次の異世界 2
耳元で、声がする。
『……ップ、ロ……チップ、起きて』
気弱そうな、男性の声だ。
意識が浮上して、私はやっとこさ目を開けた。
そこには不安そうな顔で私を見下ろすあの男性がいた。
「……あれ?」
まだ、帰れていない?
「良かった起きて。ロリチャップ、朝ご飯を食べよう?」
「……???」
とりあえず身を起こす。私はどこかの部屋のベッドに寝かされていたようで、真っ白なシーツが私の上に掛けられている。
「ロリチャップ? ぁ、まさかどこか痛い? すぐ治してあげるよ?」
「……あの、つかぬ事をお聞きしますが、『ロリチャップ』っていうのはなんですか」
「君の名前だよ、ロリチャップ」
こ、こいつのネーミングセンス壊滅的過ぎるぞ……!!
おののいた。これはおののくしかあるまい。何がロリチャップだ。それとも狙ってんのかこいつ。
「……私はロリチャップでもゴリチップでもありません。橘 芹花です。セリカが名前です」
「セリカ? それが君の名前?」
「はい。そんな変な名前で呼ばないで」
『いい名前だと思ったんだけどな』とかいいつつも、彼は分かったと頷いてくれた。良かった。
「そういえば、まだ用事があるんですか? 早く元の世界に帰して下さい」
「え? 使い魔は元の世界になんか、帰れないよ」
……は?
胸倉を掴みそうになるのをなんとかこらえて話を聞く。彼はこっちの気など知らずにペラペラと話し始めた。
「えっと、緊急事態が起きない限り使い魔と契約は切らないでずっと一緒にいるもので……」
「よし、一発殴らせろ」
「何で!?」
理由:ムカついた。これ以外に何がある。
「だって!! 私やっとこルキエラを倒してたらふくご飯食べれるはずだったのに!!」
そう、ソースがたっぷりかかったお肉とか、宝石みたいなキラキラのジュレがかかったスイーツとかがお腹いっぱい食べられるはずだったのだ。
イライラマックスの私は八つ当たりでバフバフと布団の中でジタバタする。
だが、お腹が減った。とりあえずベッドから出ようと体を動かす。
「ご飯、食べたい」
「分かった。ええと、セリカは見た目人間だけど食べる物は……「一緒に決まってるでしょ!!」」
イラつきながらベッドから出て……、ふと違和感を覚えた。
髪がバリバリじゃない。
肌に血糊がついていない。なにより、服装がワイシャツ一枚だ。
体が震えるのが分かった。
「……こ、これ、なんでワイシャツ……」
「え、ああ。血塗れだったから、君が寝ている間に治癒の魔法をかけて、お風呂に入れてあげたんだ。大丈夫、ちゃんと体の隅々まで洗って……「問答無用!!!」」
「うぐぅ!!」
咄嗟に回し蹴りをしてしまった私は、そこで下着すらはいていない事に気づいた。
意識が戻った彼、ゼノファーによって私は食堂へと連れられた。服装はちゃんとTシャツの上にワイシャツを着て、下はズボンを履かしてもらう。
全く、使い魔だからと服を最低限にしか着せないこいつが悪い。とっさに回し蹴りをした私は何も悪くない(はず)
食堂(ここは第二食堂らしい)の扉を開ける。結構広い食堂では、まだ朝なので朝食を食べに来ている兵士たちで溢れかえっていた。その中には『使い魔』らしき異形のモノもいて、結構なカオス状態となっていた。
が、開けるまでガヤガヤと雑音が聞こえていたのに、私たちが入ると何故かその場が静まり返った。
しん…、とした中、食堂の中にいるほぼ全員の人や使い魔たちが、私たちを静かに見つめる。
その若干異様な状況に、ゼノファーも若干戸惑いながら料理を頼もうとカウンターに歩き出す。するとカウンター近くにいた兵士がゼノファーの肩を掴んだ。
「おい、どうゆう事だよゼノファー。何で万年下っ端のてめぇがやっとこ呼べた使い魔が強いんだ?」
「……離してくれないか」
ゼノファーはそれだけ言って、何も反論しない。すると、ゼノファーの肩を掴んでいた男が無言でゼノファーをガラスの戸棚の方へ殴り倒した。
幸いにも戸棚が倒れる事は無く、ガシャン、と耳障りな音が響くだけ。ずるずると座り込む彼を、殴った野郎は冷たく見下ろした。
「こっちは質問してやってんだよ、三下」
パキパキと腕を鳴らしながら、下品な笑みを浮かべる男。
周りは止めもせず、同じようにニヤニヤと傍観している奴等。それはまるで、じわりと肌を逆なでるような、気持ち悪い雰囲気が、食堂に充満した。
……嫌な雰囲気だ。
咄嗟に、私はゼノファーとゼノファーを殴った野郎の間に割って入った。
いくつもの瞳が、私に突き刺さる。
「……あぁ? てめぇ、もしかしてあの使い魔か?」
「そうだ。我がご主人様に手を出さないで貰おうか」
と言って皮肉げに笑ってやった。おぉ、なんかそれっぽくない? 使い魔っぽくない? ちょっと自分で言っといて感心した。
ザワザワと不穏な声が広がる。が、目の前の野郎はハッと鼻で笑った。
「あの試合はEランクの使い魔だけだったろ。てことはこいつだってEランク並みでしかねぇ。そうだろ?」
……Eランク?
どういうことだろうかと考える間もなく、奴は拳を振るった。
ただの右ストレート。それを紙一重で避けつつ、その右手に腕を絡め相手の動きを利用して投げ飛ばす。
ズガン!! と派手な音を鳴らして、奴はテーブルに突っ伏した。
乗っていた料理やお皿は散乱し、少しだけ悲鳴が上がる。
「またつまらん奴を投げ捨ててしまった……」
パンパンと手を叩きつつも嘆かわしげに首を振る。気分はすっかり渋い剣士だ。
しかし、こうなってしまっては食事所じゃないので、私はとっととエスケープする事に決めた。
「大丈夫か? ゼノファー」
「あ、あぁ」
呆然としながらも、差し出された手をゼノファーは掴んだ。グイッと引っ張ってやって、そのままもと来た道を進む。
「しょうがないから、どっか食べにいこうよ」
「で、でも、あと一時間後には謁見室で授与式が……」
「授与式? じゃあ、その後にしておく?」
「む、無理だよ。その後は警備があって……」
「……じゃあ、調理出来る場所とかある? 私が作ってあげる」
「え、君、ご飯作れるの?」
「それなりには」
なんたって、前の異世界では野宿が当たり前だったのだ。
私を召喚した時には国、いや世界中が疲弊しきっていてロクに支援金を貰うことも出来なかった。なので私たちパーティーは、自分たちで食物を狩り、自分たちで作るというのが当たり前となっていた。(まぁ、例外の人物もいたけど)
そしてゼノファーに連れられてやってきたのは、『第一兵器開発部部長室』というプレートがつけられた部屋だった。
「フィート、入るよ」
『……どうぞ』
くぐもった男性の声を聞いて、ゼノファーは木製の扉を開いた。
カーテンを締め切った薄暗い部屋。床や机に散乱する書類たち。その中、大きな椅子の上で何か黒い布に包まれた物体がもぞもぞと動いた。
「ええと、紹介するよ。友人のフィートだ」
「あのもぞもぞ動いている物体が?」
「……失礼な使い魔だな」
もぞり、と布の中から顔が飛び出した。眠そうな黒い三白眼が私を見つめる。目の下にも隈があり、少し不健康そうな印象を持った。
「なんで使い魔って分かったの?」
「万年下っ端のゼノファーがやっとこ召喚できた人間型幼女の魔物。使い魔たちの闘技で無双した事は噂されてるよ」
「……まぁ、大体合ってるけどさ、人間型幼女ってなによ。幼女って」
「間違っていない。低身長、童顔、貧乳、ツルペタ、ぺちゃぱい」
「私は売られた喧嘩は買う主義だ」
「セリカ止めて!!」
パキパキと苛立ち紛れに指を鳴らしたら後ろから羽交い締めにされた。ええい離せ! やつに神の鉄槌を下さねば私の腹の虫が収まらない!!
「朝食を作ってくれるんでしょ!? ほら、あと一時間後には授与式が!!」
……チッ、しょうがないな。ご主人様の言う事を聞くしかない。
書類が散乱している部屋に入り込む。包丁に鍋、フライパンが散らかっている台所に立った。
「じゃ、作りますかね」
腕まくりをして、私は食材たちを切り始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「お、美味しい……!」
「……なかなかかな」
「なんであんたも食べてるのかな~」
20分もしない内に朝食が出来上がった。固めのパンと干し肉や野菜を使ったスープにサラダ。卵の目玉焼き。
簡単なものだけど二人にはお気に召したご様子だ。
「で、聞きたかった事が山ほどあるんだけど。まず、これからの授与式とやらについて。私も参加しなきゃいけないの?」
「出なくても大丈夫だよ。
君が出場した闘技で最後まで残った使い魔に賞金が受賞されるんだ。使い魔といっても強さによってランクが決まっていて、下からE、D、C、B、A、Sと分かれている。
君は、Eランク使い魔優勝者として受賞されるんだ」
ふむ……、食堂で絡んできた野郎が言っていた『Eランク』というのはこの事なのだろう。
つまり私は現在Eランクで、そのEランクの使い魔たちだけの戦いに勝ち残った。
だから今日の授賞式に、私のご主人様であるゼノファーが参加しなければならないのか。
「他のランクでも最後まで残った人たちと一緒に受賞されるから。でもSランクは数が少ないから今回の闘技も行われていない」
「じゃあ、Aランクまでか」
スープを飲みながらゼノファーは相槌した。
「それが終わったら、使い魔として登録しににいくからね」
「登録?」
「……ゼノファーは国に使える兵士。だから国側としては、どの兵士がどんな使い魔を所有しているか知る必要がある。国側に、自分はこんな使い魔を所有していると登録するんだ」
まぁ、見た目や名前、能力を把握して戦争に勝てる強い使い魔を捜す為だけどね。とスープをちまちまのみながらフィートが説明してくれた。
「やっぱりこの世界でも戦争があるのか」
「でも、最近は休戦してるから戦場に駆り出される心配は無いと思うよ」
ゼノファーよ、それを日本では『フラグ』というのだよ。などと呑気に考える。
「とにかく、君の登録をしたいから、授与式が終わるまでフィートの所か、もしくはさっきいた部屋にいてね」
「ラジャー」
ゴクゴクとスープを飲み干しながら、今度は私が相槌を打った。
心配そうなゼノファーが出て行ったあと、私はフィートと向き合った。
「唐突だけど、ゼノファーについて、教えてくれるかな?」