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第1廻 動き始めた輪廻

 まったく知らない風景。けれど、どこか懐かしいような場所。

 色とりどりの花が咲き乱れる花畑の中で、少女とも女性とも言える若い女が一人、花を摘んでいる。

 背中に流れる腰よりも長い桜色の髪。そして純白の翼。

 女は花に手を伸ばし、そっと匂いを嗅ぐ。すると、どこからか誰かに呼ばれたらしく、女が振り返る。

 音は何も聞こえなくて、まるでサイレント映画のようにただ映像だけが流れる。

 逆光で顔は見えないけれど、とてもうれしそうで、女は声の主のもとへと駆け寄っていく。

 黒いマントをなびかせる、金髪の青年のもとへ。

 突如場面が切り替わり、顔の見えない金髪の青年が、誰かに何かを叫んでいる。

 声は聞こえないけれど、悲痛な叫びなのが分かる。

 とても切ない――夢。






   *   *   *






 眠っていた少女は、ふ……目を開け、夢うつつで天井を見つめた。陽光がカーテンの隙間から入り込んでいる。朝だ。

(また同じ夢……)

 ここ最近、同じ夢を見て目が覚める。

 時計を見ると、目覚ましをセットした時間まで十分はある。

 この夢を見るようになったおかげで、時間より早くに目が覚めるようになった。

 まとめていた長い亜麻色の髪をほどき、丁寧にブラシでとかすと、パジャマから制服に着替えた。

 部屋を出ようとして忘れ物に気づき、机に歩み寄る。

「おはよう、ママ」

 机上のデジタルフォトフレームには、少女とよく似た女性が写っていた。

 金色の髪と翠の瞳、白い肌、華奢な体、白いレースの服。

 白くて大きな縁つきの帽子を、風に飛ばされぬように押さえながら、こちらに向かって微笑んでいる。

 朝の挨拶をすると部屋を出た。洗面所で顔を洗ってからダイニングに入ると、朝食のいい匂いがする。

「シェルティナ、おはよう」

「あっ、おはようございます、お嬢様!」

 青いメイド服姿の少女が、フライパン片手ににこやかな顔で出迎えてくれた。その背中には小さな水色の翼がついている。

 群青色の眼に、同色の長い髪は右側のサイドテール、その内の半分が三つ編みリングという一風変わった髪型だ。

「今日もお一人で起きられたのですね。良いことです」

「んー、またあの夢見ちゃって」

「例の不思議な夢ですか?」

「うん」

 食卓にはすでにいくつか料理が並んでいる。席に着くと、最後の料理が運ばれてきた。

「おいしそう。いただきます! あ、パパは?」

「旦那様は本日もお帰りにはなれないそうです。お仕事の方が手詰まりのようで」

「そう……」

 もう三日も帰ってきていない。昔からなので心配はしていないが、少し寂しい。

「お嬢様も今日から高校生ですかー。ふふっ、時間が経つのは早いですねぇ」

「なーに? 急にしみじみと」

 苦笑すると、シェルティナが向かいの席に座って頬杖をついた。

「お嬢様の制服姿を見たら、改めてそう思ったんです。だって、あれから八年ってことですよ? 奥様が亡くなられてから」

 食事の手が止まる。シェルティナは少女――高天(たかま)ころんの母親に創られた神使(スタンリー)だ。

 ころんの母は、天界の長・天帝の娘で、斂子(フィリン)という特殊な女神だったが、八年前に病で他界している。

 己の死期を悟っていた彼女は、残される家族のためにシェルティナを創ったのだ。

「……そうね。もう八年なのね。まだそんなに経ってないと思ってたけど、結構経つのね。

 時間をあまり感じないのは、シェルティナのおかげかしら」

 微笑んで食事を再開する。シェルティナがいてくれたおかげで、父も自分も早くに立ち直れた。

 傷心の自分たちの代わりに、彼女が家事をこなしてくれた。母からの最期の贈り物。

「ところで、今度の学校は男女共学なんですよね?

 お嬢様のお体のこともありますし、大丈夫でしょうか……今まで同様、共学でなくてもよかったのでは?」

 クロワッサンをつまみながらシェルティナが言う。

 今日からころんが通う、王立藍泉桜咲(あいずみおうさか)クリエイト学園――通称・クリ学の高等部には、共学部と男子部と女子部がある。

 ころんは中学校に入るまでは家で家庭教師がつけられていて、中学校は女子校だった。男子との共学なんて幼学校以来なのだ。

「大丈夫よ。ちゃんと気をつけるし、今更変えられないもの。パパもなんとか許してくれたしね」

 父親にはかなり反対されたが、最後はころんの粘り勝ちだった。今でもたぶん、本心では認めていないのだろうけれど。

 今回、ころんが女子部ではなく共学部を選んだのは、共学に憧れていたこともあるが、もう一つ理由がある。

(どうしても共学部がよかったんだもの。だって、あそこには……)

 ピンポーン

「あら、誰か来ましたね。きっと、さゆちゃんですよ」

「えっ、あっ!」

 玄関のチャイムが鳴り、シェルティナが足早に出て行く。

 ころんははっと壁の時計を見て、まずいと顔色を変えた。急いで朝食をかき込む。 

「お嬢様、さゆちゃんがいらっしゃいました」

「!」

「こーろん。まだ朝飯食べ終わってないのか?」 

 シェルティナと一緒にダイニングに入ってきたのは、深紅の髪に緋色の眼の少年――いや、男子の制服を着ているが、女である。

 彼女は真壁紗雪(まかべさゆき)。ころんのいとこで、幼い頃から何かと面倒を見てくれている。

 家のしきたりで男として育てられたため、その癖が抜けず男装しているのだ。

 武道の心得もあり、ころんのボディーガードとして常にそばにいる。

 紗雪は鞄を肩に乗せ、呆れ気味な表情で立っている。

「……も、もうひょっと……」

 もごもごと最後のおかずを口に放り込む。牛乳も飲み干し、ふう、とため息をつく。

「おはよう、ユキ。お待たせ」

「んじゃ、行きますか」

「お二人とも、行ってらっしゃいませ」

 シェルティナに見送られ、二人は家を出た。

 紗雪は家の前に停めておいたエアバイクのロックを外し、エンジンをかける。

 エアバイクは子供から大人まで、幅広い年齢層の人が日常的に使っている、反重力システム搭載の小型の乗り物だ。

 子供用は一人乗りだが、大人用は座席が二つついているので、二人まで乗車可能。

 ころんが後部座席に座ると、ふわりと反重力で地面から三十センチほど浮き上がる。

「しっかり捕まってろよ」

「うん」

 紗雪の腰に腕を回すと、エアバイクは滑るように発進した。

 


 桜綻びる四月。風が吹くたびにちらほらと桜の花びらが落ちてくる。

 クリ学高等部の正門をくぐる学生たちを、グラウンド脇の桜の樹の下で眺めている少年が一人。

 セピア色の髪と黄灰色の眼が特徴的で、彼のまとう雰囲気もどこか浮世離れしていた。

 その少年は、舞い落ちる桜の花びらを手のひらで受け、しばらく見つめると、くしゃりと握り潰した。

「そんなコトしたら(はな)がかわいそうだよ?」

 樹の陰からぴょこっと顔を出した学生が、口元に淡い笑みをたたえて言った。

 樹に寄りかかっていた少年――柳原相模(やなはらさがみ)は、横目で視線をそちらに移し、目を閉じて冷ややかに答えた。

「花なんて、どうせすぐに枯れるんだ。だったら……いつ潰したって構わないだろ」

 相模の隣に寄り添うように立った学生は、幼く愛らしい顔立ちで、ほんの少し長い髪を一つに縛り、小さなリボンで留めている。

 くすりと笑い、相模の鼻ほどまでしか背のない学生は、風に舞う花びらを両手で受け止め、ふうっと吹いて飛ばした。

「すぐに枯れちゃかうからこそ、大切にしてあげなくちゃ。いつどこでなくなっちゃうかわからないんだから。

 ……突然手元からなくなって、その時に後悔したって遅いんだよ?」

「…………」

「……なーんてね」

 満面の笑みで、無言でいる相模に笑いかける。

「クラス割見てきたよ。二人とも一組。同じクラスだよ、やったね!」

「誰かよさそうな奴いたか? 使えそうな奴は」

「んー、ボクが見てた限りはいなかったなぁ。あ、でもね、(ひびき)クンも一緒のクラスだったよ」

 ピクリと相模が反応する。伏せていた目を開き、わずかに顔をしかめた。

「またあいつと一緒か。よくよく縁があるな」

「いいじゃない、お友達なんだし。そろそろ教室行く?」

「ああ」

 相模がトン、と足で幹を蹴り、体勢を戻した時だった。強い風が吹いて、咲き始めたばかりの桜が大量に飛んでいく。

 その桜吹雪の向こう、道を歩く少女に相模は目を奪われた。

 腰まで流れる亜麻色の髪。端正な顔立ち。細くしなやかな肢体は色白く、不思議と神秘的な雰囲気を感じる。

 赤髪の少女と並んで歩く彼女の笑顔。なぜか既視感と懐かしさのようなものが込み上げてきた。

「びっくりした~。すごい風だったね」

「!」

 その声で我に返った。どうやらトリップしていたようだ。

「? どうかしたの?」

「いや……なんでもない。行くぞ」

 相模は髪を掻き上げ、学舎へ向かった。



 クラス割が表示されている電光掲示板の前は混雑していた。離れたところでころんに待っているよう言い置いて、紗雪は人込みをかき分けていった。

 ひしめく男子学生たちの後ろ姿を見ながら、ころんは小さくため息をついた。

「あんなに人がいるんじゃ、近づけないわ。男の子に触ったらアレが出ちゃうもの」

 ころんは母が女神だったゆえに、その体質も受け継いだ。異性に触れると翼が出てしまうのだ。

 人間と神のハーフ。とは言っても、翼が出る以外に特殊な能力などは持っていないし、この学園は人外の入学も許可されているので、隠すことでもないのだが。

 だが入学早々、あんな大勢の前で翼が出たら騒ぎになるだろう。それは嫌なのでおとなしく紗雪を待つことにする。

「さすがクリ学ね……すごい人数だわ。高等部まで全部揃ってるだけあって、敷地がすごーく広いのよね。迷いそう……」

 クリ学には初等部、幼等部、小等部、中等部、高等部すべてが揃っている。

 それぞれ初等部地区、幼等部地区というように区分され、最寄駅からそれぞれの地区までの送迎バスや学園敷地内のみを繋ぐ専用モノレールがある。 

 その上、幼等部から高等部まではそれぞれ、共学部・女子部・男子部に分かれるため、学園の敷地はかなり広大である。

 大きく真っ白な学舎。共学部と女子部と男子部は渡り廊下で繋がっていて、昇降口もひとまとめだ。

 それゆえに正門から昇降口までは、共学部・女子部・男子部の学生が入り乱れる。

 クリ学は一貫して制服があり、高等部の制服は、女子が茶色と白のブレザーに赤チェックのスカート、男子は同じデザインで、黒と白のブレザーにアイボリーのズボンだ。

 女子部と男子部の制服は、これとは多少デザインが異なるので、見ているとおもしろい。

 敷地が広大なので、随所に案内板が設置され、ガイドヒューマノイドが巡回しているのだが、それでも迷子が続出している。

(せっかくクリ学に入学できたんだし、あの人にあいさつしたいな……医務室ってどこにあるんだっけ? 確かパンフレットに載ってたわよね)

 鞄の中を探り、パンフレットの入った封筒を取り出す。封筒の中からパンフレットを出そうとして、他の書類を落としてしまった。

「あっ。やーん、もう」

 書類を拾おうとかがみかけたところに、横から二人組の男子学生が歩いてきた。

 片割れの学生が前方のころんに気づいて「危ないっ」と言ったが一足遅かった。

 どんっ。

「きゃあっ」

「うわっ」

 ころんは男子学生と衝突。ころんはよろめいて、地面に手をついた。

「ごめん、よそ見してたか……、!」

 ぶつかったのは相模だった。相模は相手がころんだと分かると言葉を失った。

「いたた……。だ、大丈夫です、私の方こそごめんなさい」

 立ち上がり、ぱたぱた手を振るころん。その手からわずかに血が滲んでいるのに気づき、相模はその傷を隠すように、ころんの手を引っ張った。

「! ケガしてる。ユウは見るな」

「え?」

「ひあっ!?」

 小柄な男子学生は目をぱちくりさせ、ころんは急に男に手を握られてドキッとした。その時、相模ところんの目が合った。

 どくん……! と二人の中で、何かが強く高鳴る。

 初めて会うのに、初めて触れたはずなのに、遠い昔にも同じようなことがあったような。

 見つめ合っていたのはほんの一瞬だった。異性と触れたことで、ころんの背中がざわつく。ころんは我に返ると、相模の手を振り払った。

「へ、平気です、構わないで下さい! 失礼しますっ!」

 地面に落ちた書類と鞄を抱え込み、ころんは学舎の方へと走っていった。

 相模は走り去るころんの後ろ姿を呆然と見つめた。二度も既視感を覚えるなんて、どういうことだ?

「もー、さーちゃん。何、ぼーっとしてるの? いつもならあーいう時は、すぐ口説きモードに入るのに」

 傍らにいた男子学生――七海佑輔(ななみゆうすけ)が、ぷうっと頬を膨らませた。外見はまるで女の子のようだが、正真正銘の男の子だ。

「ああ……悪い」

「別に悪くはないんだけどさ。さっきといい、今といい、今日はなんかさーちゃんらしくないね」

「……そうか?」

 確かに、自分でも少しおかしいとは感じる。あの女に出会ってからだ。

「さーちゃん、もしかしてさ……さっきの子に一目惚れしちゃった?」

「はぁあ!?」

 思いがけない言葉に素っ頓狂な声を上げる。一目惚れ? なぜそうなる。

「だって、じーっとあの子のこと見つめてたし」

「あるわけないだろ、そんなこと。それにユウだって知ってるはずだ。俺はもう、恋なんてしないって」

 古傷がうずく。心の古傷が。耐えるように強く握りしめた手を、佑輔がそっと包み込んできた。

「うん、そうだったね。ごめんね、さーちゃん」

 ほんの少し悲しそうな笑みを浮かべる佑輔。相模はころんが消えた方向を見据えて言った。

「決めたぞ、ユウ。次の獲物はあの女だ」

「さっきの子? りょーかい。情報調べとくね」

「必ずこの手で陥としてやる。女は全て、俺の手駒だ」

 相模は冷たい笑みを浮かべ、昇降口へ歩き出した。佑輔が「それでこそさーちゃんだねっ」と無邪気に笑った。




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