表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/115

ボイジャー空とクラウドスミレ救助戦

沈玉谷の救出劇


沈玉谷に立ち込める霧は、まるで溶けない濃墨のように、ごつごつとした岩山をぼんやりとした輪郭に染め上げていた。セイノは腰のレッドサンドの杖を固く握りしめた。杖身に刻まれた紋様は薄暗い光の下で細やかな金色をたたよらせ、カティルの手に握られた長戟が時折反射する冷たい輝きと、互いに引き立て合っていた。ふたりは巨岩の陰に身を潜め、幾重にも重なるシダ植物の隙間から、遠くない場所にある、たいまつで照らされた臨時の砦に目を凝らしていた。


「東南角の守備兵の持ち場交代は一炷の時間間隔です」

カティルの声は極限まで押し殺され、砂漠の民らしい潔さがにじんでいた。

「さっき数えたところ、巡回隊は一隊三人、弩の射程はおよそ三十歩ほどです」

彼女は指先で地面に砦の配置をさっと描くと、砂粒が動きに合わせて散り聚まった。

「空と雲菫は一番奥の石牢に閉じ込められています。入り口には盾を持った重装兵が二人いて、手強い相手です」


セイノは静かに頷いた。蒼い瞳が闇の中で際立って輝いている。

「俺が主力を引きつける。お前は隙に救出を。これを使え」

懐から小さな風のお札を取り出して差し出す。

「二人の体に貼れば、一時的に身動きが軽くなり、足が速くなる」


風元素がゆっくりと流れるお札を見て、カティルは思わず眉を上げた。この大審査官が、こんな偏った補助道具まで用意していようとは。


無駄な言葉はない。セイノは黒い稲妻のように岩の陰から飛び出した。直接砦に突入するのではなく、側面の坂へと回り込み、手を上げて雷元素で形作られた三つの手裏剣を放った。

「シュッ、シュッ」という破空音が響くと同時に、砦の西側にある糧草の山にまばゆい雷光が炸裂し、乾いた藁はたちまち炎上した。


「敵襲だ!」

悲鳴が谷の静寂を引き裂いた。たいまつが星のように一斉に灯り、無数の兵が刀槍を手に帷幄から涌き出し、火の方へ慌てて駆けつけていった。

セイノは冷ややかにその様を眺め、レッドサンドの杖を手の中で一回転させる。雷元素が地面を這い回り、陣の中央で蜘蛛の巣状の雷紋となって弾け、慌てふためく兵たちを一団倒した。


「今だ!」


カティルの影はチーターのように砦の際まで疾駆した。手にする長戟を横に払い、起こる風圧でまだ反応しきれていない守備兵二人をそのまま吹き飛ばし、頑丈な木の栅は紙のように簡単に突き破られた。石牢の鍵は戟一撃で砕け散り、扉を蹴り開けると、空と雲菫が背中合わせに壁際に座っている姿が目に入った。ふたりとも擦り傷はあるものの、瞳はまだ澄んでいた。


「カティルさん?」

空は驚いて顔を上げ、すぐに手元の風の札に気づき、隣の雲菫を引き寄せた。

「早く貼れ!」


雲菫はこうした状況は初めてであったが、少しも動じず、指先で札の紋様に触れ、静かに「ありがとうございます」と礼を言った。役者としての落ち着きが声ににじんでいた。


三人が石牢から飛び出すと、背後から雷鳴のような怒鳴り声が響いた。

「逃がすか!」


袁紹配下の将が親衛兵を引き連れて追いかけてくる。たいまつの光に照らされた刀剣の閃光がまぶしく、目を開けていられないほどだ。カティルは空と雲菫を先に行かせ、自らは振り返って追手に立ち向かった。長戟を鉄壁のように舞い、一撃一撃に砂漠の重い力を込め、敵をその場にしっかりと引き止めた。


「こっちだ!」


セイノはいつの間にか前に回り込み、三人に手を振っていた。黒衣には砂埃がまとわりつき、レッドサンドの杖の先はまだ微かに熱を帯びているが、眼光は鷲のように鋭かった。


四人は谷の西側の小道を疾走し、背後の殺気立つ声は次第に風の音に呑み込まれていった。月の光が霧を通り抜けて地面に降り注ぎ、でこぼこした石の道を照らし出す。雲菫は他の三人ほど体力はないものの、足取りは異常に堅実で、日頃の稽古の賜物であることが明らかだった。空はたびたび振り返り、追手が来ていないことを確かめ、ようやく肩の力を抜いた。


沈玉谷を抜け出し、目の前に広々とした草原が現れたその時、突然、前方から冷たい喝声が響いた。


「どこへ行こうとする!」


重装をまとった将が、槍を構え馬にまたがり、道を塞いでいた。背後には数十騎の騎兵が従い、皆槍を手に鋭い眼光をむき出しにしている。たいまつの光は将の顔の傷痕を照らし、手にする冷ざやかな槍をも映し出した。袁紹麾下の猛将、張郃である。


「セイノ、先に行ってください!」

カティルは即座に長戟を横に構え、皆の前に立ちはだかった。裾が風になびき、額の汗が月の光で輝いていたが、瞳は異常に堅かった。


セイノは彼女の肩を押さえ、レッドサンドの杖をそっと回した。

「お前は彼らを連れて行け。ここは俺に任せろ」

声は穏やかで、まるでありふれた用事を頼むようだった。


「でも……」

「すぐに追いつく」

セイノは空と雲菫に目をやり、静かに言った。

「彼女を守れ」


空は力強く頷き、雲菫の手を取って少し後ろへ下がった。今はためらう時ではないと分かっていた。セイノの実力には確信があるが、張郃もまた手強い相手であり、この戦いは容易には終わらないだろう。


張郃は相手が黒衣の男一人を残したのを見て、冷やかに笑った。

「貴様ごときが、俺の行く手を阻もうというのか?」

腿で馬腹を締めると、馬は嘶き立て、前足を高く蹴り上げた。


セイノは答えず、レッドサンドの杖を勢いよく地面に突き立てた。

「カチッ」

地面に細かい亀裂が走り、雷元素が毒蛇のように這い出し、張郃の馬に絡みついた。馬は驚いて再び立ち上がるが、張郃は鞍の上で微動だにせず、手にする槍を横に払い、雷元素を一刀両断に砕いた。


「面白い」

張郃の瞳に驚きが宿り、それ以上に戦慄が込み上げてきた。彼は強者との戦いをこよなく愛す。この黒衣の男の気配は妖しいものの、久しぶりに強い戦意を掻き立てられた。


槍は破空音を立ててセイノの目前へ刺し込んでくる。

セイノは足を蹴って、幽霊のように左へ数歩滑り、槍先をかわしつつ、レッドサンドの杖を雷鳴と共に張郃の脇腹へ叩き下ろした。張郃はすばやく槍を引き戻して受け止め、「カーン」という金属同士の激突音が谷に響き渡り、鼓膜を刺すようだった。


二人は瞬く間に激突した。張郃の槍法は大らかで豪快で、一撃一撃に千鈞の重さが込められ、目前のすべてを砕き尽くさんばかり。一方セイノの身のこなしは素早く妖しく、レッドサンドの杖は毒蛇のようにも、嵐のようにも扱われ、雷元素が次々と弾け、地面に黒こげの穴を残していった。


馬はふたりの周りを回り嘶く。張郃は馬の勢いを利用し、槍さばきはますます鋭くなった。セイノの力は自分に及ばないと見抜き、わざと力で押し切ろうと、早く勝負をつけようとする。しかしセイノは間一髪でその鋭気をかわし、杖の一撃一撃を正確に槍法の隙間に叩き込み、張郃の気を騒がせ続けた。


「カーン!カーン!カーン!」

兵器同士の激突音は雨粒のように連続し、瞬く間に二十合を交えた。


二十合目、張郃の槍が再び横に払われる。セイノは退かずに進み、体をほとんど地面にすり寄せて滑り込み、レッドサンドの杖を不思議な角度から跳ね上げ、馬の腹に的確に命中させた。

馬は痛みに嘶き叫び、勢いよく前へ飛び出した。張郃は予期せず鞍から振り落とされ、地面にたたきつけられ、砂埃が舞い上がった。


槍は手から放り出され、遠くの草原に突き刺さり微かに震えていた。張郃は必死に起き上がろうとするが、セイノのレッドサンドの杖が既に喉元に突きつけられていた。冷たい金属の感触に体が硬直し、見上げるとセイノの瞳には殺意などなく、ただ静けさが宿っていた。


「なぜ殺さない?」

張郃は荒い息を吐きながら問いかけた。理解に苦しむと共に、悔しさがにじんでいた。


セイノは答えず、ゆっくりと杖を下ろした。背後の騎兵たちが怖がって前に出られない様を一瞥し、空たちが逃げた方向へと走り去った。


張郃は闇に消える背中を眺め、震える自身の手を見下ろし、思わず深く溜め息をついた。今日の敗北は、致し方ないと悟った。


数日後、スメール城の門がゆっくりと開かれた。

セイノが先頭を歩み、黒衣が陽の光になびいていた。

カティルはその後に続き、長戟の血痕は洗い流され、穏やかな光を放っていた。

空と雲菫は並んで歩み、ふたりとも生き残った安堵の笑みを浮かべていた。


門の衛兵たちは彼らを見て、すぐに敬意を込めて礼をした。

太陽が高い門を通り抜け、長い影を落とし、沈玉谷での危険と殺生は、はるか彼方へ置き去りにされた。

スメールの風が草木の香りを運んで頬をなで、すべてが平穏を取り戻していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ