第二十話・「それでも」
ドアのノブを回すと、一回転もしないうちに回転は止まった。
「出れるわけ、ないか」
屋上へのドアは、相変わらず施錠されていた。ドアを背にして、僕は崩れるように床に座り込む。
「部室にバッグを置きっぱなしだ」
無性に笑いたくなった。馬鹿な自分を笑ってやりたかった。正しいことをしたことがない。事態が好転したためしがない。僕がやろうとすることはいつも裏目に出てしまう。
これは、病気と言ってもいい。
和泉は文学部を辞めるだろう。サッカー部の、ひいては西口清吾のマネージャーになるだろう。その方が、二人のためには最善の流れだと思った。思ったから、和泉の隠れている場所を教えた。
そうすることが、お互いの幸せにつながると。
西口清吾は、いまどき珍しいほど誠実で、男らしかった。言葉遣いも洗練されていた気がする。
思えば、あのときの僕はどんな言葉を返せばよかったのだろうか。
西口清吾は、僕のどんな言葉を待っていたのだろうか。
和泉はどんな言葉を待っていたのだろうか。
「雅、君ならどう思うかな」
僕は空中に話しかけた。
雅を守ろうと必死に念じたとき、僕は自覚夢の力を知った。地面に激突する直前、地面がスポンジのように柔らかくなったかと思うと、そのままそれを突き抜けて水の中に潜り込んだ。僕は水風船のようなものを、頭の中で想像していた。もし現実なら、救済措置などあるはずもなく、問答無用で地面に激突して二人とも命がなかった。
しかし、実は夢の中であっても、それは同様だった。リアルな夢は、現実でしかない。精神の死は、肉体の死につながる。
つまり、夢の中で自分が死んだと認識してしまえば、それは現実の死に直結するからだ。夢はもともと途中で覚めるように設定されている。夢の続きを見ることができないのも、その措置のひとつ。なるべく危険を回避させるように、プロセス化されている。
「その例外としての、自覚夢、自分自身の補完、か…」
飛び込んだ水の中で、雅の思念が僕に伝わってきた。意識なく僕の中で横たわっていた雅が、僕に語りかけでもするかのように、夢という不完全なシステムのことを教えてくれた。すべての真実を知ったわけではないにしろ、僕にとっての夢は、すでに夢ではない。
…ただの戦場でしかない。
「それでも」
雅自身に危機が迫ってきている。助けを求めている。
「雅…」
西口清吾が和泉を必要としたように。
「やらなければならない」
黙祷を捧げるように、静かにまぶたを下ろした。
僕には、雅が必要だったから。
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