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魔戦 4



「おい、あれ見ろよ」

 ゼノファーが休憩に入っている途中、仲が良くもない同僚たちの声が聞こえて、彼は思わず視線を上げた。

 雲一つない快晴の中、キラキラと、薄い水色の鱗を煌めかせて青空を泳ぐのは、一匹の龍。



「セリカ……」

 自分の使い魔、芹花だった。


 何で、という言葉が漏れた。

 芹花は何で一人で空を飛んでいるのだろうか。いや、飛びたい時だってあるのだろうが。

 芹花の背に乗って見た景色は、それはもう美しいの一言に尽きる。きっと気晴らしに空を飛んでいるのだ、という考えはすぐに消える。



「おい、あれアレイスター隊長の……」

「ああ、リゼリオンだ」

 まるで芹花と対峙するように、この国最強の使い魔、リゼリオンが空を飛んでいた。

 金色の獅子。と巷で人気の飛猫種ひねこしゅの使い魔。普通の飛猫種はもっと小さいのだが、アレイスター隊長の飛猫種のリゼリオンはかなりの大型だ。現在確認されている飛猫種の中で一番大きいらしい。

 金色の翼で空を駆け、その鋭い牙と爪で龍を倒した話は、アレイスター隊長とその使い魔リゼリオンの武勇伝である。



 じわりとゼノファーに冷や汗が流れる。

 もしや、セリカが何か問題を起こして殺処分される寸前なのではないのか。

 くるくると笑ってちょこちょこと動き回る彼女の姿を思い出し、グッと体に力が入る。今にもリゼリオンの爪が彼女の鱗をボロボロに引き裂くのではと危惧したのだが、セリカはひらりひらりと身軽にリゼリオンを避けていく。

 それは殺し合い、というよりはじゃれあうと言った方がいいかもしれない雰囲気に見えた。



「見ろよ、あの使い魔の背中に乗ってるの、アレイスター隊長じゃね?」

「じゃあリゼリオンに乗っているのは?」

「ロッシェ副隊長だよ」

「隊長はやっぱり、使い魔の動かし方が上手いな~」

 ちらほらと聞こえてくる兵士たちの言葉。多意は無くとも、それはゼノファーの心に突き刺さる。



 自分なんか、彼女の背に乗るのでいっぱいいっぱいだったのに。



 芹花は、前の異世界では勇者として召喚され、魔王を倒したと言っていた。それだけの力を持っている芹花が、どうして何の力も無いゼノファーの使い魔になったのかよく分からない。



 分からないが、ゼノファーと芹花の力関係が釣り合っていない事は、よく分かる。



(何考えてんだ、俺)

 ゼノファーは首を横に振った。

 馬鹿みたいだ。自分には力が無い癖に、自分の使い魔と息が合う、釣り合うだけの力を持っているアレイスター隊長に嫉妬するなんて、おこがましいにも程がある。

 アレイスター隊長は兵士たちの羨望の的だ。

 未だに30歳になったばかりなのに、ドラゴンを倒した事もある、生きる伝説とも言われている人。その人と芹花の力関係がかみ合うなんて、分かっている事だ。

 弱い自分など入れる隙は無いのだ。



 とにかく、今すぐ空軍の練習場に行って、何故アレイスター隊長と空を飛んでいたのか問い詰めなければ。

 ゼノファーは、煌めく龍を視界に入れないように視線を下げつつ、走り出した。






 対する芹花と言えば、



「ほぉぉ、ああやって飛ぶのか」

 と、地上に戻って先ほどの飛行を頭の中で思い描いていた。

 出来るだけ水平に。乗っている主人の体の傾きに合わせてその方向に自分も体を傾ける。

 それだけで主人がどの方向に行きたいかの意志疎通が出来るし、何より落とさない。

 他にも、足の側面で曲がりたい方向を軽く叩いたりして意志疎通をするらしい。

 また、急な方向転換の時や風圧によるバランスを崩しやすいタイミングで、主人は風の防御魔法を使うのだそうだ。

 そうやってチョコチョコと細かいタイミングで使うと魔力の消費が少ない。

 また、急に止まったりしてGがかかるような場合は、重力緩和の魔法を使う。

 流石異世界。科学の力など必要ない。



『お前はアクロバティックな動きが多すぎる。それじゃあ背に乗る主人が辛いだけだ』

 少し掠れた声。地面に降り立ったアレイスターの使い魔、リゼリオンがそう言った。

 その背中からロッシェがひらりと降り立つ。



「そうかなぁ~」

「まぁそこら辺は経験積めば追々分かって来るって」

 とロッシェが言った。うーん。戦闘機とかよく一回転している気がするんだけどなぁ~。



「編隊組んで飛ぶとき、お前一人だけ奇抜な動きすると味方と接触する可能性があるだろ。ただでさえお前は大型の部類にはいるんだから」

「……じゃあ、個人で飛んでる時はいいのか」

「全然反省してねぇだろお前」

 半眼になって睨まれてしまったので口を塞ぐ。

 いいじゃないか、少し位は。もしかしたら使う日が来るかもと奇抜な動きを練習してもバチは当たらない。

 ロッシェの言葉にむくれる私。するとさっきまで私の上に乗っていたアレイスターが慰めるかのように私を褒めてくれた。



「だが、宙返りや半回転などが無ければ乗りやすいに違いない。ロッシェの使い魔には劣るが、機動性や俊敏性は中々だ」

「ロッシェの?」

 確か、ロッシェの使い魔もSクラスだったはずだ。

 アレイスターは一度首を縦に動かしてから腕を組んだ。



「ロッシェの使い魔は、この国一速い使い魔だ」

「速いだけで狡猾に動かなきゃ勝てねぇけどな。パワータイプのリゼリオンとは大違いだ」

『エレカルテを蔑むな、ロッシェ』

 リゼリオンが低いうなり声を上げた。エレカルテとは、きっとロッシェの使い魔なのだろう。ロッシェは一度だけ首をすくめて、だが飄々とした態度は崩れない。



「エレカルテって、どんな使い魔なの?」

「ただの--……「訓練中すみませんアレイスター隊長!!」」



 私は後ろを振り返らずに走り出した。砂埃を上げて走り抜ける。

 間違いない。今の声はご主人様の声だった。何でここにいるんだ警備中じゃなかったのか!



「ぁ、セリカ!! 帰ってきなさいっ!!」

「嫌です~! ちょっと道を尋ねていただけです~! 追いつけるもんなら追いついてみろ!!」









 ゼノファーは一度嘆息してから、アレイスターとロッシェに頭を下げた。



「アレイスター隊長、ロッシェ副隊長。セリカが迷惑をかけてしまい、申し訳御座いません」

「いいって。初めて空軍に入ったんだから、飛び方だって教えなきゃいけねぇし。それよりあれ、止めなくていいのか?」

 ロッシェが指差す先には、もう既に土埃に紛れて姿が見えないセリカがいる。

 セリカのあの脚力の前じゃ、どう頑張ってもゼノファーでは追いつけない。



「首輪付けておいて、本当に良かった」

「まぁ、確かにな」

 逃げられっこねぇのに。とロッシェはクツクツと笑う。アレイスターはといえば、憐憫の目をセリカが走り去った方向へと向けていた。

 ゼノファーは少しだけ感覚を研ぎ澄ませ、そして、呟いた。



主人命令マスターコマンド:止まれ』










 カクン、と。いきなり体が傾いだ。

 それは、疲労で足が動かなくなる感覚と同じだった。が、直ぐに体制を整えようと反射的に動くはずの足は動かず、手を付こうにも手も動かせない。

 意味も分からず、ベシャっという感じで地味にセリカは転けた。



「ぅ、う!? 何だこれ!!」

 うつ伏せに倒れたまま、金縛りにあったかのように体が動かない。それこそ指先をピクリと動かす事すら、だ。

 ぇ、本気の金縛りだろうか。いやいや、この真っ昼間に? いやいや。でも、え、動かない。もしかして本当に幽霊的なあれだろうか。



「むあ~!! なんじゃこれ!!」

叫び声を上げるが周りには誰もいない。3分たっても動けなく、怖くなって涙目になってきた頃。



「あ、いた!」

 ゼノファーの声!! 後ろを振り向こうにも振り向けないが、パタパタという足音が近付いてくる。まだ少し遠くにいる彼に私は大声を出した。



「ゼノファー助けて金縛りだ!!」

「金縛り?」

「動けない! 幽霊的な何かかもしれない助けて!!」

「幽霊、じゃないんだけど、ね」

 ゆっくりと足音が近づく。少し息切れをさせたゼノファーが私の前に座り込み、よいしょ、と私の両脇に手を差し込んだ。

 そのまま、グイッと引き起こされ、まるで子供のように向き合う形で抱き抱えられた。

 そう、赤ちゃんの背中をよしよしと叩くお母さんとその赤ちゃんの図である。



「く、屈辱!!」

 19歳にもなってこの抱き抱えられ方である。最近の漫画では中学生ですらお姫様抱っこの時代なのに。

 だがまだ私の体は動かない。現在動くのは、脳と内蔵と口と目だけだ。抵抗しようにも抵抗出来ない。



「セリカが悪いんだよ? 俺から逃げ出すから首輪の力を使ったんだ」

 ゼノファーはそう言いつつ私の背中をポンポンと叩いた。まるでぐずる子供をあやすお母さんだ。屈辱すぎる!!

 彼は私を抱えつつ、私が走り去った、アレイスター隊長たちがいるであろう方向へと歩き出す。



「って、え? 首輪の力?」

「主人の命令で動きを止められるって、登録の時説明されたでしょ。今も命令は継続中だから、」

 確かにそんな事言っていたような……?



「というか、こんなに拘束力強いの? 首輪の力って」

 もっと、5秒位ピタッと止まるだけだと思ってたのに。これじゃあなにも出来やしない。



「今でも軽い命令だよ。神経系に命令を流すから、痛みを流す事も出来るし、命令した通りの動きをさせる事も出来る」

「……うわー。ゼノファーさいてー」

「やらないよ!? 俺はやらないよ!?」

「じゃあ早く解いてよ命令!! 動けない!!」

「動けたら逃げるでしょ。今回は逃がさないよ」

 むーむー唸っても、ゼノファーは命令を解いてはくれなかった。




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