第六章節 不穏な足音
小説家になりたい、と思って一週間。私たち三人は、相変わらず木の下で集まっていた。
「で、ここのには断定なりの連用形だから——」
「なるほど、じゃあこの下のかは係助詞っぽいから訳は——」
「そう、正解」
小説家を目指すなら文系科目をやっといて損はないだろうということで、特に苦手な古典文法を教えてもらっている。
「なぁ、そろそろ休憩にしない?もう三時間くらい経ちそうだけど」
ゆうりから声を掛けられる。スマホをみると、もうお昼時だった。
「え、うわ本当だ。そろそろお昼食べる?」
「うん、そうしようか」
お腹も空いていたので、そう答える。それぞれのお弁当を広げて、話しながら食べ進める。
「来てすぐ勉強始まっちゃったから聞けなかったんだけど、みどりは?」
ゆうりが尋ねてくる。
「勉強の途中でも何回か周り見渡してみたんだけど、一回も来てないんだよね。なにか事故とかに巻き込まれてないといいんだけど」
心配で顔を歪めると、すぐに葵が安心させるように返してくれる。
「みどりにはみどりの予定があるんでしょ。あの子図太そうだし、多分大丈夫だよ」
「それもそうだな。ところで、アサガオたちは何食ってんの?」
ゆうりが話題を変えてくれたので、気を取り直してその話に乗る。
「えーっと、卵焼きと野菜炒めと、ハンバーグとおにぎりだよ」
「毎回思うけど、朝顔の弁当って全部美味しそうだよね」
少しでもできることを増やそうとここ数日手作りしている弁当を褒められて嬉しくなる。
「どれか食べる?」
「いや、いいよ。返せるものないし。あ、ちなみに私はたまごサンド。木の人は?」
「俺?俺はライ麦パン」
健康食品のイメージがあるライ麦パンを、ゆうりが食べていることに少し驚く。
「うわ、意識高い系だ」
学校だと優等生な葵も、私たちだけのときは結構からかったり口が悪くなったりする。中学の頃くらい一緒にいることに馴染めたようで嬉しい。
「なんだよそれ」
「あははっ健康的でいいと思うよ」
葵がゆうりをいじって、私がフォローするこの流れも、すっかりお決まりになっている。
「だよな、やっぱ健康が一番だよな!」
「そこまでは言ってないでしょ。っていうか、二人ともパンの値上げのニュースみた?」
「あれ、この前も値上げしてなっかったっけ」
「うん、してた。でもなんかねーあ、そうだ朝顔。前にした話覚えてる?第三次世界大戦が始まるかもっていうニュースの話」
そう言われて思い出す。そういえば、少し前にそんな話をしたような気がする。
「仲直りするちょっと前に話したやつだったっけ」
「そうそれ。それが本格的に始まりそうになってる影響で、パンだけじゃなくて、色んな物の値段が上がってるんだって」
「そうなんだ」
「ちょっと怖いよね。いくら日本は戦争しないっていっても」
「あんまり実感は湧かないけどね、戦争って言われても」
「それもそうだけどね。あんまり私たちに関係あるように思えないというか。そうだ、木の人はどう思う?」
「……」
返答がない。そういえば、しばらくゆうりは会話に入ってきていなかったような気がする。
「ゆうり、大丈夫?どこか体調でも——」
悪いの?と続けようとしたそのとき。
「返せないのは、己に関係のある話だからかな?」
頭上から声がした。見上げると、木の枝の上に人が座っている。みどりの羽のような色の長い髪を下ろしたままにして、焦茶色の和服を着た男性のようだ。
「え、だれ!?」
「誰、とはひどいな”あおい”。ともに”ユーリ”をからかった仲ではないか」
……葵とゆうりの名前を知っていて、ゆうりをからかったことがある。これにあてはまる人……いや、小鳥を、私は一羽だけ知っている。いや、でも。まさか本当に?
「……みどり、なの?」
「おや、”あさがお”は鋭いな。流石は我の名付け親といったところか」
否定される前提で投げかけた問いを肯定されて驚く。しかし、心のどこかではそうであるような気もしていた。
「え、みどりってあの鳥?この人が?」
葵が信じられない、と言ったふうに声を上げる。それに対し、みどりが答える。
「まぁ、人というわけではないがな。人の姿にもなれるというだけだがな」
みどりの案外偉そうな態度に驚きつつ、その発言について考える。人というわけじゃない。つまり、鳥ってこと?いや、でもこの言い方はまるで。
「小鳥でもない、ってこと?」
私の問いかけになり損ねたような小さな呟きに、みどりがくつくつと笑って答える。
「そこにも気づかれるとは。やはり聡い人の子だ。そう、我は人でも鳥でもない。自然、中でも樹木を司る精霊を統べる者であり——」
みどりはそこで言葉を区切ると、私の方と木の洞の方を数秒見つめてから続きを口にした。
「——そなたらを引き合わせた物だ」
沈黙が落ちる。驚きで声を発せない。みどりが、私たちを引き合わせた?なんで?そんなことできるの?疑問が湧いてくる。でも、納得しているような自分もいる。最近では慣れてきていたが、そもそも木の洞越しに話せること自体が異常なんだ。そんな異常事態が始まった数日後に出会った普通と違う小鳥が、みどり。だったらみどりがその仕掛け人、いや、仕掛け精霊と言われるのはしっくりくる。以前私から話を聞いていた葵も同じ結論に至ったのか、さっきより落ち着いた声音で尋ねる。
「あんたがみどりだってことも、二人を出会わせたってことも、一旦わかった。でも、何のために?」
私も気になっていたことなので、黙ってみどりの返事を待つ。しかし、返ってきたのは問いへの答えではなかった。
「それを話す前に、先ほどの我の問いに答えてもらおうか。なぁ、ずっと黙っている人の子よ」
その一言で、ゆうりがずっと黙っていたことに気が付く。この異常事態に、驚きの声すら上げずに。
「……」
黙ったままのゆうりに対して、みどりが言葉を続ける。
「そなたにとって戦争は、対岸の火事などではないのだろう?」
みどりの言葉を、理解できない。ゆうりにとって戦争は対岸の火事……他人事じゃない?
「平和主義を掲げ、戦争放棄の規定を憲法に持つ国の一つである日本に住む者にとって、日常とは平和なもの、むしろ当たり前すぎて意識すらしないことだろう」
話に着いて行けない私を他所に、みどりは言葉を続ける。
「だが、そなた——ゆうりのような、外つ国に住む者にとっては、争いこそが日常で、平和とは非日常のものなのではないか?」
「とつ、くに?」
聞き慣れない言葉に、思わず聞き返す。
「俺は日本とは違う、別の国の人ってことだよ」
ここまでずっと黙っていたゆうりの声が響く。
「木の人が、別の国の人?え、でもじゃあ言葉は?日本語も話せるってこと?」
「いや、俺はずっと、俺の国の言葉で話してるよ」
二人の会話で、ある記憶が蘇ってくる。ゆうりの歌は、全部外国語だった。そしてそれを指摘した時のゆうりの反応。もしかして。
「ゆうりは、気づいてたの?あのときから。私たちが違う国の人だって」
「まぁね。といっても、あのときは謎の力で言葉は翻訳できてるけど、歌はリズムとかの関係でできないのかもなってくらいの考えだったけど。でもアオイさんも来るようになって、最近の流行りとかニュースとかの話を聞いてるうちに、この二人は俺とは違う国に住んでるって確信したんだ」
思い返してみれば、ゆうりはあの話以降、あまり身の回りの話をしていないように思う。でも、なんでゆうりはそんなことをしたんだろう。
「気づいてたなら、なんで私たちに伝えず隠そうとしたの?」
「それは、そのーえっと……ただ、言うタイミングがなかっただけだよ」
明らかに動揺して焦っているような声で返される。そんな様子を見かねたみどりが呆れたように言う。
「はぁ、隠し立てするようなことでもなかろう。我の予想を告げられるのと自らの口で言葉にするのではどちらが良い。選ばせてやる」
どうやらみどりには予想がついているらしい。ゆうりが悩むような声で答える。
「それ実質一択じゃん。はぁ、わかった言うよ。その、俺のとこの物騒な話なんて、聞いても面白くないし、不安にさせるだけだろ?アサガオの住んでる辺りがだいぶ平和なとこっぽいのは話の流れでわかってたし、わざわざ怖がらせる必要はないかなって」
息を呑む。どうやらゆうりは、私のために黙っていてくれたようだ。その事実に、えもいわれぬような喜びに包まれる。しかしその喜びのままゆうりの言葉を噛み締めていると、あることに気づき、心が急速に冷え切っていく。気を遣って国のことを隠してくれていたゆうりに向かって、私は何を言った?実感が湧かないと、他人事のように。それは彼にとって、争いの近くにいる彼にとって、平和ボケしたとても残酷な一言だったのではないか。さっきずっと黙り込んでいたのは、そのせいではないか。居ても立っても居られなくなり、慌てて謝罪を口にする。
「……っごめん!」
「え、なんで謝るの?謝るならずっと黙ってた俺の方なのに」
ゆうりの戸惑うような声が聞こえる。困らせてしまっている。そう思ってもなお、言葉が溢れ出るのを止められなかった。
「ゆうりは私を気遣ってくれてたのに、私は実感が湧かないとか言って、ゆうりを傷つけちゃったよね。本当にごめん」
「いや、そんなの気にしてないよ!第一、俺が秘密にしてたせいで国のこととか何にも知らなかったわけだし」
ゆうりがフォローしてくれているが、何も答えられない。黙っていると、ゆうりが躊躇いがちに言葉を続けた。
「えっとその、さっき怖がらせる必要はないって言ったじゃん?でも本当はちょっと違くって。必要はない、じゃなくって、怖がらせたくない、安心して日々を過ごしてほしいって思ってたんだ。俺、アサガオが楽しそうに話してんのを聞くのが好きだからさ」
その声からは、嘘をついているような気配は感じられなくて、本心からの言葉だとわかった。心が暖かくなる。謝罪よりもっと、言いたいことが溢れてくる。
「ゆうり……ありがとう」
「うん。はは、やっぱごめんよりありがとうの方が嬉しいな」
と、私たちの話に区切りがついたのを察して、しばらく黙っていた葵が口を開く。
「話ぶった斬ってごめんなんだけどさ、木の人が戦争と無関係じゃないってことはわかったわけじゃん?そしたらそろそろ、みどりが二人を出会わせた理由について聞きたいんだけど」
そうだ、元はその話だった。ゆうりと出会えたことを責める気はないし、むしろ感謝したいくらいだ。でもそれはそれとして、わざわざ引き合わせた理由が気になる。
「ああ、いいだろう。近々世界的な戦争が起こりそうだ、というのは先ほど話していたので知っているな?」
話し始めたみどりは、すぐに問いを投げかけてきた。
「うん、知ってるよ」
「大規模な戦争が起こったとき、世界は、とくに自然は、どうなると思う?」
再び投げられたみどりからの問いで、話が少しづつ繋がってくる。たしかみどりはさっき、樹木を司る精霊と名乗っていた。
「戦争に巻き込まれて、森が燃えちゃったり、海が汚染されたり、管理する人が亡くなったりするかもしれない」
「ああ、その通りだ。そして我は、樹木の精を統べる者。我には眷属を守る責務がある。だから我は考えた。戦争を防ぐ方法を」
自然を、仲間を守るために戦争を防ぐ。この考えは納得が行った。でも——
「何でそれが、俺たちを出会わせることに繋がるわけ?」
どうやらゆうりも同じことを考えたようだ。答えを求めるように、みどりを見つめる。
「精霊といっても、できることは限られている。所詮はこの世に生きる者だからな。だから託すことにした。蝶の羽ばたきが竜巻を起こすように、ほんの些細なことで世界は変わる。我は賭けてみたのだ。そなたらの可能性に」
みどりの堂々とした語り口に納得させられそうになる。しかし冷静になればなるほど疑問が湧いてくる。ただの女子高生と農村の青年の出会いで、一体世界の何を変えられるのか。
「みどりの言いたいことはわかったけど、何かできるとは思えないよ。平和な日本の女子高校生と、田舎の男の子だよ?戦争を止められるだけの力なんて、持ってないよ」
率直に思ったことをいうと、みどりがくつくつ笑いながら返事をしてきた。
「まあ、そなたからすればそうだろうな。だがその”田舎の男の子”が、此度の戦争の重要人物と、深い関わりがあると言ったら?」
思わず木の洞の方を見る。ゆうりが困ったような調子で答える。
「みどり、さっきから何が言いたいの?」
「おや、しらを切るのか?我の口から言ってもかまわないのだが」
険悪な雰囲気なに、口を挟めない。
「はぁ、わかった。ごめんアサガオ、アオイさん。みどりと二人で話したいから、今日は一旦帰っててくれる?また明日」
ゆうりの有無を言わせぬような物言いに、葵と二人で顔を見合わせる。こんなことは初めてで、戸惑いながら返事をする。
「わ、わかった。また明日」
「ゆうり、また明日」
ゆうりとのまた明日という言葉がこんなにも出にくかったのは、これが初めてのことだった。
「それで、さっきのことだけど」
人の子は怒ったような声で言ってきた。自ら仕向けたこととはいえ、愛し子の一人にこのような態度を取られるのはなかなかきついものがある。
「そうカッカするでない。そなたを害してやろうという気持ちは我には一切ない」
「どうだか」
冷たく返される。その声に、あの子らと話していたときのような柔らかさはない。
「つれないな。ま、そんなことはさておき本題に入るとするか」
「……ルカのことでしょ?戦争の重要人物って」
「気づいておったか」
「さすがにね。俺の周りで戦争と関わりがあるのなんてルカ……と、その父さんくらいだし」
「ああそうだ。ここ十数年そなたの国で度重なった革命や紛争。その果てに一般人にも関わらず先代の為政者となったルカの父。そして権力を欲する者に父を暗殺され、心も癒えぬうちに傀儡として祭り上げられたそなたの幼馴染」
「……それを俺に改めて向き合わせて、一体何がしたいの?」
人の子の声は取り繕っているようだったが、それでも抑えきれないような苦しみを感じさせた。我も心苦しくなるが、それでも話を止めるわけにはいかない。
「最近、新たな革命の計画が立てられている。そこに、誘われているのだろう?」
「なんでそれを」
「我は樹木の精霊王だぞ?木が見聞きしたことは何でも知っているさ」
「うわ怖」
当然のことを言っただけなのに、なぜか怖がられてしまった。解せぬ。
「で、誘われてるけどそれがどうしたの?」
人の子に話を戻されはっとする。我は今から、この人の子に酷な願いをしなければならない。ゆっくりと息を吸う。
「その革命に、参加してはくれないだろうか」
「え」
人の子の驚く声が聞こえる。それもそうだろう。幼馴染と敵対しろと言っているようなものなのだから。だがこれは、この人の子にとっても必要な話なのだ。
「その革命は、ただの革命ではないのだ」
そうして話したのは、ここまでで我が知り得た情報。革命軍の中に、国の内情に詳しい者がいること。その者たちの情報により、人の子の幼馴染を利用している連中は大体割れていること。革命軍は人の子の幼馴染ではなくそれを利用している連中を討とうとしていること。
「そして最後に、そなたの幼馴染は、心を壊されてしまっている」
「……」
「当然だろう。年端も行かぬ人の子が、欲に塗れた権力争いに巻き込まれたのだ。連中の戦争を始める計画にも、抵抗することなく従っているらしい」
「……」
「それを救うためには、他の誰でもない、幼馴染であるそなたの言葉が必要だと考えている」
「……」
人の子は何も言葉を発しない。幼馴染と同じように、この人の子だってまだまだ若いのだ。そんな相手にこの重責を背負わせるしかできない己の不甲斐なさに腹が立つ。しかし我が腹を立てたところで事態は何も好転しない。言葉を紡ぐ。
「そなたのようなまだ年端の行かぬ人の子に、このようなことを頼んでしまってすまない」
この人の子を傷つけないように。
「卑怯な言い方をする我を恨んでくれたっていい」
言葉を紡ぐ。
「我の眷属を救うため、そなたの幼馴染を救うため。そしてなにより……平和な国に住むあの人の子らを、戦争に巻き込まないために」
この人の子への敬意をこめて。
「どうか我に、協力してはくれないだろうか」
「……ずるいよ、みどり。そんな言い方されたら断れないじゃん」
「我を存分に恨んでくれ」
「恨まないよ。あいつのことは俺もずっとどうにかしたいと思ってたし。ただ、一つ条件がある」
「なんだ?」
「アサガオ達には黙ってて。このこと」
その言葉で、かつての己に思いを馳せる。まだ青く、人への理解も浅かったあのころに。
「なぁ、たのむよ」
人の子に声をかけられ、思い出に浸っている場合ではないと気づく。
「こんなにも重要なことなのだ。話し合いは必要だと思うのだが」
「それはそうだけど、でも……でもさ」
人の子が強がるような声で告げてくる。
「心配かけたくないんだ。あの二人……とくにアサガオには、ずっと笑っていて欲しいから」
ずっと笑っていて欲しい。その感情には、我も覚えがあった。だからだろうか、思わず言葉にしていた。
「ああ、承知した」
「これで、本当に良かったのだろうか」
枝が揺れる。
「教えてくれ、——」
木々がさざめく。
「はは、お前はもう、いないのにな……」
愛おしむような音色で
翌日。今日は水曜日じゃないけど、葵も一緒に来てくれていた。
「ごめんね、わざわざ来させちゃって」
「いやいいよ。私も気になってたし」
二人で一緒に木の方へ向かう。すると、あの木の前で和服の男性——みどりが立っていた。
「おや、おはよう。人の子らよ」
「ん?アサガオ来たのか。おはよう!子らってことは、アオイさんもいんのか?」
ゆうりがいつもと変わらない声で挨拶してくる。おかしい。昨日あんなことがあったのに。
「いんのか?じゃないでしょ!昨日の話、どうなったの?」
葵が問い詰めるように気になることを聞いてくれた。
「ああ、あれな。なんかみどりの勘違いだったぽくって」
うそだ。そう思った。だって、声が一瞬上擦ったから。それに、勘違いだったら昨日二人だけで話すこともなかったはずだ。ゆうりは絶対に何かを隠している。そこまで考えて、思い出す。昨日の話を。彼が住んでいる国について隠していた理由を。いたずらに嘘をつくような人じゃない。これもきっと、誰かのための嘘なんだろう。この嘘に乗っかったら、彼は苦しむかもしれない。私は後悔するかもしれない。それでも、彼の優しさを無下にしたくなかった。
「……そっか。みどりったら、うっかりさんだね」
葵がこちらを向く。どうしてと言いたげな顔で。みどりがこちらを向く。面白いとでも言いそうな顔で。
「ああ、歳をとると物忘れが激しくってなぁ」
みどりが乗ってくると、葵が諦めたように言う。
「歳をとるとって、そんなに高齢に見えないけど。何歳なの?」
「さぁ、千を超えたあたりで、数えるのをやめてしまったからなぁ」
「千歳越え!?」
こうして私たちは元通りになる……はずだった。
あれから三日。私とゆうりは前のように話せないでいる。理由は明白だ。自分からゆうりの嘘に乗ったくせに、本当にそれで良かったのかと迷ってしまう私の心の弱さのせい。
「はぁ」
思わずため息が溢れる。
「アサガオ、大丈夫か?」
「あ、う、うん。なんでもないよ」
ゆうりに気を遣わせてしまって、申し訳なくなる。でもやっぱり、ゆうりに嘘をつかせる覚悟なんて、一生決められる気がしない。私はこのままずっと、ゆうりとまともに話せないままなんだろうか。私の心を写すように、空はどんよりと曇っていた。




