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魔力が無いから王族とは結婚出来ないのに、王太子殿下が婚約者候補から外してくれません  作者: 石月 和花


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31. ネックレス

「ねぇアディ、お互いの用意した品物を交換しないか?」

「えっ?交換……ですか?」


 思ってもみない申し出に、私は瞬きをした。


(もしかして……殿下は会話玉が欲しいのかしら?)


 ふと、その可能性に思い至った。


 けれども、お父様が苦労して手に入れた品を、殿下の頼みだからといって簡単に手放してしまってよいのか――私はすぐに判断出来なかった。


「希少なものですから、お父様の許可があれば……」

「うん。じゃあ問題ないね。侯爵には後で僕から言っておくから」

「えっ?」


 殿下が笑顔で凄いことをさらりと言うのは、いつものことだった。

 つまり、侯爵である私のお父様でさえ、ロキシード様は有無を言わせないというのだ。


(そ……そこまでしてこの会話玉が欲しいのかしら……?殿下なら別の伝手でも手に入れられそうなのに?)


 私は若干戸惑いながらも、会話玉を殿下に差し出した。


「ロキシード様は、これを……どなたかと使うんですか?」


 会話玉は、離れた場所にいる二人が、それぞれの玉に魔力を込めることで会話ができる魔道具。つまり、魔力のない私には使えない代物だった。


 この魔道具で、離れた場所に居るロキシード様と会話出来たら素敵だな――そんな淡い願いも胸をよぎったが、それは叶わぬ夢物語だった。


「うーん。当面は研究用のつもりだけど……ここぞって時には大事な人との会話に使いたいかな」

「そうですか……」


 その”大事な人”が私ではないことは確実で、胸の奥が少し曇ってしまった。

 私は曇った顔を見られたくなくて、視線を下に落とした。

 

 すると……不意にロキシード様が立ち上がって、私の後ろに立たれたのだった。


「殿下?何をなさって……?」

「何って、ネックレスを着けるだけだよ。ほら、前を向いてじっとしていて」


 確かに交換するとは言ったが、まさか私がネックレスを身に着けることになるとは思ってもいなかった。それも、ロキシード様自らの手で――。


「アディルナ。似合うよ」

「あ……ありがとうございます……」


 殿下から装飾品をいただくのは初めてだった。


 私は自分の首に掛けてもらったネックレスをまじまじと見つめた。

 深い深い蒼色はまるでロキシード様の瞳のようで――


 ……いや、待って?コレ貰ってないな。物々交換だった。

 私は危うく勘違いしそうになったのを、慌てて正した。


「アディルナ、そのネックレスをあげておいて、こんなこと言うの悪いんだけど……」

「なんでしょうか?」


 私がネックレスに見入っていると、殿下は少し申し訳なさそうに口を開いた。

 そして、なんだかとても、頭痛の種になりそうなことを告げられた。


「それ、あまり人には見せないようにね?服の中に隠して身に付けておくんだよ。一応、王族が管理している宝石だから、見つかるとちょっと大変になるかもしれないからね」


 その言葉に、私は一気に焦った。


「そ……そんな希少な宝石、私には身に余りますわ!!会話玉はどうぞ殿下に差し上げますから、このネックレスは殿下にお返し……」


 私は慌ててネックレスを外そうとした。

 もし誰かに見られて窃盗を疑われたら……そう思うと怖くて、首の後ろに手を伸ばしたその瞬間――

 ロキシード様の手が、私の手をしっかりと掴んで止めてしまった。


「それはダメ。コレはアディに身に付けていて欲しいんだ」

「えっ……でも……」


 “こんな希少なもの、正しく扱える自信がありません”

 そう言おうとした、その時――


 ロキシード様は、私の耳元にそっと口を寄せて、物凄いことを囁かれたのだった。


「このネックレスを見た時に、僕のことを思い出してくれると嬉しい。だから君に持っていてほしいんだ」


 そんなことを言われてしまっては、それ以上は何も言えなかった。

 私は尋常じゃない位動揺し、耳まで真っ赤になりながら、真顔でコクリと頷いた。



***



「と、言うことがありましたの!お兄様、どう思いますか?!」


 その日の夜。


 私は、いつものように良き相談相手であるお兄様に、昼間の出来事を聞いてもらっていた。

 私が相談を持ちかけると、お兄様は決まって頭痛を覚えるらしく、今日も例にもれず、こめかみを押さえている。


「お前……それ、誰にも見せるなって言われてたんだろ?なんでそんな物を殿下の許可も無く僕に見せてくる??」

「誰にも見せるなでは有りませんわ。なるだけ人に見せるなです」

「同じだろう?!」

「いいえ、お兄様は家族ですから大丈夫です」

「……分かったよ。とりあえず話を続けて?」


 お兄様は、ひとつ息を吐くと、手振りで私に話を続けるように促した。

 なので私は、胸元のネックレスをそっと押さえ、昼間の出来事を思い返しながら、お兄様に相談を続けた。


「それで、お兄様。殿下に『このネックレスを見た時に、僕のことを思い出してくれると嬉しい』と言われたんです。コレってどういう意味だと思いますか?……ってお兄様?」


 見るとお兄様はいつもに増してぐったりとした様子で、両手で顔を覆い項垂れていた。私は慌ててお兄様に駆け寄った。


「お兄様、どうされました?!どこか悪いのですか?!直ぐにお医者様を――」

「いや、医者は要らない。……そんなことまで僕に知られてしまった殿下に、男として少し同情していただけだから……」


 お兄様が何を言っているのか、私にはまったく理解できなかった。


「殿下に同情って、何故です?」


 するとお兄様は、深く息を吐き、顔を上げると、とてもまじめな顔で私を諭したのだった。


「いいかアディルナ。そう言う秘め事は当事者間だけにしなさい。それか、せめて同性のフィオネに話なさい」

 

 けれども、私はお兄様が言わんとしていることが分からなかった。だから至極当たり前に普通の受け答えを返すしかなかった。


「……フィオネにはもう話してます。といいますか、その場に居ましたから」


 この受け答えははどうやら正解ではなかったらしく、お兄様は再び深く頭を抱え込んでしまった。けれども、直ぐに復活し、酷く疲れた様子を見せていたが、何かを観念したかのように私へ向き直った。


「……それで、アディが僕に聞いて貰いたい話ってのはそれで全部なのか?」


 その問いに、私は静かに首を横に振った。本当に聞いて貰いたいことはこの後に話すことだから。私は、努めて落ち着いて胸の奥にある烏滸がましい考えを、お兄様に伝えた。


「私、自惚れだとは思うのですが……時々、自分が殿下に好かれているのでは無いかと思うのです……」

「それは……」


 お兄様は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 そして一瞬だけ、私を憐れむような表情を浮かべると、すぐに視線を逸らした。


「……お前も分かっているだろうが、王族の婚姻は特別なんだ。たとえ殿下がお前を気に入ってたとしても、黒龍が倒されでもしない限り魔力の無いお前が選ばれる事は――」

「分かっています。覚悟もできています。でも……殿下にこのネックレスを頂いた事が嬉しくて、どうしても誰かに聞いて欲しかったんです」


 それきり、私たちは黙り込んだ。

 これ以上は何も言ってはいけない。

 ――そんな空気が、部屋に漂っていた。

 

 長い沈黙ののち、先に口を開いたのはお兄様だった。


「……派閥の均衡を崩さないためとはいえ、いつまでこんな酷い真似を続けるつもりなんだ……」

「お兄様、お言葉が。それに……きっともう直ぐ終わりますわ。」

「……そうだな」


 再び、部屋に重苦しい空気が流れる。


 もうすぐロキシード様は十八歳の誕生日を迎え、成人の儀が執り行われる。

 その折に、ついにロキシード様の婚約者が決まるとの噂が、世間ではまことしやかに流れていたのだった。

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