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第2廻 開かれた物語

 息を切らし、ころんは人気のないところを探して走り続けた。

 その間にも、背中のざわめきは鎮まることがない。

(ダメ……まだ出てきちゃダメ。もう少し……もう少しだけガマンして、お願い)

 無意識に手に力が入る。そのせいで傷が痛むが、気にしてなどいられない。

 懸命に背中に意識を集中させて、なんとかざわめきを抑え込む。

 一心に走り続け、学舎の角を曲がった。その時、角を曲がってきた男子学生と正面衝突した。

「きゃあ!」

「!」

 今度は地面にしりもちをつくころん。鞄は勢いで手から離れた。

 二度目とあって、さすがのころんも憤慨した。

「もう! 今日は人にぶつかってばかり。厄日だわ!」

 叫んで、地面に視線を落とすころん。

(初日から人にぶつかるなんて。しかも二回も……。なんだか将来を暗示してるみたいでいやだわ……)

 深くため息をついたころんの腕をつかんで、誰かがぐいっ、と引っ張り上げた。

「!?」

 予想外のことに、ころんは目を丸くして、腕をつかんだ主を見た。

 つややかな黒髪の青年。まるで氷のように冷たく、鋭い灰色(アッシュグレー)の瞳。

 けれど、どこか不思議で、吸い込まれそうな強い瞳。

 風が吹き、桜の花びらが二人の間を吹き抜ける。ころんは青年の顔に見とれていた。

「大丈夫か?」

「…………」

「大丈夫かと訊いているんだ」

「! あ……だ、大丈夫……です」

 険しくなった青年の顔に、ころんはビクッと身をすくませた。

「もう少し周囲(まわり)に注意するんだな。呆けていると危険だぞ」

 鞄を差し出し、黒髪の青年は角を曲がっていく。ころんは鞄を抱えたまま、ぽーっと呆けていた。

 そのため、自分の体のことなどすっかり忘れていた。



「ころんー! ころん!! あーもう、どこ行ったんだよっ」

 紗雪はヴァモバ――携帯情報端末の一種――のサブディスプレイに表示されている時計を見て「時間ねーのに」と呟く。

 顔を上げると、白い羽根が一つ、風に乗って飛んできた。

「まさか……」

 悪い予感がし、紗雪は羽根の飛んできた方へと走った。学舎の角を曲がり、紗雪は「やっぱり…っ」と顔をゆがめた。

「ころん!!」

「……! あ、ユキ」

「あ、ユキ。じゃねぇっ! さっさと(はね)しまえ!」

「え? あっ!」

 自分の背中を見て、ころんは顔を青ざめさせた。ころんの背中からは、純白の(はね)が大きく広がっていた。

 ころんは急いで手を組んだ。目を閉じて精神を集中する。すると(はね)は、ころんの背中に吸い込まれるように消えた。

「ふう」

「ふう、じゃねぇ―――っ!!」

「きゃーん、ごめんなさい~っ」

 紗雪の怒号にころんは涙目になる。

「翼が出てたってことは男に触ったんだろ。見られてはいないんだろうな?」

「う、うん。たぶん」

「ったく、勝手にどっか行ったと思ったら何やってんだ」

 怒り半分でため息をつく紗雪に、ころんはしゅんとなって、さっきの青年の言葉を思い出した。

『もう少し周囲(まわり)に注意するんだな。呆けていると危険だぞ』

(ほんとに呆けてたら危険だわ。これからは気をつけなくっちゃ)

 それにつけても、さっきの人、かっこよかったなぁ。ころんの頬がぽっと赤くなる。

「で、クラス割見てきたんだけどさ、クラス離れちゃったな。ころんは1組で、オレは23組」

 分野ごとの専門技術や知識を学び、研究、開発などを行う教育機関が高学校だ。

 高学校は基本的にクラス分けはないのだが、クリ学高等部では一年時のみクラス分けされる。午前は中学と同じで教科ごとの授業だが、午後はクラス関係なく、自由に好きな講義を受けられる。

 二年からは進路ごとに学部を選び、自分で時間割を設定して講義を受けることになるが、既定の単位数に達することができれば、いつでも卒業できる。

「そう……ユキと違うクラスなんて不安だわ」

「オレだって不安だよ。ころんが何かヘマしないか気が気じゃない」 

「今度はちゃんと気をつけるもん」

 口を尖らせると、紗雪はくすっと笑い、ぽむぽむと軽くころんの頭を叩いた。

「まあ何かあったらすぐに知らせろよ? 飛んで行ってやるからさ!」

 口端を上げてから歯を見せてにっと笑うのは、紗雪特有の笑い方だ。頭をぽむぽむするのも昔からの癖で、慰めたり励ます時の仕草である。

 ころんは昔からこの笑顔と仕草が好きだ。不思議とこの笑顔を見ると、元気と勇気がわいてくるのだ。

「うん!」

 頷いて、ころんはもう一度、学舎を見上げた。これから新しい生活が始まる。素敵な出会いもあったし、これからの学園生活が楽しみだ。



 紗雪のクラスは別の棟になってしまうため、紗雪と別れて1組へ向かうころん。

 男子にぶつからないように注意しながら進むと、廊下の突き当りが1組だった。

 ドアはボタン式の自動ドアだ。ボタンを押せば、センサーによって自動で開閉する。

 入る前に深呼吸をする。緊張気味にころんが教室に入ると、学生たちは一様にざわめきだした。

 慣れない大勢の人たちの視線に緊張したころんは、そそくさと近くの席に座る。

「あの子かわいくない?」

「すごい美少女!」

「細ーい、キレー」

 という学生たちのささやき声も耳に入っていない。

(みんな見てる……私、どこか変なところあるのかな)

 制服をチェックしてみるころん。その時、前のドアから入ってきた青年を見て、ころんは目を(みは)った。

 その青年は、ついさっき、学舎の角で出会った青年だったのだ。

(うそっ、さっきの人!? 同じ新入生だったの!?)

 先輩かと思っていた。よく見れば制服の襟にラインが入っていない。一年生は無地で、学年が上がるごとにラインが増えるのだ。

「あ、あのっ」

 ころんは思わず席を立って、青年に声をかけていた。

 緊張していたため意外と声が大きく、ころんを見ていた学生だけでなく、雑談に興じていた学生たちも何事かと視線を投げ、クラスの半数以上が二人に注目した。

「さっきはどうもすみませんでした!」

 深々と頭を下げるころん。青年はしばらくころんを見つめていたが、ふいっと視線を逸らし、淡々とした声で「今さら謝る必要はないと思うが」と、冷たく言い放った。

 青年の声音に、びくっとするころんだが、それでもなんとか笑顔を作る。

「でも……言いたかったから。言えてよかったです」

「…………」

「……あ……あの、えっと……お名前……訊いても、いいですか?」

 しどろもどろに問いかけるころん。問いかけに青年は眉をひそめ、ころんを睨みつける。ころんはびくっとして半歩後退りする。

「わざわざ確認しなくても、訊きたければ訊けばいいだろ。そういう言い方をするのは気に食わない」

 青年の返答にクラス中がざわめいた。ひそひそ話が辺りで起こる。

 ころんはしゅんとなって、小さい声で謝る。

「ごめんなさい……じゃあ……名前、教えて下さい……」

 ころんと目を合わせず、青年が答える。

「――(あおい) (ひびき)だ」

「あおい、って……もしかして、ヒューマノイド開発の……」

「それがどうした」

 つっけんどんな答えしか返ってこない。気を悪くさせてしまったのだろうか。ころんは悲しげになんとか笑顔を作った。

「いえ……あ、私は高天ころんです。今度からは言い方、気をつけますね」

「そうしてもらえるとありがたいな」

 そう言うと彼は今しがた入ってきたばかりなのに、踵を返して教室を出て行った。ざわめきが一層高まる中、同世代の男の子ってみんなこうなのかな……と、ころんはぼんやり考えていた。

 その一部始終を、睨むように見ていた少年がいた。

 窓際の一番後ろの席で、相模は窓の桟に背を任せて、にやっと笑った。

「まさかあの女も同じクラスとはね」

「奇遇だねー。でも、同じクラスだったらやりやすいじゃない」

 相模の机上に座って足をプラプラさせながら、佑輔がニコニコと笑う。

「あの子、ころんって言うんだね。カワイイ名前」

「さて、どうやって落としてやるかな。いつものように声と眼でやってもいいんだけど、今回は方向性を変えてみるか」

「どうするの?」

 相模はころんを一瞥し、冷ややかな笑みを浮かべた。

「響を利用する。せっかく同じクラスだし、隣の席とは好都合。まずはあいつを使って攻めるさ」

「ネズミ作戦で行くんだね。駒をけしかけて、油断してるところに攻め込む」

「ああ、直接じゃないから多少時間はかかるが、その分じっくり遊べる」

 くくっと相模は冷たい目で嗤った。



 始業のチャイムが鳴る。チャイムと同時に、クラス担任の江野沢(えのさわ) (はじめ)が教壇に立った。

「おはよう、諸君! おれが一組担任の江野沢 元だ! 中等部から上がってきた奴は顔なじみだよな!」

「ゲーッ、また江野先(えのせん)かよー」

「引っ込め、江野せーん」

 一部の男子学生がブーイングする。ただし、それは嫌悪からではなく、好意からのようである。

 中肉中背の三十代後半と思われる江野沢は、お世辞にも似合っているとは言えないスーツをぴしっと正した。

「おれにまた会えてうれしいのは分かるが、落ち着きなさい。もうすぐ学園長先生からのお言葉がある! しっかり聞いておけよー」

 江野沢は教壇上のリモコンを取り、窓際に寄って、教壇の真上にあるスクリーンのスイッチを入れた。スクリーンがゆっくりと下りてきて、自動的に電源が入る。

 クリ学では、集会や入学式といった行事は、各教室のスクリーンを使った放映形式で行なう。

 リーン……ゴーン……リーン……ゴーン…………

 クリ学の敷地のほぼ中央にある時計塔。その時計塔の上にある鐘が時を告げる。大きな行事が始まる時には、チャイムではなくこの鐘が鳴らされるという。

 ややあってスクリーンの画面に、カラフルでちょっとぎこちない丸文字で『第三十八回入学式』と書かれたボードが映し出された。

 その丸文字の周りには、不思議なショッキングピンクの動物と、黒い動物の絵が描かれていた。

(なんだあれ!?)

 スクリーンを見ている全学生&教師が、瞬時にそう思った。

「「………………………………………………………………」」

 その摩訶不思議なボードが画面に現われてから、二分が過ぎようとした頃、

《学園長! そろそろボード下ろして始めて下さいよっ》

《ええ~、あともう少しだけ~》

《予定時間、一分も延長したんだからいいじゃないですかぁ!》

《あと五分は披露していたかったのに》

 ボードの向こうから聞こえた、渋々といった様子の声に、誰もが脱力した。

 ようやくボードが下ろされ、画面奥の学園長椅子が映る。そこに座っていたのは灰色のスーツになぜかマントとサングラスをつけた男性。

(!!?)

 ころんを含む初見の学生たちは驚愕する。しかしどうやらこの男が、ボードを掲げていた張本人もとい、学園長らしい。

《いいですか、手短に済ませて下さいよ》

《はいはーい》

 おそらく教頭だと思われる壮年の男に念を押され、学園長は少し不満げに頷いたが、カメラが近づいてくると満面の笑みを浮かべ、

《おっはよーう、学生諸君! 僕がここの学園長の(みかど) 啓也(けいや)でーっす。よろぴこ!》

 と、ウインクをしながら目の横でVサインをする。言葉を失う一同。

《……学園長。真面目にやって下さい》

 怒りを押し殺しながら教頭が言う。しかし学園長は「嫌だなぁ、もう大真面目だよ?」とへらっと笑った。ぶちっと教頭の頭の中で何かが切れる。

《学園長!!》

《ヤダなぁ、教頭ってば。なーに怒ってるんだかー。あはははー》

 画面の向こうでは教頭が激しく怒鳴っている。その光景に、ころんは固まっていた。何がなんだか分からない。放心状態だ。

 だが、クラスの中には平然、というか呆れている者もいる。「相変わらずだなー、学園長」「懲りずによくやるなぁ……」と。

 中等部から上がってきた学生は顔見知りのようだ。ということはあの格好は普段通りということなのか。

《教頭、お説教はそのくらいにして。みんなに挨拶できないっしょー》

《本当にする気あるんですか!?》

《もちろんありますとも》

 胸を大きく張る学園長に、教頭はため息をついて、画面から消えた。

 カメラが学園長のアップを映し出し、学園長はにこっと微笑む。

《改めて、みんな。『初めまして』の人も、『久し振り』の人も、今日から新しい環境での生活が始まるね。

 幼等部に入った子は、初めての学校生活に、期待と不安で胸がいっぱいだろうね。

 中等部や高等部に入った子は、内部の子もいるし、外部から受験してきた子もいる。

 いずれにせよ、新しい環境に戸惑っているんじゃないかな。まあ、中にはそうでもない子もいるだろうけどね》

 これから始まることにわくわくしている子供のような、楽しそうな笑みを浮かべる学園長。こんな笑顔を、ころんはどこかで見たことがあるような気がした。

《君たちは、どうしてこの学園を選んでくれたのかな。みんなそれぞれ、理由があるだろうけど、どんな理由でも、僕たちは君たちを喜んで歓迎するよ。

 新しい環境になじむまで、いろんなことがあるだろうけど、挫けないで頑張ってほしい。

 そして、好きになってもらいたいな。この学園を卒業する時、この学園に通っていたことを、この学園が誇りだと思えることを願って。学園長挨拶、終わります》

 最後に一礼し、学園長は席を立った。

 誰からともなく、拍手が送られた。ころんも学園長に拍手を送った。

 一時は驚いた――正直引いた――けれど、やはり学園長なだけあって、キメる時はキメるんだなと思い、机に視線を落とした。

(どんな理由でも、か)

 なんだか、ずっとここにいたい気がする。この学園で、卒業式を迎えたい。どうしてそう思うのかはわからないが、そうしたいところんは思った。

 これからの学園生活を想像していると、学園長がどアップで画面に現われ、びくっとする。

《ところで新入生のみんな! さっきのボードのことなんだけどさぁ、これ、よくできてるっしょ。僕の力作なんだよねー。初めて書いたけど、丸文字って難しいねぇ》

(あんたが書いたのか)

 画面を見ている全員の、心中での総ツッコミが始まる。

《でも、結構気に入ってるんだー。あ、ちなみにこの絵も僕が描いたんだよ》

(それもかい!)

《かわいいっしょ。ウサギとネコなんだけどさー》

(ウサギの耳、長っ。体より長いじゃん!)

(あれ、ネコだったのか!? 体、四角くねぇ!?)

(ていうか耳丸いし! あれじゃネズミでしょっ)

《学園長! いい加減にして下さい!! ほら、挨拶は終わったんですから退場!》

《あ、じゃあさ、もうスーツ脱いでいい? やっぱり堅苦しくてさぁ》

 ためらいもなくネクタイを外し始めた学園長に、教頭を含め他の教諭たちが慌てて学園長を押さえ込む。

《わーっ! 学園長、カメラ回ってるんですからここで脱ぐのは!》

《至急、カメラを止めなさい!》

 教頭がカメラストップを言い渡し、画面に『しばらくお待ち下さい』という映像が流れる。

 数分後。教頭が画面に現われ、《えー、続きまして、来賓祝辞……》と何事もなかったように、入学式が再開された。

 早くも、前言撤回しようかな、と考えるころんであった。




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