8. 殿下攻略会議
「――という訳でお兄様。私でも王太子殿下に勝てそうな事を教えてください!」
城から帰るなり、私は勢いそのままに兄ウォーグルの部屋へ突撃した。
五歳年上の兄は頭が良くて頼りになるので、きっと素晴らしい秘策を授けてくれるはず――そう信じて、お茶会の顛末を一気に説明したのだが、お兄様は話を聞き終えるや否や、両手で頭を抱え込み、うなだれてしまった。
「……お兄様?どうされましたか?」
「……頭が痛い……」
「まぁ!大変ですわ、直ぐにお医者様に診て貰わないと!」
「いや……この頭痛は、医者では治せないやつだね……」
そう言ってお兄様は深いため息をつくと、少しだけ沈黙した後に、ゆっくり顔を上げた。そして、私の顔を残念そうな目でじっと見つめるのだった。
「……アディは王太子殿下の婚約者候補としてお茶の席をご一緒したのに、なんだってそんな妙な事になっているんだ?」
「えっ?それは……成り行きで……?」
「いや、成り行きって……。お茶の席で一体何をすればそんな事態になるんだ」
お兄様は再び深いため息を吐き、こめかみを押さえながら話を続けた。
「我が家としては、お前がロキシード殿下の婚約者に選ばれても選ばれなくてもどちらでも良いとは思っているが……何故殿下に喧嘩を吹っ掛けるような真似をしたんだ?」
「喧嘩じゃありませんわ、勝負ですわ!」
「大差ないよ!あぁ、もう、どうして普通の令嬢のように振舞えないんだ……不興を買ってたらどうするんだ……」
お兄様はそう言って盛大に頭を抱えたが、私はお兄様が何をそんなに苦悩しているのかが全く分からなかった。
だって殿下は次も楽しみにしてると言ってたから、怒ってないの確かなのだ。
「お兄様。勝負については、殿下も乗り気でしたわ。次も楽しみにしていると仰ってましたし、不興を買うどころか、興味を引きましたわ」
「……多分、物珍しくて面白がってたんだろうなぁ……自分に突っかかる令嬢が。」
「面白いと思ってくださったのなら……良いのでは?」
私がそう言うと、お兄様は下を向き大きく息を吐いた。そして再び顔を上げると、今度はニコリと笑って物言いたげにコチラを見たのだった。
(あ、この流れはダメですわ。お説教が始まりますわ……)
過去に何度かお兄様のこの表情を見たことがあり、過去の記憶が私に警鐘を鳴らした。
「今回は良かったかも知れないが、お前は何をしでかすか分からないから次のお茶会が怖いよ……そもそも、お前は淑女を演じるんじゃなかったかい?」
私は、お兄様の長くてくどいのお説教を回避する為に、慌てて話を逸らした。
「そ、それよりお兄様!私がロキシード殿下を打ち負かすことは、絶対に殿下の為にもなると思いますの!殿下は完璧すぎるから、今まで負けた事などないはずです。だから敗者や弱者の気持ちを知ってもらう為に私が殿下を負かす必要があるのです!」
私は胸を張ってお兄様に持論を展開した。
味わったことのない敗北という感情を経験させるのは、きっと未来の国王陛下の助けになるに違いないのだとお兄様に説いたのだ。
けれども、この持論はお兄様には全く響かなかった。
「……まぁ、お前の考えは一理あるけど……そんな事なくても、あの王子様は既に十分に為政者として立派だよ。」
「……そうなのですか?」
「あぁ、まだ十一歳だというのに、もう大人に混ざって政務を行っているし、民の事も十分に気にかけている。将来有望だよ」
「それは知っていますけど……でも、このまま敗北を知らなかったら、きっと視野が狭い王様になってしまいますわ。」
私はお兄様の言う事に納得できなくて、誰かに聞かれでもしたら、不敬だと咎められるような危ない話を口にしてしまった。
私にその意図が無くても聞きようによってはロキシード殿下を侮辱する言葉と捉えかねない言葉に、お兄様は慌てて私を制した。
「アディルナ、口を慎みなさい!」
「……ごめんなさい。お兄様。気をつけます。」
流石の私も今の発言は良くなかったとすぐに気づいたので、私は素直に謝り、大人しく口をつぐんだ。
すると、しおらしくなった私の態度を見て、お兄様はどこか残念そうに、それでいて愛おしそうに柔らかく笑った。
「……お前は、そうやって黙って大人しくしていれば、見目麗しい深窓の令嬢に見えるんだけどねぇ……」
「それは、褒めていただいてますの?有難うございます。」
「これを褒め言葉と受け取れる、お前のそういうところは好きだよ。」
お兄様が言わんとしてることが良く分からなくて私は首を捻ったが、そんな私にお兄様は優しい目を向けたまま、何かを諦めたかのような穏やかな顔で、言葉を続けた。
「まぁ、ロキシード殿下は今のままでも絶対に良い王様になると思うよ。だからどんな形にせよアディに殿下との縁が出来て良かったと思ってたんだけど……お前は、喧嘩を吹っ掛けて帰ってくるし……」
「お兄様、だから喧嘩ではありません。真剣勝負です。」
「どっちにしろ、普通の令嬢はそんなことしないんだよ。」
「お兄様。嘆いても今更もう遅いですわ。」
「……そうだね。まぁ、お前はお前らしく、殿下と仲良くしてくれていればそれで良いよ。ただしくれぐれも、無礼な事だけはしないでおくれよ。お前の言動は冷や冷やするよ。」
少し呆れ気味に笑いながら言うお兄様のそのお願いに、私は笑顔でうなずいた。
「はい、わかりましたわ」
――この時すでに、いくつも無礼を働いた自覚はあったが、さすがの私でもこれ以上兄に心労をかけるのは忍びなくて、その他の事については黙っておくことにしたのだった。




