は置きたくはない。座られている感触が無いから、知らぬ間にゼノファーを落としていた、なんて事は出来れば避けたいし、だからといって無理して座る場所を確保するよりもずっといい。



「じゃあそうしようか。俺はロッシェ副隊長にセリカの分の物資の運搬が終わった事を伝えに行くから、セリカは先に行っていてくれ」

「分かった」

「飛行場の場所は、ただ真っ直ぐ行けばいいだけだから」

それなら迷う必要は無いだろう。私はすぐに歩き出した。



(にしても、結構な量だったなぁ)

私が運ぶ分だけでもかなりの量だった。まぁ、ソネリアの人々の為の物資だけでなく、今回救助に向かう空軍や、後から来るであろう陸軍、治療を行う第二騎士団の分も入っているのだろう。



(救助にどれぐらいの時間がかかるんだろう)

「こらフィン、降りてきて下さい~……」

(ソネリア坑道の復旧となると、何ヵ月、いやもっとかかるかも)

「あう~……、ランカーじゃ届かないから降りてきて下さいよ~……」

「下手したら何年、って、ん?」

考え事をしながら歩いていたら、何だか声が聞こえてきた。

見渡してみると、綺麗に剪定された木の下で、男の子がピョコピョコと跳び跳ねている。思わず、その方向に足が進んだ。



「おーい、どうしたの?」

「あ、助けて下さいお姉ちゃん!」

声変わりもしていないその子供は、こっちに視線を移す。さらさらの黒髪と、エメラルドグリーンの大きな瞳。誰かの弟? いや、アレイスター隊長とかはもう30歳だから、息子という可能性もある。


黒髪でまず思いついたのは、アレイスター隊長。

エメラルドグリーンの瞳で思いついたのは、ロッシェ副隊長だった。



「はは、ないない」

「? 何がですか?」

前にかかあ天下とか色々と言ったけど、流石に男同士で子供は無理だろと一人で笑い飛ばしていると、その子供はきょとんと首をかしげた。



「ううん、なんでもないよ」

その子の目線に合わせる為に少しだけかがみつつ、私はその少年に笑いかけた。子供の面倒を見るのは割りと好きだ。



「こんな所でどうしたの?」

「あ、あ! ランカーの使い魔のフィンが降りてこないのです!」

そう言って指を指した先、若葉が揺れる木の幹に、一匹の子犬が寝そべっていた。全身真っ白のその犬の背中にはこれまた真っ白な羽がある。あの子がフィンか。


「じゃあ、お姉ちゃんが助けてきてあげる」

「本当に?」

「うん。待ってて」

木を登るなど、どうってことない。少し助走を付けて軽々と登った私は、優雅に寝そべるフィンに手を伸ばした。



「グルルルル……」

「威嚇されたって怖くないよ。ほら、早く降りな」

ジリジリと距離を縮めていくと、子犬はお昼寝の邪魔をされて気分を害したのか、自分から少年の元へと飛び降りた。

羽を使ってふわりと少年の腕の中に舞い降りた子犬は、一度だけワンと鳴いてその腕の中で丸くなる。



「わぁ、ありがとうお姉ちゃん!」

「どういたしまして」

素直ないい子だなぁと感心しながら木からジャンプして地面に飛び降りる。



「僕、ランカーと言います。お姉さんは?」

「ん? 私の名前はセリカ」

「とっても素敵な名前ですね! じゃあ、セリカお姉ちゃん。ちょっとしゃがんでくれませんか?」

しゃがむ?

不思議に思いつつも、私はその場にしゃがみこんだ。少年を下から見上げる形になる。



「助けてくれてありがとう、僕のお姫様」

そう言いながらランカーは、私のおでこにキスを落とす。



「またね~! セリカお姉ちゃ~ん!」

子犬を抱き抱えながらパタパタと駆けていく少年ランカーに、



「……最近の子供は……」

そう呟くしかない私であった。









飛行場近く、城内の廊下にて。




「だから、何故シュヴァイン様が今日いきなり視察に向かわれる!」

髭を生やした小肥りの、いかにも成金貴族ですといった50代位の男は、目をギラつかせながらロッシェにわめき散らした。

対するロッシェと言えば分厚い書類に目を通していて相手の方など見ていなく、相手にしようなどとは微塵も思っていないらしい。その態度に、小肥りな男はますます怒りを募らせる。



「御本人様がそうおっしゃっておられるのだからそれでいいではないですか」

「だからといってこんなすぐに行くことも無かろうに!」

「今回は俺も同行しますし、『あの』第一騎士団副隊長殿も同行してくれます」

「しかし万が一の事があったら!」

「その万が一の時のために護衛の我々がいるのでは?」

そこでやっとロッシェが書類から顔を上げ、小肥りの男の方に目をやった。その蔑みにも似た眼差しに男は気圧され押し黙る。も、



「だとしても私の面会が先だ! だったら早くシュヴァイン様と面会させろ!」

(害虫が。自分の私欲の為だけに喚きやがって)

王子の身の安全よりも自身の懐を温める事に執着するその男に、ロッシェは苛立ちを隠さないで睨み付けた。既にゼノファー、ギルバート、アルフの使い魔に持たせる物資の手筈は整っている。後は王子を迎えに行きさっさとここを飛び立つだけだ。



(まさか、王子はこいつと面会したくなかったから視察を予定に入れたんじゃ……、とぉ)

その時、ちょうど窓から飛行場が目に入った。総勢13の使い魔たちが飛び立つ準備をしていた。姿形は様々だが、しっかりと隊列通りに並んでいる。その中の3匹。物資の輸送を任された三匹には、既に物資をくくりつけるなり縛りつけるなりしていつでも飛べそうな雰囲気だ。

そして、その部隊の何人かが、ロッシェが城内の窓際にいることを目視しているのも確認できた。



にやり。

書類で隠されたロッシェの口元が音もなく歪んだ。



「わかりました。そこまで言うなら、私が手筈を整えます」

くるりと半回転しながら、ロッシェは窓を背にしてわざとらしく言った。



「おお、本当か!」

醜く肥えた男は、書類を持っていない手がどんな動きをしているのかなど気に求めず、王子に会った時の事だけを考えていた。




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