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第11廻 ドキドキの碧家訪問

 いよいよ運命の朝がやってきた。昨夜、散々着ていく服に悩んだが、結局、普段よく着ているピンクのワンピースとなった。

(いいもん。これだって充分かわいいんだからっ)

 ため息をつき、ころんは靴を選ぶ。

「お嬢様、今日は午後から雨が降るとの予報でしたので、傘をお持ちになって下さいませ」

「ん、わかった」

「さゆちゃん、お嬢様のことよろしくね」

「言われなくても分かってるって」

「それじゃ、いってきます」

 シェルティナに見送られ、ころんと紗雪は碧家へと出発した。



 晴れ渡る空。少し雲は多いが、太陽は燦々と輝いている。

 辿り着いた碧家を見て、ころんはぽかんと口を開き、紗雪は感心したような風情だ。

「……これが碧君のうち……?」

 少し町から外れた所に、白い壁と柵で囲まれた一郭があった。響に渡された地図によれば、まぎれもなくそこが碧家である。表札にもきちんと『碧』と書かれているし。

 しかし、敷地の広さが想像以上だ。たぶんクリ学高等部のグラウンドがすっぽり入る。

 塀に沿ってずらりと植えられた樹々。庭全体を埋め尽くす青々と茂った芝生。

 花壇やら彫像などもちらりと見え、庭の奥の方にある家屋までは、門から石畳(レンガ)の導入路が敷かれている。

 導入路には一定の間隔で、道に沿ってガーデンライトが設置されていて、きっと夜には足元がライトアップされるのだろう。

「へーえ、なかなか立派なもんだな。碧って、やっぱりあの碧なのか」

「ご両親が学会に出るって言ってたから、ヒューマノイド関係の学会かしらね」

  ――ヒューマノイド。機械仕掛けの自動人形の総称。

 太古から人間は己に似た“何か”を求めた。神が己に似せて人間を創ったように、人間は己に似せて人形を造ったのだ。 

 初めは土や木、次に紙や布や陶器、そして現代では――機械。

 さまざまな時代を経て、人形は機械で造られるようになり、より人間に近くなっていった。

 一昔前までは半自律型がヒューマノイドの中では最高峰で、完全自律型の実現は夢物語だった。

 が、しかし、ある工学者によって完全自律型が実現した。

 それが世界初の完全自律型ヒューマノイド――エトワール。   

「碧がヒューマノイドの新星、エトワールの製作者の息子ねぇ」

 名字を聞いた時からもしやとは思っていたが、本当にそうだったとは。

 碧夫妻と言えばその分野では有名人。幾度なくテレビや雑誌で取り上げられている。そっちに興味のない紗雪でも、名前だけは知っているほどだ。

 そんな有名人の縁者がこんな近くにいようとは。世間は狭いもんだな、と思いつつ紗雪は門の間から中を覗き込んだ。

「で、中入らないのか?」

「は、入るわよ! でも、勇気が出なくて……」

「この程度で何言ってんだか」

 自身の家の敷地もなかなかのものなので、紗雪は別段驚きはしない。それに、ここより大きな敷地の家を知っている。

 まあ、この家もここ周辺では一番大きな家かもしれないが。

「だってこんなに広いし、門だって立派だし。こ、こういうのってやっぱり自動だったりするのかしら」

「さあ」

 小さく肩をすくめてみせる紗雪。ころんは逡巡したのち、呼び鈴に手を伸ばした。

 ♪ピッポーン♪

 ころんは高鳴る胸を押さえ、響が出るのを待った。

 ドキドキドキ。ドキドキドキ……

《はい》

「ぴっ」

 緊張をほぐすために、手のひらに「人」の字を書こうとしていた時に、インターホンから響の声がして、ころんは硬直した。

「ああああのっ! 高天っころんですっ」

《ああ、そのまま入ってくれて構わなかったんだが》

「え!? だって、なんかこういう雰囲気だから、マンガとかでよくあるお金持ちの家みたいに、インターホン使って開けてもらうものなんじゃ……」

《その門は手動だ》

「………あ、そぉですか」

 自分の大ボケな勘違いに、ころんは恥ずかしくなって俯いた。視界の隅で、紗雪が肩を震わせているのが目に入った。

(ユキってば知ってたのね~!? 教えてくれればいいのに!)

 笑うなんてひどい。そういえば、紗雪が一緒だということを伝えなければ。

「あ、碧君。あのね、今日はイトコも一緒なんだけどいいかしら?」

《イトコ?》

「えっと、ほら、いつも私を迎えに来てくれてる子いるでしょ?」

《……ああ。そうか、分かった。構わないぞ。とにかく入って道なりに来てくれ。家に着いたら呼び鈴を押さずに入っていいから》

「うん、わかった」

 まだプルプルと肩を震わせて笑っている紗雪の背中を叩き、ころんは門を開けた。

 門を越えると、すぐ両脇にヒイラギがあり、奥には満開の桜に囲まれるように、すべり台つきの小さなアスレチックとブランコと砂場がある。

 その近くに、噴水とベンチまであり、まるで小さな公園だ。

「すごーい。あ、ユキ、見て。あれ噴水じゃないっ? 庭も広いし、野球でもできそうね」

「確かにこれだけ広ければな。でも、なんか殺風景にも思えるんだけど。広い庭の割には、ほとんど芝生だし」

 塀際には、樹や花壇、彫像などがあるが、庭の中央には導入路がくねくねと曲がりながら、家へと続いているだけだ。

「まあ、少し物足りない気はするけど」

 それでもこの広さには素直に感嘆する。近くまで来るとやはり大きい。二階建てなのに、三階建てと同じくらいの高さがある。

 真白い屋根に真白い壁。玄関のドアも窓の縁も、全てが白い。

 そういえば、ここに来る途中に道を尋ねた人が、碧家のことを『ホワイトハウス』と言っていた。確かにその形容はぴったりである。

 家だけではない。この敷地を囲む物、敷地内にあるエクステリア全てが白なのだ。

 もちろん、噴水やアスレチック、ガーデンライトなども。ここまで白一色だと、いっそ執念を感じる。

(どうしてこんなに白ばかり……そんなに白が好きなのかしら)

 首を捻り、ころんは言われたとおりに家に入った。

「あのー……お邪魔しまーす。碧くーん……?」

 中に入ると、一番手前の左側の部屋から賑やかな声が聞こえる。その部屋から響が出てきた。

「おはよう。よく来てくれたな」

 どきんっ。自宅なのだから当然だが、私服だ。制服姿しか見ていないので緊張する。それに、なんと眼鏡をかけている。

(きやーっ、碧君の私服! それに眼鏡かけてる!?)

 学校ではかけていなかった。なぜに? 気になるが聞いてもいいのだろうか? 聞くに聞けない。

「おっ、おはよう、碧君。遅くなってごめんね」

「この辺りは入り組んでいるからな。仕方がない」

「おはよ、碧。なんで眼鏡かけてんの?」

 あっさりと紗雪がころんの疑問をぶつけた。ユキ、ありがとう!

「ああ、元々そんなに視力はよくなくてな。学校ではコンタクトをしているんだが、家では眼鏡の方が楽……ケホッ、ケホッ」

 小さく咳き込んだ響に、ころんは顔色を変えた。

「! 碧君、風邪?」

「……なんでもない。いいから上がってくれ」

 響はそう言ったが、顔色が冴えないように見える。

(でも、碧君(ほんにん)がそう言ってるんだから、大丈夫……なのよね?)

 響は「そのスリッパ使っていいから」とさっさと先ほどの部屋――リビングに行ってしまう。

 用意されていたスリッパに履き替え、「ま、待って」ところんが響の後を追ってリビングに入ろうとした時だ。

 部屋から「きゃーぃっ」という、奇妙な叫び声と一緒に、大きなクマのぬいぐるみを持った小さな女の子が走り出てきた。

 女の子はぬいぐるみを振り回しながら出てきたので、クマの足がころんの顔をしたたかに打った。

 ばしこーんっ。

「ふみゅっ!」

「ころん!!」

 ころんは痛みのあまり、顔を押さえてうずくまった。紗雪が慌ててすっ飛んでくる。

 女の子はきょとんと指を口にくわえ、ころんを見る。その後ろから、てててっと男の子が走ってきた。

「こら、なにしてるんだよっ。おねえちゃん、だいじょうぶ?」

 男の子はころんのそばにしゃがみこむと、ころんの顔を覗き込んだ。

 鼻の頭がじんじんする。しかし、男の子の不安そうな顔に、ころんは痛みをこらえて笑った。

「あ……うん、大丈夫。もう全然平気! ほら!」

 笑顔を見て、男の子は立ち上がると、にぱっと笑った。無邪気な笑顔に、ころんはかわいいなぁと心和ませる。

「二人とも、こっちに来なさい。お客様が入れないだろう?」

「はーい」

 響に呼ばれて、男の子はいまだきょとんと指をくわえている女の子の手を引っ張っていった。

「すまなかったな、高天。本当に大丈夫か?」

「うん」

「そうか。そこのイスにかけていてくれ。飲み物を用意してくる」

 頷いて、ころんと紗雪はダイニングのイスに座った。カウンターの向こうで、響が冷蔵庫から飲み物を出している。

 部屋の中では、小さな子供たちがちょろちょろと走り回っていた。その中にはさっきの男の子と女の子もいる。

 家具は金属製のものばかりで、木製の物は一つも見当たらない。

 棚付き強化ガラステーブルに、イスもよく分からないが、とにかく金属系。カウンターや棚も硬質塗装の物だと思う。

 ほとんどの家具が、白や銀の色調。これだけ白っぽい装飾に囲まれていれば、朝日が家の中に入り込んでくると、まぶしく感じる。

 随分と広いリビングダイニング。川の字に寝転がっても、まだまだ余裕があるだろう。ただし、部屋の中央にある何かの装置がなければ、だが。

 なんだろう、あれは。円柱形の黒い装置。

 高さはころんの膝くらいまでで、幅は横に並んで二人くらい立てそうだ。

(テレビで見た、ホログラフィーマネキンが立つステージみたい……)

 そう思いながら眺めていると、ポロロン、と電子音が鳴り、装置の電源が入ったらしく、ブゥゥゥン、と何かが映し出された。

 揺れていた画像がはっきりしていく。それは人の形になった。

 ころんと紗雪が目を瞠る。現れたのは、大きなリボンとフリルのついた可愛らしい服を着た女の子。頭のリボンとツインテールがふわふわと揺れる。

「えっ、何々!?」

 ころんが声を上げると、少女はにこーっと笑った。

《こんにちはーっ、いらっしゃい! チェリーだよー!》

 アイドルのステージ挨拶よろしく、少女は両手を振って笑顔を振りまく。ころんと紗雪はぽかんとしていたが、少女はお構いなしに続ける。

《お仕事以外でのお客様なんて久し振り~。響ちゃんのお友達でしょ? 会えてうれしいっ》

「チェリー、出てくるなと言っただろう」

 響が振り返って眉を顰める。チェリーと名乗った少女はぷーっと頬を膨らませた。

《だーって、響ちゃんがお友達連れてくるなんて珍しいんだもん。それも女の子だよ! 初めてじゃない?》

「うるさい」

 気恥ずかしそうに、響は飲み物の乗ったトレーを運んでくる。

「リムルティーでよかったか?」

「あっ、うん、ありがとう!」

 響がころんと紗雪の前に、リムルティーの入ったコップを置く。

 リムルティーはリムルという木の実を挽いて、粉末状にしたものをお湯で煎じた飲み物だ。透き通った薄緑色で、客に出すお茶としては定番である。

「あ、あの、碧君……あの子は何? 映像、よね? なんでしゃべってるの!?」

 ころんの疑問はもっともだ。紗雪も不思議そうな顔でチェリーを見ている。

「ああ、映像と言えば映像だな。正確にはヒューマノイドプログラムだ」

「ヒューマノイドプログラム?」

「チェリーに実体はない。あれは父さんが作ったプログラムで、あのホログラムやネット機器を通して姿を見たり会話ができる」

 ころんは唖然とした。プログラムと言うことはあれは人間ではなく、バーチャル映像なのだ。

 多少の映像のちらつきはあるが、それを除けば遠くで話している人間の映像が映し出されているだけのように思える。

(す、すごいっ。あんなふうに人間みたいにしゃべるヒューマノイドもいるんだ。街中やテレビでたまに見かけたけど、こんなに表情豊かじゃないわよね)

「プログラムって言ってたけどさ、結構、流暢にしゃべるんだな」

「数年おきにプログラミングを調節しているからな。学習機能もあるから、人間の言葉を聞いて覚えているんだ」

「ふーん、オウムや九官鳥みたいなもんか」

「……まあ、そうだな」

 最新科学の賜物は、動物並みだとあっさり納得された。

《なーになーに? 面白い話? チェリーも混ぜて!》

「あ、碧君。私もあの子とお話しできる?」

「ああ、構わない」

 ヒューマノイドと話すことなんてそうそうない。それもヒューマノイドプログラムで、あの碧夫妻の作品ともなれば、またとないチャンスだ。 

 機械へと近づいていくころん。近くで見ても、自分より幾分か幼い女の子にしか見えない。

 髪や目の色はカラフルで、そこだけが人間とは違うけれど。

「あの……こんにちは」

 ちょっとドキドキする。ころんが話しかけると、チェリーはひざを折って目線を合わせてくれた。

《初めまして! チェリーだよ。あなたの名前は?》

「あ、こ、ころんって言います」

《ころん……ころんちゃんね! 覚えたわ! 響ちゃんがこーんなにかわいい女の子連れてくるなんてびっくり》

「あ、ありがとうございます」

《もーっ、そんなにかしこまらなくていいんだよ? あっちの赤毛の子はなんて言うの?》

 本当に流暢な話し方だ。ただ言葉を返すだけでなく、こっちの状況もきちんと把握したうえで話している。

「あの子は私のイトコで紗雪って言うんです」

《さゆき……紗雪ちゃんかぁ。赤い髪に赤い眼で綺麗ね! その特徴は……もしかして白凰(ハクオウ)なのかな?》

「白凰も知ってるんだ。意外と知識あるんだな」

 紗雪が言うと、チェリーはエッヘンと胸を反らした。

《ネット上にあることはだいたい知ってるよ! 検索すればすぐだもん》

「はぁ、すごいな」

 素直に感心する。受け答えも人間とそう変わらない。

 紗雪は父の職場でヒューマノイドと話したことがあるので、チェリーのプログラミングがどれほど高度なのかよく分かる。

 他のヒューマノイドはこんなに表情豊かではないし、声の抑揚が少ない。

 あらかじめプログラムされた言葉や、会話パターンにのっとっての受け答えだから、返しにくい言葉だと、分かりません、としか返さない。

 こうしてその技術の結晶を目の当たりにすると、響の両親がどれだけすごい科学者なのか実感できる。

 これだけでも、この家に来た甲斐があったというものだ。このまま何事もなく終わるといいが。




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