40. 賭け
「明日はいよいよ出立ですわね。殿下、ご武運をお祈りしていますわ」
「うん、ありがとう」
武芸大会からは半月が過ぎていた。
明日、ロキシード様は、いよいよ黒龍討伐の遠征に出立される。
それなのに……
そんな大事な時なのに……
ロキシード様は、いつものお茶会と称して私を王宮に呼び出したのだった。
「……僭越ながら申し上げますと、こんな時に私に時間を使うのは如何かと思います」
私はティーカップを持ちながら、じとっとした視線を向けて、ロキシード様に苦言を呈した。
もちろん、殿下にお会いできることは嬉しい。
けれど今は、それ以上に――殿下には黒龍討伐に万全の状態で臨んでほしいのだ。
だって殿下に、絶対に無事で帰ってきてほしいから。
「ところで、一緒に黒龍を討ってくれる頼もしい仲間の中に、とても強い女剣士が居てね」
「そうなのですね、それは心強いですね。」
急な話題の転換に、私はドキッとした。その話題は、触れられては困るものだった。
何故ならその女剣士は私なのだけれども、その正体は絶対に知られる訳にはいかなかった。
もし知られてしまったら、きっとお父様やお兄様に止められて、殿下と一緒に旅立てなくなってしまうから。
だから私は、あくまでも知らないフリをした。
それなのに……殿下の質問は、まるで私の反応を試すかのように次々と続いた。
「その人は仮面で顔を隠しているんだけど、背格好は君と同じくらいかな」
「まぁ、女性なら平均的なサイズですからね」
「髪も、君と同じ緋色の髪で、髪の長さもそうだね、丁度君と同じくらいかな」
「まぁ、親近感が湧きますわね」
「なんと名前も、アルナと名乗っているんだ」
「まぁ、私と似た名前ですわね!」
私はロキシード様の問いかけに、ひたすらすっとぼけ続けた。とにかく、このままいくしか無かった。
私が殿下の質問をはぐらかし続けていると、ロキシード様は、何か物言いたげに、にっこりと笑った。
「……なるほど、あくまでそういう態度をとるんだね」
「な、何のことでしょうか?」
殿下のどこか含みのある笑顔に対して、こちらも平然を装った、愛想いっぱいの笑顔で返す。
冷や冷やするこのやり取りが、どうか早く終わるようにと、私は心の中で祈った。
すると、私の祈りが通じたのか、ロキシード様は、何か諦めたような目で息を吐くと、また別の話題へと話を切り替えたのだった。
「まぁ、この件はこれ以上聞かないであげるよ。それより……今日は一体どんな勝負を用意してきたんだい?」
「えっ……?」
不意の質問転換に、私は戸惑ってしまった。
何故なら図星だったから。
(……しまった。今日は急な呼び出しだったし、黒龍討伐遠征の準備で頭がいっぱいだったから、何も勝負事を用意をしていないわ。何か……何か考えなきゃ……)
私がどう取り繕うべきか頭の中で必死に策を巡らせていると、殿下はわざとらしく微笑んで、さらりと追い打ちをかけたのだった。
「……まさか、何も用意してきてないなんて言わないよね?」
「も……もちろんですわ!」
殿下からの私を試すかのような物言いに、私は益々焦ってしまった。
焦って頭が真っ白になって……気づくと勢いだけで口を動かしていた。
「今日は……私と賭けをしましょう。」
「ほう?何を賭けるんだい?」
「殿下が、黒龍を討ち取れるかどうかです!」
私は苦し紛れにたった今思い付いたことを口にしていた。
だって、頭の中は黒龍討伐で一杯だったから、それが自然と口から出てしまったのは仕方なかった。
あまりにも不謹慎すぎる提案に、私は恐る恐る殿下の反応をうかがった。
すると、以外にもロキシード様はこの提案をお気に召したようで、満更でもない表情をされていたのだった。
「なるほど、黒龍討伐が賭けの対象か。うん、いいよ」
殿下に提案を快諾されて、私はホッと胸を撫でおろした。
「良かったですわ。この勝負受け入れていただけて」
「単純で分かりやすい勝負だからね。それじゃあ、僕が黒龍を討ち取ったら僕の勝ちだね」
殿下は自信に満ちた笑みを浮かべ、それがさも当たり前かのように言った。
しかし私は、その発言には異議を唱えざるを得なかった。
「待ってください、何言っているのですか?殿下が黒龍を討ち取れると賭けるのは私の方ですわ」
「は……?」
殿下の困惑した声色に、こちらは逆に何が問題なのか分からず首を傾げてしまった。
「だってそうでしょう?確率が高い方に賭けるのは当たり前でしょう?」
「いや、そうだけど……」
私の当然の理論に、殿下は軽くこめかみを押さえながらため息をついた。
「僕も、君も、僕が黒龍を討ち取れると思っているんじゃ賭けにならないじゃないか……」
「そう、ですわね……」
良い案だと思ったけれども、二人ともが同じ方に賭けていたら確かに勝負にならない。
私はどうにか別の案を捻り出そうと必死に頭を巡らせたが、良い考えは一つも浮かばなかった。
すると、困っている私を見かねてか、殿下が新しい勝負を提案をしてくれたのだった。
「じゃあ、こういうのはどうだろうか。僕が黒龍を討ち取って城へ帰還した時に、僕が”ただいま”と言うのが先か、君が”おかえり”と言うのが先か、それで勝負するのはどうだい?」
その勝負内容は実に単純明快で、それでいて殿下が黒龍討伐から無事に帰ってくることを前提としていて、とても今の私たちにピッタリな内容だった。
私は即座にその案に賛同した。
「良いですわね!!その勝負受けて立ちますわ!」
「うん、だからアディは僕を信じて待っていて。そして、一番に出迎えてくれると嬉しいな」
含みのある微笑を浮かべて、殿下はさらりと付け加えた。
そのお願いに、私は一瞬止まってしまった。
「…………分かりましたわ!」
「……今の間は何?」
「な、なんでもありませんわ!」
私は一瞬言葉に詰まってしまった。
何故なら、私も殿下と共に遠征に参加するから。
(……殿下より先に帰還して、何食わぬ顔で一番に出迎えれば大丈夫……よね?)
私は脳内で、討伐から帰還する時にいかにして隊から離れ、自分だけ先に帰るにはどうしたらいいかを考え始めた。
表面的には、殿下にバレないよう笑顔を保ったままで、なんとか取り繕った。
「そう、なら良いけど。……もう一度言うよ、アディはこの王都で僕の帰りを信じて待っていてね。くれぐれも、絶対に」
「も……勿論ですわ!!」
笑顔で強目に念を押されたことが、まるで私の計画が全てバレているかのようでとても怖かったが、私は必死に表情を崩さずにその場を耐えたのだった。




