袁計画をぶち壊す
夕暮れは溶けた鉛のように重く垂れ込み、スメール城の尖塔に押し掛かっていた。空はバザールの石段に座り、無意識に指先で柄の彫刻を撫でていた。それはフォンテーヌの職人の技だったが、今や見知らぬ血痕に染まっているかもしれない。
香辛料市場の喧騒が三つの街を隔てて漂ってきて、遠くの教令院塔の風鈴の音と混ざり合う。本来なら馴染みの安らぎだったはずなのに、今はサンドペーパーのように彼の神経を削っていた。
「報告――」
慌ただしい叫び声が黄昏を引き裂いた。スメールの伝令がよろめきながら広場に駆け込んできた。革靴には砂漠の砂利がまだ付いており、懐に抱えた書状は汗でしなびている。彼はふらつきながら空の前に躍り出て、声が震えてまともに出ない。
「旅人様……フォンテーヌ、フォンテーヌが陥落しました!」
空は勢いよく立ち上がり、腰の風の翼が細かく唸りを上げた。「何だと?」
「袁紹の軍です!」伝令は風に乱れた頭巾を引きちぎり、怯えた瞳を覗かせた。「三日前、蒸気の河を渡り、火を噴く鉄の筒で水神託所の門を爆破し……執政官はオペラハウスに籠城されていると聞きます。フォンテーヌ港全体に今は“袁”の旗が翻っています!」
「袁紹?」龐統が香辛料の山の陰から姿を現した。羽根扇の孔雀の羽飾りが夕暮れの中で冷たく光っている。彼は先ほどアルハイゼンと砂漠遺跡の銘文について議論していたが、扇を「さっ」と閉じ、指節を真っ白に握り締めた。「璃月北部に勢力を張る軍閥の奴か。よくも……」
言うが早いか、銀白の流光が雲間から舞い落ち、趙雲の槍先が石板に火花を散らした。「俺はオモス港から戻ったばかりだ」彼は面鎧を外し、玄甲には飛行時についた霜気がまだ残っている。「埠頭の隊商が目撃したという。袁軍の楼船がフォンテーヌ海峡を封鎖し、兵士の鎧には確かに青々とした“袁”の紋章が描かれていたそうだ」
三人は暗くなりゆく空の下、黙って立っていた。遠くでディシアが子供たちに赤砂の杖の遊びを教えている。鈴のような笑い声が漂ってくるほど、この一角は寒流で凍りついたかのように静まり返っていた。空は前回フォンテーヌを訪れた時、ナヴィアが笑顔で午後の茶を差し出してくれたこと、オペラハウスの水晶燈が虹のような光を反射していたことを思い出した。今のその光は、見知らぬ刀槍の上に映っているのかもしれない。
「沈玉谷だ」龐統が突然口を開いた。声は砂の下に埋もれた雷のように低かった。彼は急いで隣のスメール地図の前に歩み寄り、羽根扇でフォンテーヌとスメールの境にある谷の位置を強く指した。「袁紹の糧草と軍需はきっとここに蓄えている。沈玉谷の翘英荘は険要な地勢で、フォンテーヌからスメールへの要衝でもある。奴は絶対に手薄にはしない」
趙雲は槍を掌で一回転させ、槍先の房が地面の砕石をなびかせた。「翘英荘? 璃月にいた時に聞いたことがある。フォンテーヌ最大の倉庫地で、十万人の軍勢が三カ月間持つ糧草を蓄えられるという」
「糧草だけではない」空の視線は地図上に蜿蜒する河川に落ちた。「フォンテーヌの機械工房は皆沈玉谷の下流にある。袁紹があの“火を噴く鉄筒”を作れるのは、鹵獲した軍需品をここに隠しているに違いない」彼は層岩巨淵で見た古代機械を思い出した。あの鋼鉄の造物の威力は今でも心を震わせる――そして袁紹の軍は、明らかに類似の技術を手に入れていた。
龐統は突然笑った。笑い声にはどこか執念が滲んでいる。「袁紹という男は、璃月にいた時から聞いていた。百万人の軍勢を持ちながら、傲慢で軽侮が過ぎる。フォンテーヌを落として安泰だと思い込み、一番腹心の部将に糧草を守らせるだろうが、その腹心は軍俸を横取りするだけの能無しだ」扇を開くと、扇面の「智計」の二文字が夕暮れの中で霞んで見えた。「沈玉谷の西側には断崖があり、昔水神が洪水を導いた暗道だと伝わる。今は蔦に覆われているので、袁軍はきっと知らない」
趙雲はすでに槍を握り締め、槍杆の雲紋が月光の下で冷たい輝きを放っていた。「いつ出立する?」
「今夜だ」空は夜空を見上げると、北斗七星が沈玉谷の方角に浮かんでいた。彼はリュックから伝達アンカーを取り出し、指先に馴染みの元素の波動が伝わってくる。「月が中天に上る時、袁軍の交代の隙に行動する」
龐統は荷物から羊皮紙の巻物を取り出し、月光の下で広げた。それは沈玉谷の防備略図で、端には墨の染みが付いており、明らかに書き上げたばかりだった。「フォンテーヌから逃げ出した職人から聞き出して頼んで描かせた」図上の赤い印を指しながら、「ここが糧倉。防火の瑠璃瓦で葺かれているので、風元素で屋根を吹き飛ばす必要がある。あちらが軍械庫。鉄扉には三つの錠が掛かっている。趙将軍の槍術がちょうど役に立つだろう」
趙雲は図上の蜿蜒する巡回ルートを眺め、槍先を掌でより速く回転させた。「守備兵三百、四隊に分かれて巡回。交代時間は十五分。十分だ」
空は数粒の元素微粒子を取り出し、指先の風元素が細かい渦を巻き起こした。「俺が糧倉で合図を上げる。お前たちは隙に軍械庫を奪え。夜明け前に撤退しなければ、袁紹の援軍がフォンテーヌ港から駆けつけ、瓮の中の亀になってしまう」
夜は更に深まり、スメールの街の灯が次々と灯った。三人は並んでバザールを出た。趙雲の玄甲は月光の下で冷たく光り、龐統の羽根扇が時折道端のサボテンをなびかせ、空の風の翼が歩調に合わせてそっと震えていた。遠くの砂漠からは砂蟲の低い鳴き声が聞こえ、近くの川は星の映影を映している。何事もないように見えたが、明らかに様子が違った――彼らの踏む道は、二つの国の運命を賭けた奇襲に通じていた。
「そうだ」空は突然足を止め、リュックからりんごを三つ取り出した。「前回モンドで買ったもの。気を紛らわすのに良いと聞く」
趙雲はりんごを受け取り、鞘でそっと拭った。「旅人、ありがとう」
龐統はりんごに齧りつき、汁が髭に飛び散った。
空は微笑み、最後のりんごを宙に投げ上げた。風元素がそれを支え、指先で回転させる。月光がりんごの筋を通り抜け、地面に細かい光斑を落とす。まるでフォンテーヌ港の夜の灯りのようだ。りんごを受け取って齧る瞬間、清らかな汁が喉を滑り、微かに渋みが混じっていた。それは戦争の味であり、進まねばならない覚悟の味でもあった。
沈玉谷の方角、夜は更に深まっていた。そして彼らの足取りは、すでにスメールの平穏を砕いていた。




