28. 覚悟と涙
「アディルナ、何を考え込んでいる?」
寄宿学校を後にして馬車で我がハルスタイン侯爵家へと向かっている途中、難しい顔で黙り込んでしまっていた私に、ロキシード様が声を掛けてきた。
黒龍が怖いと怯える子供たちの姿が脳裏から離れなくて、私はつい、一人考え込んでしまっていたのだ。
私は、恐る恐る殿下に尋ねた。
「……殿下、私ずっと気になってました。そもそも、なぜ王家は黒龍の封印を掛けなおさないのですか?前回の封印から今年で五十年です。通例ならとうに新しい封印を掛けている周期ですわ」
それは、なんとなく聞けないでいた疑問だった。
けれども、黒龍の封印を掛けなおしていれば今日のように子供たちが怯えることもないはずで、私はどうしても知りたかった。
私の言葉に、ロキシード様は、少し困ったように表情が固まった。
「……それを、知りたい?」
「えぇ、知りたいですわ」
私はロキシード様の顔をじっと見つめた。
いつものようにはぐらかされないように、強い意志を眼差しに乗せて目を逸らさなかった。
するとロキシード様は、小さく息を吐くと、とても真面目な顔で、重々しくその理由を語った。
「それは……今の王家では、封印の儀式をするのに一人足りないんだ」
その発言に、私の時が止まった。
え、これ、絶対に聞いちゃいけない奴だ。いくら私でも、すぐに分かった。
「私今、とんでもないことを聞いてしまいましたか?!」
「……聞いたのは君だよ。」
ロキシード様は少し呆れられた様子で、話を続けた。
「この儀式には女神イーオルヴの祝福を受けた王家の血を引く八人が必要だ。けれども、その資格を持つ叔父が出奔してしまって行方知れずで……」
「そんな状況だなんて、私知りませんでした……」
「まぁ、極秘事項だからね。」
気まずい空気が馬車の中に流れる……
私はたまらずに、自分の愚かな過ちをロキシード様に謝った。
「本当にごめんなさい、そんなことになっているとは知らず……。私、もっと早くに身を引くべきでしたよね……」
そう、私は王太子妃に選ばれることは絶対にないので、私がもっと早くに身を引いているべきだった。
そうすれば、今頃はリリエラ様かローゼリア様のどちらかが王太子妃になっていたかもしれなかったのに、私がロキシード様のお側に居たいという思いが捨てきれないから、ロキシード様が何も言わないのを良いことに、すっかり甘えてしまっていたのだ。
だから私は、唇をかみしめて、俯きながら殿下に伝えた。
……なのに殿下は、そんな私の言葉を受け入れてはくれなかった。
「はぁ?なんでそうなるんだ?!」
殿下の声には、驚きよりも呆れが強く滲んでいた。
普段は滅多に声を荒げない殿下の反応に、私は思わず肩を震わせてしまう。
「だって……儀式を出来る人間が一人いなくなってしまったのでしょう? ということは、早急にお世継ぎが必要なのではありませんか? 私……その邪魔をしてしまって……」
言い終えるより早く、ロキシード様は目を丸くし、次の瞬間には強い口調で私の考えを否定していた。
「なんで君の考えはそう飛躍するんだ!普通に考えて、居なくなってしまった叔父を探して連れ戻す手を打つだろう?!それに、血と魔力は弱くなってしまうが降嫁した叔母やその子供たちにだって一応は資格があるんだ。王家は、今八人目を誰にするかで揉めているんだよ!!」
「そ……そうなんですね……」
普段はみせないロキシード様の勢いに気押され私はたじろいだ。今までの長い付き合いの中で、ロキシード様がこんなにも感情をお見せになられたのは初めてだったので、私はとても驚いてしまったが、それでも、怯まずに意見を伝えた。
「それでも……やはり殿下は、早くリリエラ様かローゼリア様を婚約者に選ぶべきですわ。今のお話を聞く限り儀式を出来る人の数が少ないと思いました。なので……お世継ぎは早い方が良いと思います……」
これは、この国を想っての言葉。
十二歳のあの時から、自分の気持ちを押し込めて、自分自身に何度も何度も言い聞かせている言葉を、私は改めて口にした。
(……覚悟していたじゃない。だから、辛くないわ……)
私は胸の奥が痛むのを必死に堪えて、柔らかく微笑んでみせた。
そうしないと、想いとは裏腹に、この胸の苦しみに自分が負けてしまいそうだったから。
「あぁ、もう!そんなに言うんだったら君が――」
ロキシード様は、私の発言に益々声を大きくして反論を述べようとした。
けれど、ロキシード様は私の顔を見ると、発しかけていた言葉を呑み込んでしまったのだった。
「私が……なんですの?」
一瞬の沈黙の後、殿下は気まずそうに顔を逸らした。
それから、こちらを見ないようにして、言葉の続きを静かに口にした。
「君が……なんで泣くんだ……」
ロキシード様に言われるまで自覚がなかったが、私はいつのまにか自然と涙を流していたのだ。私は慌てて顔を隠した。
「……泣いてません。見間違えです」
こんな顔、ロキシード様にお見せ出来ない。
だってこんな顔を見せたら、本当はロキシード様が他の方と婚約するのを嫌だと思っている事を、悟られてしまうから。
だから私は急いで顔を背けたのだが、視界の端に映った殿下の横顔は、どこか痛ましげだった。
重苦しい沈黙が馬車の中に落ちる。
私は何か言わなければと必死に言葉を探したが、考えれば考えるほど言葉は形にならず、指の間から零れ落ちていった。
そんな中、同じように黙ってしまっていたロキシード様が、視線を外しながら淡々と私に言い聞かせたのだった。
「……とにかく、今の会話はなかったことにする。僕が話した事も、君が言ったことも全部忘れるんだ。いいね?」
「……分かりましたわ」
私たちの会話は、ここで本当に終了した。
馬車は静かに進み、ハルスタイン侯爵邸が近づいてくる。
ほんの少しの残された時間を、私たちは沈黙したまま過ごした。




