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第二十八話・「…僕は」

「…補完は、それでもしなくちゃいけないのか?」

「可能性を見せて」

「他に方法はないのか?」

「私が生きていくためには。それは、この星に生ける全てのものの生を意味するわ」

「誰も悲しませない方法は?」

「ない。たとえどちらの総に転んだとしても、失われるものは多いわ」

「僕は――」

 そして、それだけは譲れなかった。

「それでも、双方が生きることのできる道を考えたい」

 何かを犠牲にすることで何かを得る。その考えが許せなかった。強欲でもいい。僕は覆してやりたかった。補完は選択肢の一つに過ぎないのだと。雅を救える道はほかにもあるのだと、証明してみせたい。

「総、それはできない。もう限界なのよ。誰かが、この星を救う起点とならなければ。起点となる力、その力は補完でしか得られない」

「分かってる。分かってるんだ」

 雅の言うことは正論だ。合理的だ。

「それでも僕は、この戦いの中で、その可能性を、どんな小さな希望でもいい、見つけたいんだ」

 遠くから浜辺を歩いてくるもう一人の総。

「余計な雑念はイメージを曇らせる。補完されるわ」

「希望は雑念じゃない」

「……」

 雅の沈黙が思案しているように感じた。雅の周囲に、人をはねつけるような風が巻き起こったような気がした。そんな気がしたから、僕は雅に自分の思いをぶつける。

「人の罪は、人が贖罪すべきなんだ。これ以上君に、この星に、甘えるわけにはいけない。自立しなくてはいけない。人は…僕は…」

「さて、補完される心構えはできたか?」

 観察する目が、炯々としている。

「…どうやら、心構えができたといっても、補完されることに対してではなさそうだな」

 総のイメージによってビルが乱立していく。海から砂浜から、ビルが生えていく。空を覆いつくし、地面は無機質なアスファルトへと変化する。

「手を出すなよ、雅。いや…星の使者」

「…わかっているわ」

「どうだかな」

「彼女は手をださない。本当だ」

 目配せると、雅はゆっくりと頷いた。

「本当かどうかは、これから分かることさ」

「総! 後ろ!」

 雅の声がなかったなら、僕はきっと二度と夢から目覚めることはなかっただろう。目の前にいる総ではない、もう一人の総が、僕を背後から強襲してきた。雅の声をとっさに判断し、僕は前方へ跳躍した。そして体をひねり、背後から襲った総を振り返り、身構えようとする。

「手は出さないとは言ったが、口は出すんだな」

 だが、地面に着地することができなかった。振り返ろうとしたのが、選択ミスだった。僕が背後を向いた瞬間に、先刻向かい合って宣戦布告してきた総に羽交い絞めにされてしまう。

「俺、諸共消えてなくなれ」

 背後から強襲してきた総が、巨大な砲身を向けてくる。

「はじめから分身…!」

 引き金を引く指の動きが鮮明に目に焼き付けられる。そのままやすやすと引き金を引かせるわけにはいかない。一気にイメージを脳内で練り上げる。すでにアスファルトと化した砂浜から、再び砂浜を出現させる。

 正確には、砂の柱。

 引き金を引くのと、イメージ作成の、瞬間的なせめぎあい。砂が急激に膨れ上がったかと思うと、爆発。その隙に曲げたひじを、羽交い絞めにする分身に向けて放った。こめかみにヒットしたのか、よろめいてその手を離す。その隙に、着地。砂が空中に舞う。雨のように降り注いでくる。背後で背を打ち付ける分身。砲身を下ろす本体。睨み付けた先で不適に笑む総に向けて、僕は走り出す。砂の雨を受けることはない。イメージを得た音速のスピードで砂に触れる前に潜り抜ける。

 手には、大口径のマグナム。素早く狙いをつける。

「チッ、早くなったな!」

 忌々しそうな舌打ちにもかかわらず、同様のものを練り上げる総。それは戦闘における自信の表れか。

 銃声は同時だった。

 一発目の弾丸は二人の頬をかすめる。続いて放たれた二発目。総は、身をかがめてやり過ごす。僕は足の裏へ力を集中させ、大きく舞い上がった。僕の姿が総の視界から消える。総が頭上を見上げ、迷わず銃口を向けてきた。そのときにはすでに、もう一丁のマグナムが左手にも用意されている。マグナムを握り締めた両手を天に掲げ、空中を舞う獲物を視界に捕らえる。

 引き金は、引かせない。

 当たり前の行動に対して、人は当たり前の行動で応えようとする。それは常識に縛られた証拠。空中に舞い上がる敵は、逃げ場を失う。身動きの取れない空中では、狙いを定めやすい。それはなぜか。

 重力があるから。

 重力があるから、落ちていく物体に対して狙いを定めやすくなる。結果、それを期待してしまう。だから、無防備にも、立ち止まり、正確な射撃をしようとする。

「だが、これは夢なんだ!」

 ビルの三十階に相当する高さまで飛ぶ。ビルの側面。窓ガラスに両足をぴったりとはりつけ、そこから、上空を今まさに見上げんとする総に向かって、イメージを加速させた。

「目には目を、歯には――」

 巨大な砲身。まがまがしい鋼の巨躯。構造も理解できない迫撃砲を二門。映画でしか見たことのないそれを、あえて創造。現実ではできないことも、夢の中なら、創造可能。構造なんて無視。設計図なんて無視。機構も無視。それでも、砲弾は出る。それが、自覚夢。自分の思い描いたものがそのまま反映される世界だ。

「歯を!」

 二門の迫撃砲が交互に火を噴いた。轟音とともに高速ではき出された砲弾は、唸りを上げて総に接近する。総は二丁のマグナムを地面へ捨てて走り出す。

 着弾。

 総の背後数メートルの位置に大きな穴がうがたれる。アスファルトを跳ね上げ、噴煙を撒き散らす。

 続けて、着弾。

 またも総の背後。どうやら、総のスピードのほうが上回っているようだ。爆風をものともしないのは、そのスピードゆえだろう。

 着弾。

 次弾装填の必要のない迫撃砲が、連続砲撃を可能にする。二門の迫撃砲が、信じられない速度で、交互にオレンジ色の死の弾を吐き出している。たとえるなら超大型のマシンガン。人一人を簡単に吹き飛ばせる威力が、総の背後で立て続けに披露される。

 着弾。

 爆発。

 砲撃。

 着弾。

 爆発。

 砲撃。

 総の通った軌跡には確実に砲弾の破壊痕。砲弾は、総に沿って街頭の木をなぎ倒し、信号を破壊する。車を爆発させ、外壁を突き破り、ディスプレイを粉々にする。

 総は逃げの一手だ。

 途中、雅のすぐそばを通り抜けたときに、砲撃をいったん中断しようかと迷ったが、雅の強い眼光によってその懸念は払拭された。そして、雅に直撃かと思われた砲弾は、簡単にその進行方向を捻じ曲げられた。まるで雅の周囲に不可視の障壁でも存在するかのように、雅の手前一メートル付近で方向転換したのだ。当の雅は表情一つ変えずに、総を追撃する砲弾の行方を視界に捕らえ続ける。総は、なおも迫撃砲の魔の手から身を捌き続けるが、次第にインパクトの距離が、総の体に近づいてきている。

 ――いける。

 迫撃砲の掃射をそのままに、ビルの外壁を駆け下りた。空中を落下していくように、垂直に駆け下りる。

 だが、直後。

 背後が爆発し、背中が業火で焼かれた。直前まで、総の逃げ惑うさまを傍観していた場所。絶対的な優勢に立っていると安心していた場所が、今はない。窓ガラスが、僕の体とともに、地面へと落下する。背中がひどく熱い。白いシャツが燃え上がっているようだった。実際に燃えていたわけではない。だとすれば、火傷だろうか。背中全体が今にも発火しそうだ。ひりひりなどという生易しい痛みではない。皮膚を強引にはがしにかかっているような、気絶しそうな痛み。

 意識が、もって行かれそうだった。

 歯を食いしばる。ここでの痛みは、幻想なのだ。傷を負ってしまうのは、まだ現実をなぞっている証だ。急いで強烈な痛みを消しにかかる。脳をフル回転させる。夢を夢であると認識させる。地面が迫る。ビルのガラスには落下する僕の姿が映し出されている。痛みはもう消えた。風を切る音が、落下速度を物語る。現実なら、絶対に助かるまい。

 僕は、体勢を変える。背中を焼いた場所の窓から、総が顔を出して楽しそうに笑っていた。追撃するように、バズーカを窓から続けざまに二発撃ってくる。重力加速度を得たミサイルが、まっすぐ向かってくる。想像もつかない速度での落下。迫り来る地面。追いかけてくるミサイル。対処しなくてはならないのは三つ。

 速度か、地面か、ミサイルか。

 イメージできるか。いや、するしかない。アスファルトの黒が広がる。ミサイルが牙をむく。金切り声。風の、ミサイルの、それらすべての音は、死へとつながる音。逃げ道は。危険に一つ一つ対処できない。すべてを帳消しにするイメージは…。

「これだ!」

 右腕を隣のビルに伸ばす。なるべく高い位置に向けて。ビルに向かい合う体勢に体を入れ替え、袖口に矢じりをイメージ。

「いけえええええぇっ!」

 袖口から射出音。手首に巻いたベルト。ベルトに装着した矢、ベルトに巻きつけられたワイヤー。映画で見たあの装備。颯爽とピンチを切り抜けるあの道具。イメージするのはそれだ。

 声が機構の発現となり、矢はあっという間に隣のビルの壁面に取り付く。しっかりとその身を固定。やがて、ワイヤーが限界に達し、体がその衝撃を受ける。矢を支点として弧を描く運動に入る。ひじが伸びきり、痛みが走る。腕の中で何かが切れる音がした。靭帯を痛めたか。それとも骨か。しかし、僕はそれをイメージで押さえ込むと、運動の行方を予測した。

 大きな振り子と化した僕は、地面すれすれをかすめて、道路を横断する。

 これで、ミサイルと、地面への衝突は回避できた。後は体勢を立て直すだけ――と、安心したのもつかの間、ミサイルは地面に激突するはずが、生き物のように方向を転換した。おそらく、総のイメージによるものだろう。急ぎ矢じりを切り離し、隣のビルの側面に着地する。僕の体重と速度が加わって、ビルの壁面にひびが入った。僕は背後から追ってくるミサイルの双刃を感じて、視界には捕らえずにビルを駆け上った。

 空に向かって駆け上がる。それは空へ落ちていく感覚と見紛う。ビルの終端を目に映す。目指すは最上階。やはりビルへは衝突せず、方向転換するミサイル。加え、イメージも加わってか、加速燃料の増加により、より推進力を肥大させ、急接近するミサイル。尻に火がつくとは、まさにこのことか。足が悲鳴を上げている。早く、もっと早く。走れ、もっと走れ。死に追いつかれないように――

 僕が足を一歩踏み出すたびに、ガラスにひびが入るようになる。早く、もっと早く走れるはずだ。速度はもはや、風。ビルの側面をなめるつむじ風だ。空が近く感じた。空に落ちていくのか、空が落ちてくるのか。

 僕は最上階の縁をけった。コンクリートが破砕する音を置き去りにして、高空へ。ズームアウトしていくビルの最上階をはるか上から見渡す。ビルの側面すれすれを通過するミサイルが見える。コンクリートの破砕音から一秒も経過しないうちに、間髪いれず最上階を離れる二発。

 ――来る。

 眼下には、発展した大都市。ビルの群れ。両手に握り締めるは、刀。時代錯誤もはなはだしい。上昇力と、重力がプラスマイナスゼロになり、すぐさま体が上昇から落下へ。

 激突する。

 刀を上段に構え、一回転するつもりで振り下ろす。そのきらめきには確かな手ごたえがあった。敵を認識できなくなった二発のミサイルは、大気圏外へ脱出するロケットのようだ。やがて、花火のように爆発が起こり、ミサイルの破片がぱらぱらと飛散した。ビルの屋上に空気のクッションをイメージして着地。刀を地面に突き刺して、追っ手を索敵する。

 迫撃砲で迫った直後の足元からの爆発。どうやら、開戦直後に羽交い絞めしてきた総の分身だったようだ。迫撃砲をぎりぎりでかわす様子を見させて、倒れていた分身から意識をそらす。わざとピンチに陥ったように見させることで、それはいとも簡単に達成された。

「油断できるほど――」

 そう、それは明らかに油断だった。

「強くはないだろ? キッチュ」

 隣のビルの屋上からその声は聞こえてきた。

「それとも、あえてそうしているのか?」

 隣のビルの屋上から見下ろす総を、僕はにらみつけた。自分自身の怠慢がその眼光を作らせる。敵に向けてではない、ふがいない自分に向けて。

「だとしたら」

 声は、今見上げているビルの屋上からではなく、隣り合うもうひとつのビルの屋上からだった。

「傲慢だな」

 索敵を厳に。気配を探る。

「不遜だ」

 今度は別方向からの声。僕の立つビル。屋上へと続くドアを開けて一人が出てくる。

「いや、無謀だ」

 別のビルの屋上。耳元で話されているように声が届いてくる。

「無知だろ」

 周囲に聳え立つビルそれぞれに、まったく同じ分身が現れる。

「無自覚すぎる」

 見上げ、あるいは見下ろし、各々好き勝手な言葉を投げかける。

「彼我の戦力差を知れよ」

 周囲をぐるりと囲まれる。索敵なんて言葉は意味を持たなかった。もはやそれすらする必要はない。ビルというビルの屋上に敵がいた。不適な嘲笑をたたえ、四面を封じられた僕を見下している。

「窮鼠猫を噛む、って故事があるだろ?」

「……」

「あれは、噛んだところで、結局、殺されることには変わりがないっていう意味だ。つまり、反撃をするだけ無駄だってことだ」

 楽しそうに自らの極論を展開する。

「総…僕は」

 僕の声が聞こえていないのか、なおも続ける。

「ただ、結局殺されるからといってあきらめるのは良くないな。抵抗して、力の差を痛感して、絶対的な死を自覚してから死ぬのが、殺される側としての相応の覚悟だと、俺は考える」

「僕は…」

「残酷だが、それがなければ人は殺せない。たとえお前がまがい物であろうとも、だ。もちろん、現実世界の俺は人を殺したことなんかない。だが、ここで行われているのは間違いなく殺し合いだ。覚悟は決めてる。俺はお前の死を背負って生きていく。だからこそ、お前の凄惨な死をこの目に焼き付けなければならない」

「…僕は…」

「それが、母を救うために支払わなければいけない代償だ」

「……」

「感謝するよ。これで母を、家族を救える」

「総!」

 僕は声を荒げた。その声の調子に、ビルというビルで腹を抱えて笑っていた分身達が、いっせいに僕を視界の真ん中に捕らえた。

「僕が死ぬことで、総が力を得て、それで総の家族が救えるなら、僕はそれでいいと思った」

 屋上を冷たい風が駆け抜けていく。

「僕の死に涙を流してくれる人なんていない。僕を生に執着させるものもない。死ぬことは、自分の存在がすべての人の記憶から消去されてしまうことは、それほど怖いことだとも思えなかった」

 いつの間にか、雅が僕のすぐそばに立っていた。


興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。これからも頑張りますので、よろしくお願いします。評価、感想、栄養になります。

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