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第5廻 小さな恋の種

 シェルティナ行きつけのスーパー『メルディ』は、ころんが住む朱湊(すみなと)と、隣町の弥栄町(やさかちょう)との境にある。ころんは早足で店へと向かった。

「早く帰らないと、シェルティナが心配するしね。それにしてもいい天気。思わず伸びしたくなっちゃう」

 そう言ってころんが伸びをした時、

高天(たかま)

 どきーん。

 聞き覚えのある声に名を呼ばれ、ころんの胸が大きく高鳴る。あわてて腕を下ろし、ぐるっと体ごと振り返る。

「あっ、(あおい)君!?」

「奇遇だな」

 相も変わらず笑みさえ浮かべず、淡々とした返事を返す(ひびき)。ころんはわたわたと落ち着かない。

「ほっ、ほんとに奇遇ね! えと…碧君はなんでこんなところに?」

「昼の買い出しだ」

「碧君も? 私もなの」

(もう名前覚えてくれたんだ。まさかこんなところで碧君に会えるなんて……夢みたい)

 自然と二人は並んで歩いていた。ころんは内心、飛び上がりそうなほどうれしかった。

「どこのお店行くの? 私は弥栄町のメルディなんだけど」

「俺もメルディだ。あそこは品揃えがいいからな」

「そうそう。小さいけど品揃えいいのよね。他のお店より安いし、家からは少し遠いけどよく行くの」

「そうなのか。あそこの店員は気前のいい人物たちで、俺も気に入っている」

 それを聞いて、ころんは響の横顔を見た。

 お気に入りのものが同じでうれしい。顔を赤くして、ころんは正面に顔を戻した。うれしくて笑みがこぼれる。

 いつのまにか店に着き、ころんは名残惜しかったが響と別れた。入口付近に積まれた淡いウグイス色のカゴを取り、クリームソースを探す。

(ふふ。このカゴもこの店がお気に入りの理由の一つなのよね。この色はママの色だから)

 ウグイス色に限らず、緑はママの色。ころんはそう考えていた。

 花や木々、自然を愛する人だった母。だからころんの家の庭にはたくさんの植物がある。もちろん家の中にも。

(そんなママだから、自然を表わす緑がよく似合うと思ってる)

 クリームソースを見つけ、カゴに入れた。ついでにお菓子やジュースも物色した後、会計を済ませ、入口脇に寄りかかって響を待つ。

 しばらくして、響が会計を終えて出てきた。決して少ないとは言えない荷物の量に、ころんは呆気に取られた。

 帰り道、どうしても気になったので訊いてみた。

「ずいぶんたくさん買ったのね。何買ったの?」

「……いろいろ」

 ほんの少し気になる間を置いて、響は微妙な返答をした。ころんもそれ以上追及しなかった。

 そのせいか、気まずい雰囲気になってしまった。

(き、訊いちゃいけなかったかな。せっかく二人っきり……っていうか、碧君と会えただけでうれしいんだけど、それなのに私のバカ~っ)

 とりあえず沈黙だけでも破りたくて、ころんは話題を変える。

「碧君! え~と……あ、明日、学園見学があるわよね! 楽しみね~」

「俺は入学前にいろいろ回ったから、そうでもないけどな」

「…………そ、そう。……えーと、じゃあ…その見学って一人で行ったの? 誰かに案内してもらったとか?」

「現学園長に案内された」 

「学園長に?」

 事前見学会でもあったのだろうか? いや、受験する時にネットで学園の公式サイトを見たが、入学前にはそういったものはなかったはずだ。

 ということは、個人的にだろうか? 一受験生を学園長自ら案内するとは……あの学園長ならやりかねないかもしれない。

 と、ころんが納得しかけると、響はため息交じりに疲れた声を出した。

「……というより、あれは連れ回されたと言うべきか……」

「………………」

 さらに空気が重くなる。墓穴を掘って、ころんは『穴があったら入りたい』状態に陥った。

(きやーっ、私のバカバカバカバカっ! もっと気まずくなっちゃったじゃないのーっ)

 立ち止まり、ころんは頭を下げた。

「……ごめんなさい」

「なんで謝るんだ?」

 響も立ち止まって振り返る。

「碧君の機嫌悪くさせちゃって……ごめんなさい」

 うなだれるころんに、響は顔をしかめた。

「何か勘違いしているようだが、別に俺は怒ってないぞ?」

「え、だって……」

「……さっきのことで勘違いしてるんだな」

 ため息をつく響に、ころんは「ごめんなさい!」と三度謝る。

「いや、いい。俺の方こそ、すまなかった。……どうも他人と話すのは苦手というか……慣れないんだ」

 目を瞬かせるころん。響は口元を手で押さえて、困ったように目を逸らした。

「なんと言えばいいか……その……面と向かうと、うまい具合に言葉が出てこない。……大人相手ならいいんだが……同世代の人間相手だと、あまり……な」

 今も頭をフル回転させて言葉を選んでいる。どう説明すればいいものか。

 意外な響の一面に、ころんは唖然としていた。教室ではあんなにズバズバと言っていたのに、今の響はどうだろう。もどかしいくらいたどたどしく、頼りなさげだ。

(あ……もしかして)

 ころんは気づいた。教室での態度は、緊張していたからなのでは? 

 緊張して、言葉が見つからなくて、思わずあんな態度をとってしまったのではないだろうか。 

(見た目じゃわからなかったけど、碧君、すごく緊張してた? すぐに教室を出て行っちゃったのも、緊張をほぐすため……?)

 あの時、自分が大きな声を出したために、かなりの注目を浴びていた。それで余計な緊張をさせてしまったのなら。

(悪いことしちゃったかな)

 今思えば、興奮していたとはいえ、あんなに大きな声を出すなんて恥ずかしいことをした。

「だから……気のきいた会話というのは、あまり期待しないでくれ。

 なるべく、障りない会話ができるよう、努力はしているんだが……同世代の人間は……いや、他人というのは難しいな」

 手を下ろし、心底疲れたようにため息をつく響。包み隠していない、本来の響がそこにいる。

 冷静で、淡泊で、大人びていて、その実口下手で、人付き合いが苦手で、真面目な努力家。

 ころんは微苦笑した。最初は、少し怖いかも、と思った。ずっと眉間にしわを寄せているし、淡々とした口調が怒っているようで。

 けれどそれは、どう接すればいいのか分からなかったから。きっと、自分と話している時も、一生懸命考えていたのだろう。

「それで、さっきのことだけどな。買った物を訊いた時、俺がきちんと答えなかったから、怒っていると思ったんだろうが……

 あの時はだな、ちょっと考え事をしていたから、答えるのが遅れただけだ。

 ……それと、詳しく何を買ったとか言う必要もないと思ったからで……」

 眉根を寄せているのは、怒っているのではなく、言葉を選んでいるからだ。気づいてしまえば、彼の態度は納得がいくので、怖いとは思わない。

「ほんとに?」

「嘘をついてなんになる」

 あまりにも生真面目な顔でそう言ったので、ころんは思わずぷっ、と吹き出した。

「あはははは。……あ、ご、ごめんなさ……あんまり……真面目な顔で言うから……ふふ」

 笑い転げるころんに、響はわずかに頬を赤く染めて、顔を逸らした。

「ふふふ……ごめんね、笑ったりして」

「笑いたければ笑えばいい。感情を素直に表わせるのは悪いことじゃない」

「時と場合によるけどね」

「……そうだな」

 感情を素直に出すのは悪いことじゃない。むしろ、素直に表わせるのはいいことだ。

 ――もしもあの時、素直に気持ちを伝えることができていたら……

「……君? 碧君!」

 過去を思い出しかけていた響は、はっと我に返る。ころんが心配そうに覗き込んでくる。

「どうしたの? また考え事?」

「ああ……だが、さっきとはまた別の考え事だ」

「ふぅん。あ、ねえ、碧君はいつも自分で食事の材料を買いに行くの?」

「いや、いつもは他の奴が行く。今日はたまには自分が行こうと思ったから」

 ころんは目を瞠った。

(同じだ。碧君も私と同じ理由だったんだ。なんかうれしいな、こういうの)

 突然くすくす笑い出したころんに、響は怪訝な顔をする。

「俺は何か変なことを言ったか?」

「そうじゃなくて、ううん。なんでもないの」

「?」

 不思議と、響と話していると落ち着く。多少ドキドキしてはいるが、それは憧れの人の前だからだ。

 ころんはあたたかい気持ちで、響と並んで歩いた。



 帰宅してリビングに入ると、シェルティナが安堵した様子で駆け寄ってきた。

「お嬢様、お帰りなさいませ。大丈夫でしたか?」

「うん。買ってきたわよ」

 ころんはクリームソースのパッケージを袋から出し、シェルティナに手渡した。

「ありがとうございます、お嬢様」

「いいってことですよ。私、着替えてくるわね。スレイドはついてこないでよ?」

 返事はないが、なんとなく気配が遠ざかったような気がした。

 武闘家である紗雪と違って、何かの気配を読むということはできないが、スレイドの気配はぼんやりとだが分かる。

 ソファーの上に投げ出したままのカバンを持って、ころんはぱたぱたと二階に上がっていく。

 部屋に入ると、窓辺の鳥かごの中で、インコが羽を羽ばたかせた。羽が空色をしているので、名前は(ソラ)だ。

 ころんはぽいっとカバンをベッドに放り捨て、机の隅に飾ってあるデジタルフォトフレームに笑いかける。

「ただいま、ママ」

 私服に着替えながら、ころんは今日あった出来事を母親に報告する。

「碧君、見た目はちょっと怖いけど、マジメで優しくて素敵な人。

 それに、碧君に会うと、胸がどきどきして……落ち着かなくなるの。ねえ、ママ。これが恋なのかな?」

 イスに座り、写真にそっと触れて、ころんは目を閉じた。瞬間、別れを告げた時の相模の顔が浮かび、慌てて目を開ける。

「!! なんであいつの顔が……そういえば、あいつと会った時、不思議な感じがしたわよね。

 あ、あいつって言うのはね、えーと、確か柳原って言ってたかしら。

 ムカつく人なのよ! 初対面でいきなり変なこと言うわ、呼び捨てにするわで」

 本当に、最初はなんて人なの、と思った。でも。

「でもね、たぶん優しい人。……かもしれない。

 変なおじさんや男の人に捕まりそうになった時、助けてくれたし、家まで送ってくれたし」

 ころんはブラウスの下につけていたペンダントを引っ張り出す。薄いリングの中に小さな赤い宝石がついている。

 幼い頃、父がお守りだと言ってくれたものだ。

『いいかい、ころん。これはお守りだ。

 決して失くしてはいけない。手放してはいけない。肌身離さずつけているんだよ』

 とても綺麗で、うれしくて、頷いた。頭を撫でながら、父はもう一つつけ加えた。

『それから、他人には絶対に見せてはいけないよ』

 だからいつも、こうして服の下につけている。なぜ他人に見せてはいけないのかとか、その理由は教えてくれなかったけど、母が言っていた。

『そのお守りはとても大切なもの。あなたを守ってくれる。そして大切なものに導いてくれるわ』

 机の上で腕を交差させ、その上に顎を乗せながら、ペンダントを見つめる。

(これがすごく大事なものだってことは分かってるけど……なんなんだろう、このペンダント)

 このペンダントは両親の前でしか見せたことがない。スレイドは見たことがあるかもしれないが、なるべく隠すようにしている。

 ペンダントを服の下に戻し、写真に顔を向ける。

「あのね、私……柳原と昔、どこかで会ったような気がするの。懐かしい……って思ったのよ。でも気のせいよね……あいつとは今日、初めて会ったんだもの……」

 話しているうちに徐々に眠くなり始めた。何度も落ちそうになるまぶたを必死に抑え、写真に手を伸ばす。

「ママ……私、変わりたいの。いつもパパや、ユキや……シェルティナ、それから……スレイドに守られてるばかりじゃ、なくて……斂子(フィリン)の血を……コントロールできたらな……って…………」

 そうすれば、もっと好きに外に出歩ける。父や紗雪たちを心配させないですむ。自由に、恋もできる。

 母が言っていた。異性に触れると翼が出てしまうけど、精神力次第で出ないようにすることもできると。だから頑張れば、いつか。

 写真に手をかけたころんは眠りについた。開け放たれた窓から一片の桜の花びらが舞い込み、眠るころんの手に舞い落ちた。

 そよ風が吹き込む。髪が頬を撫で、ころんはくすぐったそうに笑った。




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