第一話・「お前を殺す」
キッチュ…紛い物、偽物の意。
暗く長い路地裏を走っていた。
延々と続く路地裏だった。繁華街からどんどん外れていく。それに伴い光の手も届かなくなっていく。そして、僕は不安に苛まれる。揺れる視界は、はるか前方の小さな光を捕らえてはなさない。
足音が、路地に響く。僕の息は荒れ、肺も軋む。
いつまでも大きくならない前方の光点。出口を目指して走る僕には、それはかすかな希望の灯だった。
だがそれは、風前の灯でもある。
僕は気付いていた。背後に迫るもうひとつの足音を。
それは、僕が全速力で走っているにもかかわらず、確かに迫ってきている。僕は直感的に追いつかれてはいけないと悟った。接近を許し、追いつかれ、捕まえられたとき、僕のすべてが終わってしまうような、そんな気がした。根拠はない。ただの誇大妄想、被害妄想かもしれない。それでも、僕は追いつかれてはいけないような、そんな気がした。
しかし、明らかに危険は接近していた。
僕は悲鳴を上げる足をそのままに、肩越しに振り返る。繁華街からは距離があるのか、有視界はかなり黒に塗りつぶされてしまっていた。僕は、まだ視界に捕らえられる距離に、それ、が迫ってきてはいないことに安堵した。
――瞬間、僕の視界は反転する。
猛烈な勢いで地面に仰向けに叩きつけられた。路地裏のコンクリートに、鈍い音がこだました。脳味噌が、まるでメトロノームのように揺れていた。
まぶたを持ち上げると、眼前にはフードをした人間の顔があった。いつの間にか、フードの人間の向こうには街灯が現れていて、フードの人間の顔を逆光で隠していた。
「お前は…誰だ?」
街灯が明滅を繰り返す。蛾が鱗粉を撒き散らしながら光にぶつかっていく。
「何で、僕を…」
首を絞めるフードの人間の力が徐々に増していくのがわかった。のどから絞り出せる声が絶え絶えになる。
「知りたいか」
男声だった。僕と同じ年代の人間の声だった。僕は答える力もなく、ただフードの中にあるだろう男の眼球を睨みつけていた。
「お前を殺すことが、俺の義務なのさ」
僕の意識が薄れていく。
「キッチュをな」
僕の意識は堪らずブラックアウトした。
興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。新連載です。長丁場になるので、どうか末長く見守ってください。感想・批評、栄養になります