55. 凱旋に沸くその裏で
ロキシード様が黒龍を討伐されたという知らせは、瞬く間に国中に伝わった。
長年、心のどこかで不安に思っていた存在が排除されて、それはもう、国を挙げての大変なお祭り騒ぎとなっていた。
そして今日は、ロキシード様が遂に王都へ凱旋される日。その雄姿を一目見ようと、王城へと続く沿道には多くの人が押し寄せ、子供も、大人も、平民も、貴族も、皆が楽しそうに笑みを浮かべている。ロキシード様が造りたかったこの国の姿がそこにあった。
それなのに……私たちハルスタイン家の面々は、揃いも揃ってお祝いの雰囲気とは程遠い、深刻な顔をしていた。
何故なら、今日はエアムード国の使者へ婚約の返事をしなくてはいけない期限の日だったから。
私は、ロキシード様の凱旋パレードを見ることも出来ずに、お父様と馬車で王宮へと向かっていた。
(信じて待っていてと言われたけれども……もう、時間切れですわ……)
ロキシード様の凱旋パレードに街が沸く中、私の心だけは暗く沈んでいた。
一応は、婚約の打診 ということになっているが、とてもじゃないがコレが断ることのできない物であるのは流石の私でも理解できていた。
これは、国の為の政略結婚だ。
(私が国の為にこの身を捧げたら、ロキシード様とした『可哀想な子の居ない国を一緒に造ろう』って約束、果たせたことになるのかしら……?)
私は、馬車の中から、沿道に集まる人々の顔を見た。皆が笑顔で、幸せそうだった。
けれども、嬉しそうな民の顔を見て、私の決意は決まった。
ロキシード様が守った、この国の平和を守るために、私は、隣国へ嫁ぐ事へ決めたのだった。
(けれど……)
私には憂いていること、どうしても解決しなくてはいけない問題があった。
それは、ロキシード様の婚約者選定だ。
あの旅に同行して分かったのだが、リリエラ様の本性はとてもじゃないが国母には向いていない。
ロキシード様にはどうしてもローゼリア様を選んで頂く必要があった。
しかし、今やリリエラ様は、ロキシード様と一緒に暗黒龍を倒した聖女として祭り上げられているのだ。
国民人気も相まって、彼女はロキシード様の婚約者に推す声が強固な物になっていた。
(どうにかして王城で、ロキシード様と接触出来ないかしら……)
そんなことを考えたけれども、現実的ではないと頭を振った。
(……大丈夫。今日いきなりエアムードへ嫁ぐ訳ではないし、まだ時間はあるわ)
私は馬車に揺れながら、胸の奥に残る迷いを必死に押し込めた。
メインの沿道が凱旋パレードで埋まってしまっているため、私たちはいつもより時間のかかる回り道で、王城へと上った。
「なにもこんな日に、被らなくても良いのに……」
お父様がぽつりとそう漏らされた。
確かに、殿下の帰還は予定よりも大分早かったのだ。
本来なら数日はかかるはずの帰還が、どうしてこんなにも早いのか……よく考えたら不思議だったけども、今の私にはそれに気づく余裕はなかった。
***
王城に着くと、私とお父様は応接室に通されて、そこで暫く待つことになった。
……しかし、いくら待っても誰も何も呼びに来なかった。
私とお父様は困惑しながらそれでも待つしかなかったが、部屋に通されて一時間が過ぎた頃、王宮の侍女が来てお父様だけが別室に呼ばれていったのだった。
だから私は応接室で一人、手持無沙汰で待つしかなかった。
お父様が退室してからも、もう一時間は経っていた。
(そういえば……このお部屋、最初にロキシード様と会った部屋だわ)
余りにも待ち時間が長くて、緊張や不安が薄れてきた頃、不意にそのことに気づいた。
私は、初めてお会いしたころのロキシード様を思い出して、胸の奥が懐かしい気持ちでいっぱいになって泣きそうになったけれども、唇をギュッと噛んで堪えた。
すると、その時――
この部屋のドアがノックされたのだった。
私は身構えた。
(ついに……来たわね……)
この後、エアムード国の使者に婚約を受け入れる返事をする――
緊張と不安から、私は目をギュッと詰むって下を向いてその人が入ってくるのを待った。
しかし、私は目を開けて驚いてしまった。
「やぁ、ずいぶん待たせてしまったね。」
だって、目の前に居たのはロキシード殿下だったから。




