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第十話・「虚しい死だ」

「あのまま寝てしまったのか…」

 僕は汗をたっぷりとかいた体をベッドから起き上がらせた。額の汗が頬を伝って顎先へと達し、そのまま自由落下していった。

 喉が砂漠化していたので、僕は部屋を出てキッチンへ向かった。

 キッチンの冷蔵庫を開けると、冷蔵庫は空っぽだった。飲み物がないだけではなく、レタスの葉一枚ない、真っ白な空間。

 僕は諦めて、外に出ることにした。

 何の考えもなしに自動販売機を求めてさまよい歩く。行けども行けども、目的のものは現れては来なかった。

 電灯にともされた路地を抜け、工事現場を迂回し、やがて駅前の大通りに出た。ここまで来ても自動販売機はない。すべて取り除かれてしまったかのようだった。

「やっとつながったな、キッチュ」

 月夜に濡れた街中で、僕は声をかけられた。

「お前と夢をつなぐには、時間を同調させなければならないなんて、本当に面倒だよ」

 僕は周囲を見回すが、そこには誰もいない。いつの間にか駅へ向かう四斜線の道路の中央に僕は立っている。

 車は一台として通らない。町には人影も見られない。店舗のシャッターはすべてが頑丈に下りていて、僕を拒絶している。風だけが道路脇の木々を揺らしていた。

「昼間は、運が良かった。が、同時に運が悪かった。まさか、使者である雅が邪魔をするなんて聞いていなかったからな」

 僕は信号を見上げた。青から黄色に変わった信号に座っているのは、昼間に僕と雅を襲ったフード男。背後に満月を背負い、風にコートの裾を揺らしている。嘲るような声は顕在だった。

「また…お前だ。どうして付け狙うんだ」

 信号が赤に変わった。同時に男の姿も血のような赤に染まった。

「お前も雅に聞いたんじゃないのか? それとも、ただ馬鹿なだけなのか? どっちにしろ、知らないほうがこっちとしては好都合なんだがな」

「雅に聞いた…?」

「俺とお前は、こうして戦うことが運命付けられてしまったんだ。あの使者によってな。もともとは出会わなくてもかまわなかった俺たちは、大きな意思によってこうして選ばれた。逆らうことのできない、巨大な意思に。雅はその巨大な意思の代弁者であり、意思そのものなのさ」

「何のことだ。雅は、ただの…」

「ただの何だ。ただの学生だとでも言うつもりか? さすがはキッチュだな。虫唾が走るよ」

「それに僕はキッチュじゃない…篠崎総だ!」

「その名前を使うな。まがい物が!」

 信号が赤から青へと変わった瞬間、フードの男が信号からジャンプした。正面に着地したかと思うと、体勢を低くし、風の音とともに突っ込んでくる。拳が唸り、僕の懐を完全にとらえた。僕はなすすべなく吹き飛ばされた。後頭部をしたたかに打ちつけ、腹部の痛みとの二重の痛みに悶えた。

 かろうじて起き上がるが、腹部の強烈な痛みが吐き気を催させた。

「まだコントロールさえできないか。ま、所詮こんなものだろうな」

 フードの男が、痛みに腹を抱えてうずくまる僕の前に立つ。

「最後にひとつだけ問題をだしてやる」

 フード男は、僕の髪の毛を引っ張り上げ、自分の顔の前に持ってくる。そして、フードを取った。

「これは、現実か、それとも夢か」

 フードから現れた顔は…。

「答えろよ、篠崎総」

 僕は、自分の目を疑うことしかできなかった。

 僕の眼前には、僕がいた。

「夢だ…」

 痛む体をこらえて僕は呟いた。

 こんなことがあるはずがない。

 その言葉が、無限の螺旋となって僕の脳内を駆け巡った。人間離れした技も、僕と同じ顔を持つのも、すべてに説明がいかない。まるで、映画や漫画の世界だ。そして、それを納得いくものに変えるには、夢、とすることしかない。

 これは、夢だ。

「正解のようで、不正解だな」

 僕は僕に下卑な声で笑いかけた。

「確かにこの世界は夢だが、目の前にいる俺は現実だ。つまり、どちらとも外れって訳だ」

 僕にはもう言葉もなかった。

「俺はお前を殺して、俺を取り戻す。それが俺に課せられた使命だ」

 信号が、再び黄色に変わる。僕はそれをじっと見詰めていた。自分の死が近いことを知っていたからなのかもしれない。

「ここでの死は、すなわち、精神の死を意味する」

 すでに諦めていた。

 夢なら覚めて欲しかった。

 しかし、再び眠りに付けば、僕はまた追われ、またこの一方的な殺し合いが始まるのだろう。そう考えると、ここで僕が死んでも死ななくても、最終的な結果は僕の死で固定されていることは明らかなのだ。

 だから、僕は諦めて黄色の信号をみつめていた。この夢のような現実から目をそらしたかった。

「つまり、これでジ・エンド。エンドロールも流れない、虚しい死だ」

 唐突に、信号が黄色から赤へ、変わらない気がした。

 なぜかは分からない。だが、突然思った。

 変わらない。

 黄から赤へ、変わらない。

 信号が黄色から赤色へと変わるのは、いわば法則のようなもの。交通法規で定められた絶対的なもの。疑う余地はない。

 しかし、僕はその黄色に灯った火が、赤に灯ることはないと思った。

「信号は、黄色から…何色に変わる…?」

「死ぬ間際に何を言うかと思えば、そんなことかよ。せめて念仏のひとつでも唱えろ」

「信号は…」

 僕の視線を感じたのか、もう一人の僕は先ほどまで自分の座っていた信号を振り返った。

「信…号は…」

 刹那、黄色に輝いていた信号は、紅蓮の赤へは変化せずに、草原のような青に輝いた。


読んでくださった方、興味を持ってくださった方、ありがとうございます。今年初めて桜を見ました。あまりの美しさに、百聞は一見にしかず、という言葉を思い知らされました。そんな作者ですが、これからもよろしくお願いします。感想、批評、栄養になります。

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