6. 宣戦布告
「まぁ、こういうのも悪くはないね。」
「……はい?」
私が泣き出したり、不敬な態度をとったりしていて、随分と滅茶苦茶な顔合わせになっているのに、ロキシード殿下はこの状況が悪くないというのだ。私は理解が出来ずに聞き返してしまった。
すると殿下は、楽しそう答えた。
「私が思っていた通りに事が進まなかったのは初めてだよ。たまには予想外なことが起きるのも悪くはないね。面白かったよ。」
彼の言っていることが一瞬何だか分からずに、私はきょとんとした顔をしてしまった。一体このやり取りの何が面白かったというのだろうか。
けれども、一呼吸置いて冷静に考えると、殿下が随分と失礼な事を言っていることに気が付いてしまい、私はまた、思わず感情的になってしまったのだった。
「なんですって……?それではまるで、私が泣いたのが面白かったと仰っていますわ!」
「まぁ……結果的には、そうだね」
「そんなの、あんまりですわ!!」
私は思わず大きな声を出してしまった。私が泣いた事が面白かったと言われて、当たり前だが全然嬉しくないし、モヤモヤして最悪な気持ちだ。
気が付くと私は、また涙をポロポロと零していた。
「……殿下は、謝罪の言葉も弁明の言葉も掛けてはくださらないのですね……」
「悪かったよ、泣かないでアディルナ嬢。ほら、泣くと可愛い顔が台無しだよ」
「心が籠っておりませんわ!」
「君は中々鋭いねぇ」
こんな時でも穏やかな表情を保っているロキシード殿下だったが、流石に私の発言には少し困ったような声を上げていた。
それもそうだろう。こんな面倒くさい子供の相手は初めてだろうから対処方法が分からないはずだ。
けれども彼は、目をつむって気持ちを集中させると、一瞬で真面目な表情になり、そして私の手を取ると、目をじっと見つめて、有ろうことか誠意を持って、謝罪の言葉を口にされたのだった。
「アディルナ嬢、悲しい想いをさせてしまって、ごめんね」
「あっ……謝らないでください!貴方は王族なのですから!」
「謝って欲しいのか、欲しくないのか、一体どっちなんだい?!」
まさか、王太子殿下に本当に謝罪をさせてしまうだなんて思っても見なかったので、私は大いに動揺し、その謝罪の言葉を反射的に拒否してしまった。
そんな余りにも意味不明な私の言動に、ロキシード殿下は珍しく大きな声を上げて異議を口にすると、呆れた様な顔で、私をじっと見つめたのだった。
「君みたいな、言動が読めない人は本当に初めてだよ……」
「それは光栄なことなのでしょうか?」
「そうだね、私を翻弄したんだ。誇っていいよ。」
「それは褒められているのでしょうか?」
「受け取り方次第だね。」
まるで珍しい物でも見るかのようにしげしげとこちらを見つめながら、その様な事を仰る殿下に対して、私はなんだか腑に落ちなかった。
すると、そんな私の不服そうな顔すらも面白かったのか、ロキシード殿下は、今までの仮面の様な作られた笑みとは全く違う、年相応の少年の顔で屈託のない笑みを見せたのだった。
「それにしても、婚約者候補のご令嬢と顔合わせなんて、退屈なだけかと思ったが、案外楽しめたね。」
「楽しかったのですか?!」
「あぁ、楽しかったよ。アディルナ嬢は楽しく無かったのかい?」
にわかには信じられなかった。だって、お茶の相手である私は、泣きわめいて、途中からはお茶など殆ど飲んでいないのに一体このやり取りのどこが楽しかったというのだろうか。
少なくとも、私は思い描いていたのと全く違うお茶会になってしまって、今すぐにでもやり直したいくらいだというのに。
「……私はそうは思いませんわ。こんなはずじゃありませんでしたのに……」
俯きながら、私はそう呟いた。
本当ならば、婚約者候補として殿下と楽しくお茶を飲んで、親しくなっていたはずなのに、私ときたら、些末な事で泣き出して、殿下を振り回していたのだ。
これでは仲良くなれる訳がないことは、流石に私でも分かったので、暗い顔で自省するしかなかった。
(どうしましょう……婚約者候補、きっと外されますわよね……)
私は俯いたままちらりと上目遣いで殿下の様子を伺った
すると殿下は、いつも通りの優しい笑みを浮かべ、明るい声で慰めにならない慰めの言葉を私に掛けたのだった。
「まぁ、世の中上手く行かない事の方が多いからね。」
「殿下がそれを仰いますか?!」
そう、確かに世の中上手く行かない事ばかりである。それが自然の摂理だから。
けれども、なんでも完璧に出来て思う通りに物事を進められる神童な王子様には言われたくない言葉だった。
だから私は、ついムキになって言い返してしまった。
「殿下は、今まで自分の思い通りにならなかったことなど、殆どないのでしょうね。」
「まぁ、そうだね。」
「……いいですわ!私が、殿下に思い通りにならない世界を見せて差し上げますわ!」
「……うん?」
突然の提案に、ロキシード殿下は怪訝そうな顔で首をひねったが、私は私は勢いのまま宣言した。
「そうですわ。殿下、今まで負けた事無いでしょう?ですから、私が殿下を負かして『参った』と言わせて見せますわ!」
一歩間違えば不敬罪で捕まっていたかもしれない。いや、むしろ不敬罪で捕まらなかった事の方が奇跡だと思うが、私のこの発言は、子供だったことが幸いして、見逃された。
「君が私と勝負事をして打ち負かすと言うのかい?」
「えぇ、そうですわ!必ず殿下にままならない現実を見せて差し上げますわ!」
どこまでも不敬な私に、きっと周囲の使用人たちはずっと冷や汗をかいていたに違いない。けれども、当の本人ロキシード殿下は、そんな私の発言を窘めるどころか、大層楽しそうに、不敵に笑ったのだった。
「なるほど。君がそういうのなら……良いよ。受けて立とうじゃないか。」
こうして、私たちの奇妙なお茶会は、初顔合わせのこの日から始まったのだった。




