友人の婚約破棄騒動があまりに理不尽なので過去に戻って完全論破します
それは創建祭のダンスパーティーにて起きた。
「オルーナ、オルーナはいるかっ!!」
怒りの形相で男子生徒が入ってきたのだ。
すぐ背後に、あちこちを包帯で巻いた女子生徒が続く。あれはミネリーだ。
「ゴルド様、いかがなさいました?」
黒髪の女子生徒、オルーナが驚きながらも前に出る。
周囲にいた私たちは、これから一体何が起きるのだろう……と様子を見守る。
「彼女を見て、なにも感じないのか?」
怪我だらけのミネリーを見て、オルーナは目を丸くする。
「まあ……そのお怪我はどうなさったのですか?」
「白々しい態度をとるな! お前が階段から突き落としたのだろうが!」
この瞬間、広いホール内が大きくざわついた。
ちなみに今日は創建祭で日中はお祭りがあり、夕方からは保護者も交えてダンスパーティーが開かれる。
ここには生徒だけじゃなく、教師や保護者たちも大勢いるのだ。
そんな中でこんな物騒な話……。
戸惑いつつもオルーナが言う。
「私は、そんなことはしておりません」
「ならば聞く。五時半頃、お前はどこで何をしていた?」
「私は東にある倉庫の前で、ゴルド様をお待ちしておりました」
「確かに待ち合わせはした。だが俺は事情があっていけなかった。お前が本当にそこにいたかは不明だ」
「私はずっとお待ちしておりました。六時になっても現れなかったため、こちらへ来たのです」
「証人はいるか?」
ゴルドの鋭い問いにオルーナは困惑する。
一人で待っていたのだろうし、東の倉庫に近づく生徒はほとんどいない。
目撃者だっていないだろう。
ちなみにオルーナとゴルドは子爵家同士の婚約者だ。
そしてミネリーは男爵令嬢なのだが、よく色んな男と噂になっている。
当然、女子の評判は悪い。
戸惑うオルーナに対し、ミネリーは畳み掛けるように話す。
「わたくしは五時半頃に屋上で風を浴びていました。その後、階段を降りようとしたとき、物陰に隠れていた誰かに突き押されました」
「それが……私だというのですか?」
「そうですわ。頭を打って気を失ったのですが、薄れゆく意識でオルーナさんを見ました」
これはすごい展開になってきた。
私は無関係なのに胸がドキドキしてくる。
ちなみに、ここには彼女たちの親も来ている。
犯人だと訴えられたオルーナは必死に弁解する。
「私は、そのようなことしていません。なぜ私がミネリーさんにそのようなことをするのですか?」
「最近、俺と彼女がよく話していたのに嫉妬したんだろう。いや、誰からも愛されるミネリーが妬ましかったんだ! 女として負けていると」
ゴルドはオルーナを睨みつけ、ひとさし指を向ける。
「このような事態になった以上、婚約破棄も考えさせてもらうぞ」
この一言には彼らの親もさすがに動き出す。
オルーナの父とゴルドの父が前に出てきて会話に加わる。
「ゴルド、本当にオルーナがそんなことをやったのか?」
「父上、ミネリーがはっきりと見たのです。間違いないかと」
「うちの娘がそのようなことをするわけがない! 何かの間違いではないかっ」
当然オルーナの父は彼女をかばう。
するとミネリーが大仰に身振り手振りで説明する。
「いいえ、本当に痛くて死にそうでしたわ。去っていくときのオルーナさんの笑った顔が、今でも思い出せます」
やられた本人が見たと言っている以上反論はなかなか難しい。
それっぽい動機もあるように思えるから、なおさら厄介だ。
オルーナは本当に突き落としたのだろうか?
「とにかくオルーナが身の潔白を証明できないのであれば、婚約は破棄させてもらう。俺はそのような女性と将来を共に歩むことはできない!」
とにかくゴルドの勢いがすごい。
ミネリーを傷つけられて心底怒っているといった感じだ。
気味悪いのは、ミネリーは潤んだ上目遣いでゴルドの横顔を見つめていること。
二人の親が話し合う。
「うちはゴルドの意思を尊重させる。オルーナが潔白を証明できないのであれば婚約破棄とさせてもらう」
これにはさすがにオルーナの親も腹を立てる。
「オルーナがやるとは思えん。そちらの娘の勘違いかもしれないのに」
「いいでしょう。ならば、ひとまず婚約の方はなかったということに」
「それで結構です」
親同士まで今にも殴り合いそうなほど雰囲気が悪い。
さらにはミネリーがしゃしゃり出て、なぜか良い人ぶりだす。
「やられたことは決して忘れることはありません。それでもわたくし……彼女を許そうと思います! 皆さんも彼女を責めないであげてください」
こうして始まったばかりのダンスパーティーは、完全に破壊された。
現在、午後六時三十分。
「これは……やるしかないでしょう」
事件の真相を知るために私だけが知っていて、私だけが使える特別な能力『時の楔』を使用する。
私は現時刻に楔を打つ。
私の能力は楔から過去二十四時間以内の時間軸を自由に何度でも行き来することができる。
一言で言えば、過去をいじって現実を変えられる。
ただし、注意点もいくつかある。
まず私が即死したり意識を失ったりした場合、時間移動は当然できなくなる。
そしてもう一つ。
楔を打ち込んだ時間を過ぎるとその結果は固定され、二度と変えることができなくなる。
つまり今日の六時三十分を超えた場合、いくら能力を使おうと変えた過去に干渉できなくなる。
さてと。
戻る時間は、やはり夕方の五時半頃だろう。
能力を発動すると、私にだけ見える光の粒子が体を包む。
強烈に発光して数秒。
私は自分が五時半ごろにいた場所に戻っていた。
校舎内だったので、私は急いで東の倉庫に急いだ。
本当に倉庫の前にオルーナがいた。
悲しそうな顔で立ち尽くしている。
私は平静を装って彼女に近づく。
「あらオルーナさん、何をされてるの?」
「あっ、アイラさん。ゴルド様を待っているんです」
「何時から待ってたの?」
「五時に約束していたのですけれど」
ってことはあの男、三十分も約束をすっぽかしていたのね。
しかも結局来なかったというから、本当にテキトーな男で私は到底好きになれない。
「もし良かったら、ゴルドさんが来るまで一緒におしゃべりでもしない?」
「ええ、もちろんです」
彼女は心よく受け入れてくれた。
私の能力は範囲内であれば何度でも行き来できるので、一回目で勝負をかける必要はない。
そこで私は、三十分ほど彼女と会話を続けた。
「もうダンスパーティーが始まるわね。いきましょうか」
私たちは一緒にダンスパーティーに向かった。
やはりゴルドが、ミネリーを引き連れて怒鳴り込んできた。
前回と主張も全く同じだった。
今回は私がずっと会話していたのだから、オルーナを庇うことはできる。
ただ私は、そこでもう一度時間を巻き戻した。
今度は五時半少し前に。
私が次に向かった場所は屋上だ。
ゴルドたちの主張が本当なら、そこで事件は起きたはず。
もちろん犯人はオルーナではない。
屋上に通じる階段の近くで私は身を潜める。
こそこそと何か物音がしたので、私はそっと下から上を覗く。
ミネリーが天井を見つめていた。
急にニヤリと歪んだ笑みを浮かべたと思うや、自分で階段から落ちた。
五段か六段しかないところではあるが、ゴロゴロと転がって踊り場に倒れる。
私は心臓が飛び出そうになったけど、辛うじて声を上げずに済んだ。
まさかの自作自演とはね……。
どうせ大した怪我ではないなさそうなので私は階段裏に隠れておくり
すると少しして、誰かがやってきた。
ゴルドだ。
彼は早足に階段を駆け上がり、倒れているミネリーを見つける。
「ミネリー!? どうした、大丈夫か!」
「あぁ……ゴルド様。わたくし、突き飛ばされたようです……」
「突き飛ばされただと!? 一体誰にだ!」
「オルーナさんですわ」
「なん……だと……!?」
声だけでもゴルドの怒りが伝わってくる。
この様子だとゴルドは共犯者ってわけではないみたいね。
ただ一つ気にはなる。
なぜこの男はオルーナを一時間も待ちぼうけさせて、自分はこちらの方にやってきたのか。
これについては次の会話で判明する。
「あいつは約束通り、待ちぼうけさせている。俺が来ないのをいいことに、こんな真似しやがって」
「もしかしたら、私たちの作戦だと見抜かれたのかもしれませんわ」
「くそっ……。あいつはいつも済ました顔をして、内心では俺のことを見下しているんだ。その点、君は俺が守らなきゃダメだからな」
「はい、わたくしはゴルド様がいなくては生きていけませんわ……!」
「ミネリーは、オルーナのようなつまらない女とは真逆だ。心の底から大好きだ」
「わたくしたちこそ、結ばれるべきですわ」
トロトロに蕩けた感じのやり取りをしたかと思うや、二人は熱いキスに夢中になる。
私はドン引きし過ぎて、その場にいることがもうできない。
キスより早く手当てしなよ……。
とりあえず廊下を歩きながら話を整理する。
ミネリーとくっつきたいゴルドはオルーナに日常的に嫌がらせを行っていた。
今日の待ち合わせもそうだ。
一方のミネリーも五時半頃に屋上でゴルドと会う約束をしていた。
彼が来る少し前に自作自演をして、オルーナを悪者にする計画だったと。
かなり悪質だ。
どうにかして、悪行の暴露まで持っていきたい。
そのためには協力者がいる。
私は時間を夕方の五時頃まで巻き戻す。
それから幼馴染のアッシュのところに向かう。
彼は背が高く、あまり見かけない銀髪のイケメンなので、遠くにいてもすぐに発見できた。
女子五、六人に囲まれながら学内を歩いていた。
「アッシュ。お楽しみのところ悪いけれど頼み事があるの」
「悪いなみんな。二人にしてくれ」
周りの女性たちはアッシュから離れる際、私に敵意を孕んだ目を向けてから去っていく。
慣れているので、今更なんとも思わない。
「今日もハーレムごっこを楽しんでいたみたいね」
「俺じゃない。楽しんでるのは彼女たちさ。いつも勝手に寄ってくる」
「ところで、あなたにお願いがあるの。五時半ぴったりに屋上の階段にいってほしいの。本当に重要なのよ」
「おいおいまたかよ……。またお前なんかやってんのか」
呆れたようにアッシュは言った。
私の能力は家族にすら秘密にしている。
ただ、こういったことが何度か起きると、さすがに何か妙なことやっているとは勘付く人も出てくる。
アッシュはその一人。
彼と私は伯爵家で幼い頃からの腐れ縁みたいなものだ。
私は簡潔に事情を説明して、ミネリーが変なことをしないか観察しておいてと告げておく。
また、何が起きてもミネリーに声をかけないでとも。
「……まあいい。お前の依頼に付き合っていると退屈はしないからな」
今回はアッシュに目撃者になってもらう。
彼を見送ると、私は東の倉庫に急いだ。
そこでオルーナに会ってさっきと同じように会話を始める。
さっきは当たり障りのない内容だったけれど、今回はもう少し踏み込んでみる。
「最近噂になっているけれど、ゴルド君とミネリーさんって裏で何かやっているわ。二人がイチャイチャしているのを見たこともあるのよ」
オルーナは特にショックも受けていなさそうだった。
むしろ達観したように話す。
「知っています。私たちは政略結婚みたいなものですし、実はお互いに情が薄いのかもしれません」
そうだったんだ。
その割には二人の親は結構簡単に婚約解消を認めていたような気もする。
一度は打算で婚約の約束をしたものの、裏で他にいい相手を見つけていたパターンかもしれない。
「すごく余計なお世話かもしれないけれど、個人的にはゴルド君はやめた方がいいんじゃないのかなって……」
恐る恐る発言すると彼女は一度微笑を作り、その後は無言になった。
さて、六時になったので一緒にパーティーに向かう。
参加していたアッシュに視線を送るとこちらに親指を立てて返してきた。
六時過ぎ、ゴルドが怒鳴り込んできた。
今回も同じような展開になったのだが違うのは私が参加することだ。
ミネリーの潔白を証明しろと主張するゴルドたちの前に私は歩いていく。
「事件が起きた五時半でしたら、彼女は間違いなく東の倉庫にいましたよ?」
「なに……。証拠は?」
「あります。私が一緒にいて、ずっと話しておりました」
「……え?」
誰かと一緒にいるとは思ってもいなかったのか、ゴルドは一歩後ずさる。
隣にいたミネリーも露骨に顔色が悪くなった。
「それでは……ミネリーを突き落とすことはできないか……」
ゴルドはちらちらとミネリーの様子を窺っている。
頭が混乱しているのだろう。
無論、これで済ませるわけにはいかない。
私はミネリーに面と向かう。
「あなた、さもオルーナさんが犯人だみたいに話しているけど、証拠はあるの?」
「ええっと、それはその、見間違いだったかもしれませんわ。ほら、落とされたばかりで気も動転していたので」
必死に言い訳をするので、とどめの一撃を刺してもらう。
アッシュに合図を送ると、彼が待っていたとばかりに出てくる。
「そいつは嘘だな。あんたは誰にも落とされていない」
「何をおっしゃいますの?」
「屋上の風でも浴びようと思っていたら、自分で階段から落ちる女がいたんだよ。あんただ」
「わ、わたくしは、断じてそんなことはしておりませんわ!」
ミネリーもここは必死に反論してきた。
「あんたらの誰とも関わりのない俺が、そんな嘘をつく理由はない。そしてオルーナは東の倉庫にずっといた。それなのにお前は彼女に突き落とされたと嘘の報告をした」
「ですからっ、それは意識が混濁しててぇ……」
「自分で飛び降りて意識混濁なんかしねぇよ。お前はオルーナをはめてゴルドを奪うために、今回のことを仕組んだんだろ。いい加減見苦しいぞ馬鹿女」
気持ちいいくらいにアッシュが結論をズバッと告げてくれた。
もう言い逃れはできないと悟ったのかミネリーはその場で泣いてゴルドの腕にしがみつく。
そんなことやられてもゴルドだって困ってしまう。
一歩間違えれば自分も共犯側だと訴えられかねない。
ここで二人の親がやってきて話し合いになる。
ミネリーを罰し、二人は元の鞘に収まるのかと思いきや──なんとオルーナが親に向かって力強く主張する。
「ゴルド様との婚約破棄を認めてくださいませ。婚約者を放っておいて他の女に会いに行った挙句、そちらの言い分を信じる男とは将来など結べません」
全くの正論で、これには誰も反論できないだろう。
オルーナの父がゴルドの父に確認をする。
「構いませんな?」
「う、うむ、申し訳ない……。うちの馬鹿息子は、あとで説教しておきます」
そう言って頭を下げると、彼はゴルドの頭にげんこつを落とした。
これ以上恥をさらしたくないと思ったのか、馬鹿息子の首根っこ掴んで会場から出ていく。
ゴルドは半泣き状態で、逆らう気力もないようだった。
さて、一人残されたミネリーの元にやってきたのは学長だ。
六十歳超えとは思えない立派な風貌がある。
彼は泣きじゃくるミネリーに告げる。
「今回の件を改めて調査する。先ほどのことが事実ならば即刻退学処分だ」
「そんな!? どうかご慈悲をっ」
「人を罠にはめようとする生徒など、うちの学院にはいらない。退学ぐらいで済むなら甘いものだと思え」
オルディナ学院は規則や身分差別には厳しい学校だ。
ミネリーの退学は確定だろう。
その後、学長が場を落ち着かせて、ダンスパーティが再開された。
私はダンスがあまり得意じゃないので端っこで食事を頬張っているとオルーナが礼を述べてくる。
「アイラさん、本当にありがとうございました……! あなたの証言がなかったら犯人にされるところでした」
「お気になさらず。それより、あなたの婚約破棄宣言すごく良かったわ! スッキリしちゃった」
「ふふ、本当はあんな男、ずっと別れたかったんです。いい機会でした」
「そうよね〜。もっといい人探しましょうねお互い!」
楽しく談笑していると、視界の端で女子たちに囲まれているアッシュを捉えた。
目が合うと、何故か彼がこちらにやってくる。
オルーナは何を勘違いしたのか気を利かせる風な感じでその場を去っていく。
「いやー驚いたわ。俺に屋上に行けって理由がこれだったとはな。やっぱお前、未来が見えてるだろ」
アッシュの指摘は鋭いが、正解ではない。
私は適当にはぐらかしておく。
「当たらずといえども遠からずってところね」
「まあいいさ。お前といると小さい頃から刺激的だよ」
「あなたはいつも女子に囲まれて刺激受けてそうだけどね」
「ああ、そのハーレムたちから聞いたんだが……ゴルドの親、実は婚約破棄をさせたかったらしいぜ」
それは貴重な情報だ。
続きを聞いてみる。
ゴルドの親は、陰でもっと良い婚約相手を見つけていたらしい。
相手は伯爵令嬢で、縁談も進んでいたとか。
当然、ミネリーではない。
だから最初、彼はあっさりとゴルドの婚約解消を受け入れたんだ。
ミネリーは計算外だったろうけど、それとは別れさせて伯爵令嬢とくっつければいいものね。
「その美味しい話も今回の件で破談だな。伯爵側が拒否するに決まっている」
「というか、ゴルドはもう婚約とかできないんじゃない?」
「間違いない」
噂として今回の件は広がっていくだろう。
ゴルドと婚約するなど恥でしかないし、受け入れる貴族はまずいない。
学院生活も含めて、彼はある意味終わったとも言える。
「また情報が入ったら教えてやるよ」
「ええ、これからもよろしくね」
「ああ。ところで、せっかくだし一曲踊るか?」
「遠慮しておくわ。人にお見せするほどのステップはお持ちしていないもので」
「ははは違いないっ!」
横で笑いながらアッシュも食い気に走る。
違いないってどういうことよ、だいぶ失礼じゃない?
と思いながら、私も口の中に美味しいものを詰め込んでいくのだった。
よかったらブックマーク、評価などしていただけると執筆の励みになります




