3話 予兆
店を出た後、俺と菊池は「じゃあな」といつもの別れの言葉を口にして
元の帰路についた。心なしか菊池は歩幅にスキップが混じっているように見えた。
そりゃあ、ずっと探し回ったゲームだ。嬉しい限りだろう。
菊池の事だ。3日後の俺が買うころにはもう神の域にまでゲームを熟知していそうだ。
俺は菊池とは対照的に、ゆっくりと歩く。
あと少しでマンションに着くとき、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
後ろを振り返ると美鈴がいた。しかし一人ではなかった。
隣で楽しそうに喋っているのは、我が高の生徒会長の高仙寺 御剣だった。
容姿端麗、文武両道、おまけに財閥の一人息子ときたもんだ。
そんな完璧人間、アニメの世界だけだと思っていたのだが、目の前にいるんだから認めざるを得ない。
楽しそうに喋っている二人の会話は俺の想像するような幼稚な考えではなく
頭のいい人しか分からない量子力学や素粒子とか言う小難しい話でもしているんだろう…。
常人の俺にはついていけない話には違いない。
俺は少し歩くスピードを速め、追いつかれない程度の早足でマンションに向かった。
玄関口を暗証番号を入れて自動ドアをあける。
あとはエレベーターに乗れば問題は無いのだが、無情にもエレベーターはついさっき昇って行ったらしい…。
次にエレベーターが下りてくるころには美鈴も暗証番号を入れて、
エレベーターホールに入ってきた所だった。
さすがに高仙寺会長は付いてきていないらしい。
「あ、冬希じゃない。今帰り?遅いじゃない。どうせ菊池とブラブラしていたんでしょ?」
さすが美鈴だ。すべてお見通しらしい。
「そうだよ。ゲームを探しててね。」
すると美鈴は「ハァ…」とため息をついた。
「またゲーム?どうせくだらないゲームなんでしょ。」
悲しいことだが、悪態を突かれるのも慣れっ子だ。
「あぁ、くだらないゲームで悪かったな。俺はそれを手に入れれなかったけどな。」
といつもの様に開き直る。
ふと手元の袋を見て、美鈴が訝しげに
「ならその袋はなによ。」
と問いかけてきた。
コレがうわさのプログラムCDと分かれば、美鈴の事だ。「そんなくだらないプログラム手に入れてどうすんのよ!捨てなさい!」なんて言われかねない。
俺はとっさに
「あぁ、中古の安いゲームだよ。別に如何わしいゲームを買ったわけじゃないしいいだろ!」
っと強気に嘘をついた。
「あ、そう?それならいいけど…。」
いつもより強気な俺に少しびっくりしたのか、美鈴はそれ以上追及しなかった。
エレベータに乗って、俺の部屋と美鈴の部屋がある11階のボタンを押す。
「そういえばさっき生徒会長と歩いてたな。会長もこの近くに住んでるのか?」
さっきから喉に小骨が刺さったように気になっていた事を思い切って聞いてみた。
すると美鈴は少し驚いた様にこちらを見た。
「なによ見てたのなら喋りかけてくればいいでしょ!」
「まてまて!そんな空気じゃなかったじゃねーか。俺なりに空気を読んでだな…」
「会長とはそんな仲じゃないわよ!!」
俺の言葉が言い終わらない内にエレベーター内に美鈴の言葉が鳴り響く。
なにもそこまで言わなくても…。会長も大変なんだな。
「それに、今日だって遅くなったから送ってくれただけだし…。」
その言葉は先ほどの大声と比べて聞こえないくらいの小さな声量だった。
その台詞を言い終わった調度その時に11階にエレベーターが着いた。
無言で美鈴が俺を置いて足早に部屋に向かっていった。
「じゃあな…。」
と困惑しつつも俺は美鈴の背中に言葉を投げた。
返ってくるとは思わなかったが、いつもの美鈴とあまりに違って
とてつもない違和感を覚えながら俺も部屋に向かった。
家に入るとやはり一人で、親が帰ってきている形跡も無い。
共働きで、二人とも朝帰りなどはよくある。
特に気にすることも無く、冷凍庫にある冷凍食品をレンジに放り込み、
「あたため」と書いてあるボタンを押す。
温めている間に制服を部屋着に着替え、ついでにPCの電源を付ける。
毎日一人の俺の為に両親が気を利かせて買ってくれた物だ。
今では俺専用の色々なアプリケーションが入っている。
起動時間の間に温めを完了した冷凍だった食品を、皿に移しPCの前に持ってくる。
我ながら無駄の無い作業だ。
いつもより少し遅めの晩御飯になる冷凍食品を一口、口に運びながらPCに先ほど買ってきたプログラムCDを入れる。
さすが最新型だ。音もなく吸い込まれるようにCDが入る。まるで食べているみたい。
ウインドウにプログラムの起動画面が広がる。
この画面にはいくつかのセットアップ用の設定を書く場面が多々ある。
「事細かだな…。」
そこには生年月日、血液型、身長、体重、スリーサイズ、両目の視力、さらには虫歯の数まで入れないと次のステップに進めないめんどくさい設定があった。
「すべて入れないといけないのか…。」
説明書片手に慣れた手つきで、キーボードを叩いていく。
俺の体系は所謂世間で言う一般体系、中肉中背。175cmに体重60キロほど…。両目だってそろって1.0となんともまぁ「普通」を絵に描いたような体系なんだけど…
菊池は…デブ――いや、よく言うとポッチャリに属する体系になるだろう。美鈴は…どこぞのモデルに出してもまったく引けをとらないだろうスタイルを持っている。
天は二物をなんとやら…。神様でもミスはするのだろう。それは会長にも与えてしまったらしい。
なんて事を考えている内に設定がすべて入力し終わった。
【次ぎへ】のボタンを押すと画面が変わり、そこには
《ご登録ありがとうございます。このプロフィールのご記入によって、貴方様専用の睡眠療法プログラムを作成いたします。そのまましばらくお待ちください》
の文字が。
なるほどこのプログラムは人の間で人の借り貸しが出来ない様になっているのか。
ローディング中に色々な簡易説明文が20秒間隔で流れる。
《このプログラムにはプロテクトがかかっております。悪質な複製を作成したりすると自壊する仕組みになっております。決して不正な改ざん、複製などをしないでください。》
《一週間程で効果が実感できます。》
《作成された音楽を、お手持ちの音楽プレイヤーなどに入れ、毎晩就寝時間中に耳元で流れるようにしてください。スピーカーだと効果が薄れる可能性があります。》
ほうほう…。強固なプロテクトで企業秘密を守っているわけね…。
どうりで不正な無料掲示板などにこのプログラムの音楽は乗ってないわけだ。
もしこのプログラムから出た音を掲示板にUPしたとしても、
先の設定にぴったり合うようにしか音は作成されていないから
ほかの人では効果が無い…っと。
いわばこのCDは音楽が入っている訳ではなく、
入力されたプロフィールに合う様に音を作成するプログラムなのか…。
他は他の薬と一緒か。
効果が出るには時間がかかるのは当たり前だし、
薄い薬よりも濃い薬の方が効き目は大きく出る――と言った所だろう。
ローディングの残り時間の目安となるバーが一杯になる直前に
最後になるであろう簡易説明文が3秒ほど出てきた。
《それでは素晴らしい意識の外の世界をご堪能ください》
その文字は意図されたように表示時間が短く、
ワザとらしく見せ付けるように太文字で書かれていて、
それでいてそれを誤魔化すように
《プログラムが完了しました。デバイスに保存してください。》
と保存先を促すメッセージと共に別ウインドウが開かれる。
少し疑問に思いながらも、さして曲も入ってないプレイヤーの中に保存する。
これで準備が出来たのかな…?10分もかかってないけど、
本当にこんなもので体が良くなるのか――信じがたい…。
――ここでふと疑問が生まれた。
噂では''頭が良くなる!''とか''代謝が良くなる!'’とか色々と種類があるらしいが…
俺はまだ自分のプログラムCDでドコが良くなるからを知らない。っと言うかわからない。
ラベルや、薄っぺらい説明書を見てもどこにもそれらしき事は書いてない。
本来のプログラムCDも似たような物なのか?
実物を見たことが無いので俺にはさっぱりわからない。
もしかするとくじ引きのような運要素で、ドコが良くなるのかは最初からわからない物なんだろうか?
未だ謎多き製薬会社の商品。
そんな謎だらけの商品を世に出していいのか?
――とか思いつつも、内心では運要素も面白いなっと言うワクワク感はたしかにあった。
意外と早く終わったセットアップに期待しながら、
菊池に「セットアップ終わった!残念ながら貸してやれそうにねぇわ。個人認証みたいなん入れたし」とメールを送る。
いつもならスグに返ってくるメールだったが、
残りの晩飯を食べきる間に返ってこなかった所を見ると、
今日買ったゲームをやりこんでいる最中だろう。
「楽しんでいるんだろうなぁ。」
一人ぼそりとつぶやく。
俺はたった10分の作業。
向こうは数十、何百時間にも及ぶやりこみ要素を含んだアクションゲーム。
この差を考えるとやはり菊池には、
ゲームを買った後で連絡して自慢してやれば良かった…などと思う。
今日は早く寝よう。
そう思いPCのUSBにそのまま刺さっているプレイヤーを抜き取り、音楽が入っていることを確認し、ベットに入る。
風呂は明日の朝でもいいか…。
イヤホンを耳にかけ、そのまま電気を消し、再生ボタンを押す。
音楽は割りとゆったりしていて、嫌いな音楽では無く
心地の良い音色を聴いているだけで、睡魔が襲ってくるまでさして時間はかからなかった。
今日はいい夢を見られるといいんだけど…。