表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

第7廻 氷の標的

 昨日の新入生歓迎会は盛大で、まるでお祭りのようだった。

 サークル紹介もあり、どのサークルに入ろうか、ころんは悩んでいた。入らなくてもいいのだが、せっかくだから何かやりたい。

 しかし、男子のいるところだと体質上、問題がある。悩んでいると、制服の内ポケットからピロリン、と音がした。

 内ポケットに入れているクリカにメールが届いたようだ。見ると、明日の健康診断のお知らせだった。

 健康診断か……それも少し心配だ。中学の時は担当の医者が女性だったので問題なかった。しかし、今回からは別だ。医者が女性とは限らない。

 もしも男性の医者で、診断中に触ってしまったら、(はね)が出るのを我慢しなくてはいけない。

 この学園は人外も受け入れているとはいえ、あまり騒ぎにしたくない。

(一応、帰ったらシェルティナに相談してみよう。うーん、部活はどうしようかしら……)

 ころんはため息をつきつつ、クリカを制服の内ポケットにしまった。

「そんなに明日の健康診断が嫌か?」

 クリカを見ていた響が話しかけてくる。

 本来なら紗雪と二人で帰るのだが、今日は紗雪とではなく、彼と一緒に帰ることになった。

 なぜかというと、途中まで帰り道が同じだと知って、思い切って一緒に帰らないか誘ってみたのだ。返事は見事OK。

 しかし、そこで問題なのは紗雪だ。ボディーガードである紗雪は、なるべくころんと行動を共にしている。

 せっかく響に近づくチャンスを手に入れたのだ。どうせなら二人きりで帰りたい。

 そう思い、響の返事をもらった後、紗雪に一緒に帰れないことを伝えた。

 当然、理由を訊かれたが、男と二人だと知ったらあれこれ言われることは分かっているので、響のことは言わずに、なんとか紗雪を説き伏せ、今に至るのだが……

「う……別に、そういうわけではないようなあるような……」

 本当は部活のことで悩んでいたのだが、健康診断のことを気にしていると思ったらしい。あながち間違いではないが。

「なんだ、はっきりしないな。俺はそういった中途半端なことは嫌いなんだが」

 冷ややかな口調で言い、響はすたすたと先を行く。ころんはすぐに後を追い、少年の隣に追いつくと「ごめんなさい……」と謝った。

「そうやって悪いことをしたわけでもないのに、謝られるのも好きじゃない」

「それはわかってるんだけど……なんか碧君に言われると、悪いことしてなくても謝っちゃうのよ。そういう気持ちにさせられるっていうか……」

「俺はさせたくてさせているわけじゃないけどな」

 その一言で会話は途切れた。返す言葉がない。ころんはただうなだれるしかなかった。しばらくして「……悪かった」と響が口を開いた。

「お前にそんな顔をさせたくて言ったわけじゃないんだ」

 うなだれるころんの表情を見て、響は――表情はほとんど変わっていないが――暗い声で言った。

 ころんはあわてて顔を上げて、手を左右に振った。

「ちがうわっ。私が悪いの! 私が変な言い方をしたから。別に落ち込んだわけじゃないから気にしないで」

 にっこりと笑うころん。響は表情には出さなかったがほっとした。

 響がああいう言い方をするのは、人付き合いが苦手で不器用なだけで、本当は優しいということを知っている。

「それはそれとして、なんで高天(たかま)は健康診断が嫌なんだ?」

 下駄箱から靴を出して響が訊く。ころんは靴の先をとんとんと地面で叩いて整えながら、

「え……えーと……あっ、そうそう、身体測定があるでしょ? 体重とか気になるから。増えてたら困るなーって。だから」

「そういうものなのか」

「ころんちゃんも体重気になるのーっ?」

「きやああっ!?」

 突如、眼前にかわいらしい顔が下から飛び上がってきたので、ころんは大きくのけぞった。

「あれ? ゴメン、おどかしちゃった?」

「ななな、七海君っ?」

佑輔(ゆうすけ)。いきなり現われるな。高天(あいて)の心臓に悪いだろ」

 響がこつん、と突如現われた女子学生……ではなく、男子学生の頭を、げんこつの裏で軽く叩いた。男子学生は「わざとじゃないのにー」と頬を膨らませた。

 わずかに茶色がかった黒髪を、後頭部の中間辺りでリボンで留めていて、高学生の男子とは思えないほど愛らしい子である。

「七海君も今、帰りなの?」

「うん。ねね、ころんちゃんって呼んでいい? ボクのことはユウって呼んでいいから!」

 にっこぉと無邪気な笑みを浮かべる佑輔。男の子は少し苦手なのだが、佑輔は女の子みたいに愛らしくて、ころんはほのぼのとした。

「分かったわ。じゃあ、ユウ君」

「わーいっ。ついでにボクも一緒に帰っていい?」

「え?……」

 ころんは内心、響と二人きりで帰りたかったのにと思い、ちらっと響を見る。

 しかし、佑輔の屈託のない笑顔に負け「いいわよ」と言ってしまった。

「ホントー? じゃあ、行こう! さーちゃんも早くー!」

 ころんの後ろに向かって、手を大きく振りながら佑輔の呼んだ名前に、ころんは小首を傾げた。

(さーちゃん……って誰?)

「お待たせ~」

「ひやっ!?」

 真後ろから声を掛けられ、ころんはびくっと身を震わせた。振り返ると、へらっと笑う相模がいた。

 さーちゃんとは彼のことだったのか。

「急に後ろで声出さないでよ!」

「ごめんごめん。さ、行こうか、ころん」

 笑みを崩さない相模に、ころんはむーっと顔をしかめて、エアバイク置き場へと歩き出した。

「誰もあんたなんか待ってないわよ。行きましょ、碧君」

「つれないなー。俺ところんの仲なのに」

 わざとらしくため息をつく相模。響と仲良くなれたのはいいが、なぜかこの男はやけに自分に近づいてくる。

 変な男たちから助けてくれたり、ころん好みの場所へ連れて行ってくれたりと、悪い奴ではないのだが、その反面、スケベな言動をするので好きではない。

「どういう仲よ。ついてこないで」

 つん、とそっぽを向くころんに、相模はにこにこと笑いながらついてくる。

「一緒に帰るんだろ? さっき、いいって言ったじゃないか」

「それはユウ君だけよ。あんたはお呼びじゃないわ」

「ユウが一緒に帰るなら俺も一緒に帰るよ」

「どうしてそうなるのよっ。ちょっと、あんまり近づかないでよねっ」

「昨日はあんなに近づいてたのに?」

「エアバイクに乗るんだから仕方がないでしょ!?」

 一方的に険悪になっていく二人の間に、佑輔が割って入った。

「まあまあ、落ち着いてよ、ころんちゃん。さーちゃんのことは気にしないで。それにさーちゃん、響クンにお話あるんでしょ?」

 にこっと笑う佑輔。だが、相模は一瞬だけ自分に向けられた視線で、佑輔の言いたいことを理解した。

 作戦開始、ここはボクにまかせて、と。相模もうわべだけの笑顔を返す。

「そうだな、先に駐輪場に行ってくれ」  

「うん」

 ころんと佑輔が並んで前を歩いていくと、相模はにやっと笑った。響が歩きながら小声で話しかけてくる。

「相模、話ってなんだ?」

「ああ、次の標的(ターゲット)のことだ」

「……!」

 苦い顔をする響。相模は楽しそうに笑うころんの横顔に、冷笑を浮かべた。

「ターゲットは、ころんだ」

「! なぜ……」

 困惑する響に、相模は心底楽しそうに嗤う。まるでおもしろいおもちゃを見つけた子供のように。

「だって、(こわ)しがいがありそうだから」

 相模は数年前から、扱いやすそうな女を手玉に取っては、甘いマスクや言葉などで惑わし、飽きたら容赦なく捨てる、という行為を繰り返していた。

「いつも言ってるだろ。おもしろければそれでいい。バカな女どもに痛い目を見せてやれれば、誰だっていいんだ」

 相模にとってはただの遊び、暇つぶし。けれどターゲットにされた女は、玩ばれた挙句傷つけられる。

 人を玩んで遊ぶなんて、いけないことだと解っているのに、友人として止めるべきだと思っているのに。

 相模がすうっと冷たい目で、響に耳打ちする。

「分かってるよな? 響。邪魔をするなら……――」

 最後の囁きは、周囲の音にかき消された。だが、響の耳にはしっかり届いていた。

 響は青ざめた顔で、小さく「……言うとおりにする」とだけ呟いた。 



 さすがに家まであの三人と帰ってくるわけにもいかず、三人とは途中で別れた。

 そういえば、響の様子が少し変だったが大丈夫だろうか?

「気になるなぁ……」

 ぽつんと呟くと、珍しいことにスレイドが姿を見せた。周囲に誰もいないとはいえ、どうしたんだろう。

「私も少々、気にかかる点がある」

「え、スレイド……気にかかるって、何が?」

「あの茶髪の少年だ」

 茶髪……さっきまで一緒にいた三人の中で、茶髪なのは相模だけだ。

「んー、柳原のこと? 柳原がどうかしたの?」

「ヤナハラ……あれは人の子か」

「? 決まってるじゃない。え、もしかして人外の気配でもするの!?」

 半分は人外の血が流れているとはいえ、ころんには人間と人外の区別などつかない。

 紗雪ならそういう気配を察知できるみたいだが、何も言っていなかったし。

「いや、あれは人の子だ」

「何よ、びっくりするじゃない」

「…………」

 確かに気配は人の子そのもの。だが、似ている。あの方に。

 顔も、魂も。そしてこの娘も。

 スレイドは目を細め、ころんを見下ろした。首を傾げるころん。

 何も言わず、スレイドはすっと消えた。そのまま気配が遠ざかる。 

「!? ちょっとスレイド!? もう、なんなのよっ」

 スレイドが他人を気にするなんて初めてだし、あんなことを言ったのも初めてだ。

 いったい、なんだったのだろう。それに相模と会うのは初めてではないのに。

 ああ、でも、彼は常にそばにいるわけではないんだった。

 時々ふらりとどこかに行く。呼べば飛んできてくれるのだが。

 スレイドのことは気にしても仕方がない。ころんは足早に帰った。



「ただいまー」

「おかえり、ころん」

 靴を脱いでいると、背後に気配を感じた。怒りのオーラが出ている。それにこの声。

 恐る恐る振り返ると、腕組みをして仁王立ちしている紗雪がいた。こめかみには怒りの四つ角が。

「ゆ、ユキ……なんで」

「話がしたくてさ、待ってたんだ。さあ説明してもらおうか? 一昨日も昨日も今日も、オレを放って帰ったそのワケを!」

(きゃーんっ、すごく怒ってるぅ~っ)

 怒りのオーラを立ち上らせる紗雪に、ころんは震えあがった。

 廊下の角から、シェルティナが申し訳なさそうに、お嬢様ファイトッ、とエールを送っていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ