46. 二日目
遠征二日目の昼
私はこの遠征にも、すっかり慣れてきていた。
相変わらずリオルが一人で居ることが多かったので、彼を見かけると声をかけ、一緒に居るようにしていたのだが……
何故か、今日はいつもにまして、リオルに殿下からの呼び出しが多かった。
「ずるいですわ!リオルは殿下に沢山呼ばれて!!私も殿下のお役に立ちたいのに!!」
「何か、やけに気にかけて貰ってるんだよなぁ……不自由してることはないか、とか周囲と上手くやれてるか、とか」
リオルは不思議そうに頭を掻きながら「ま、実際周囲とは上手くやれてない訳だけどな」と、苦笑いを浮かべた。
「貴方……孤立してる自覚は合ったのですね」
「普通分かるだろ?!アルナ意外、用が無いと話しかけてこないからな!……ムカつくよな。貴族は平民なんかと同席しないって感じ前面にだしてよぉ」
ぼやきながらリオルは携帯食料を頬張った。
実際に、私たちは今、他の遠征隊の人たちとは少し離れた所で食事をとっていた。
明らかに、貴族と平民とでは壁があった。
「……貴方の怒りはもっともです。身分など関係なく、人と人はお互い敬意を持つべきなのに……」
「綺麗事だね。貴族なんて殆どが平民を駒としか思ってない傲慢な奴だよ」
辛辣にリオルは言い捨てた。彼の生きてきた境遇を考えるとそう思うのは仕方がないけれど、それでも私は自分の信じる理想を諦めたくなかった。
「でも、私はそうでありたいと思っているわ。そしてこの考え方が国中に広まれば良いと思っているし、王太子殿下ならこの国をそんなふうに導いてくれると思っているわ」
「……確かに王太子殿下は奇特な方だ。俺はガキの頃殿下とは知らずにとんでもない無礼を働いたが、恩情をかけてもらった。……あの殿下ならこの国を良い方に導いてくれるとは思うけど……」
リオルが言い終わる前に、そこ言葉尻は私の名を呼ぶ大きな声でかき消された。
「アルナ!!」
そんな呼びかけとともに、私は後ろから、勢いよく抱き着かれたのだ。
――こんなことを出来る人は、ここには一人しか居なかった。
「エ……エルレイン様?!急に飛びつくのは危ないですわ!」
後ろを振り返ると、エルレイン様が無邪気な顔で笑っていた。
「また2人で何を話しているの?ボクも混ぜてよ」
「えぇ、勿論ですわ。今は王太子殿下の素晴らしい所を話し合っていましたの。エルレイン様もご一緒にお話しましょう?」
「……あ、そういうのはいいです……」
私がお誘いすると、エルレイン様のテンションは一目見て分かるほどに低下していた。
「どうしてですの?!エルレイン様も殿下をお慕いしているから、この討伐に参加してるのでは?!」
「うーん……ちょっと違うかな。ボク、弱み握られてるんだよね……」
「ま、まぁ!そうなのですね?!」
あまりに予想外の告白に、私もリオルも目を丸くして驚いてしまった。
詳しく聞いてよいことなのか判断に迷っていると、エルレイン様は、右手を軽く挙げて、あっけらかんと補足した。
「あ、でも黒龍の脅威からこの国の民を護りたいって思いは一緒だから、利害関係は一致してるからそこは安心して良いよ」
気にするところはそこではないのだが、エルレイン様があまりにも平然としているので、何も突っ込めなかった。
私たちが戸惑っている様子など全く構わずに、エルレイン様は自分のペースで会話を続ける。
「それより、そこのお前。この娘以外と一緒にいる所見たことないんだがどうしてだ?王太子が凄く気にしてたぞ」
今度はエルレイン様はリオルに向かって、ぐいっと顔を近づけるように覗き込み、興味深そうに首を傾げた。
急に寄って来られて、たじろぎながらリオルは答えた。
「ど……どうしたもこうしたもねぇよ。コイツ以外は話しかけてこないし、オレも他の奴らと話す必要がないからな。それに、他の奴らは皆貴族だ。平民の俺なんか相手にされないよ」
「青年よ、それはよくない。そんな事で様々な人との交流を遠ざけていたら、予期せぬ所で強大な敵をつくるぞ」
「ど……どうせこの討伐が終わるまでの間柄だし……」
そんなリオルの投げやりな言葉に、エルレイン様は何かを納得したような顔をされた。
「ふむ……それもそうか。こんな機会でもなければ、貴族と平民が合間見える事をそうそうないからな。それなのに、王太子は何をそんなに気にしてるのか。ボクにこんな命令までして……」
小さな声で漏らしたその言葉を、私は聞き逃さなかった。
「命令……エルレイン様は何か殿下から拝命されてるんですか?ここで私たちと話していて良いのですか?」
「良いも何も、それが命令だからな。お前と共にいるようにと」
「まぁ……なんとお優しい……」
きっとロキシード様は、孤立しがちなリオルを気にかけて、エルレイン様に一緒に居るように命じられたのだと私は察した。
「よかったですわね、リオル」
「何がだよ?!」
どうやらリオル本人には、殿下の御心は伝わっていないようだったけれど、私はそんなロキシード様の優しさに、胸が温かくなった。
「ところでアルナ、そろそろあのお嬢様の天幕に行かないといけないんじゃない?」
「あ……ええ。そうだわ、行かないと……」
エルレイン様に言われて、私は自分に言われていた仕事を思い出した。
この休憩が終わったら、リリエラ様の護衛に就くことになっているのだ。
昨日の事があるので、正直言って気が重かった。
「青年も殿下の所に早く行きなよ。さっき呼んでたよ」
「はぁ?!なんでそれ今言う?!最初に言えよ!!」
「だって会話の腰を折るのも野暮だろう?」
「登場の時、思いっきり話の腰おってたじゃねーか!!」
エルレイン様は、実にマイペースで、その飄々とした調子にリオルはすっかり振り回されていた。
おそらく随分前に伝えられたであろう招集の命令を聞くと、リオルは慌てて駆けて行った。
私は、そんな走っていくリオルの後ろ姿を見ながら、この後の任務の事を考えて、その場で小さくため息をついてしまった。
すると、私の様子を気にしてか、エルレイン様が優しく声を掛けてくれたのだった。
「アルナ大丈夫?ボクも一緒に行くからさ」
「え……えぇ、大丈夫よ……」
殿下のお役に立つと決めたからには、こんなことで弱音を吐いていてはいけない。
私は気合を入れなおすと、エルレイン様と共に、リリエラ様の天幕へと向かった。




