26. 寄り道
殿下に手を取られ、私はそのまま街の大通りへと歩き出した。
行商人で行き交う大通りは人通りが多く、殿下は私がはぐれないようにと自分の側に引き付けて、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくださった。
ふと、露店から甘い焼き菓子の香りが漂ってきた。
それは小麦粉と砂糖を練った生地を油で揚げたお菓子を、食べ歩きがしやすいように紙で包んで売っている露店だった。
つい、私はその店を目で追ってしまった。
すると、それに気づいたロキシード様が私に声をかけたのだった。
「アディ、あれが食べたいの?」
「い……今は勝負中ですわ!まぁ、それが殿下の答えならば食べますが……」
確かに食べたかった。だっていい匂いなんだもの。
だけれども今は真剣勝負中なのである。だから目的の場所でないところに寄り道など出来な――
「アディは難しく考えすぎだよ。ほら、口を開けて」
いつの間にか、ロキシード様は露店で焼き菓子を買われていて、それを私の口元に寄せている。
「いつの間に?!」
「君が何か難しく考えている間にかな。ちなみに、ここが目的地ではないからね。ちょっと寄っただけだよ。ほら、食べなよ」
私は恥ずかしくて逃げ出したくなったが、手はがっちり繋がれているから逃げられない。私は観念して、殿下の手から一口焼き菓子を食べたのだった。
「……美味しいですわ」
確かに、その焼き菓子はとても美味しかった。甘すぎず、外側がさっくり、中がふんわりの二つの食感の違いも楽しめて、風味も豊かで、私の大好きな味だった。
一口食べたのなら、もう後は同じだと開き直って、私は、二口、三口と殿下の手から焼き菓子を食べた。
殿下は、とても満足したそうな笑みを浮かべていらっしゃった。
「アディ、美味しい?」
「えぇ、とても美味しいですわ。ありがとうございま……?!」
こんな形だけれども、私が食べたかったお菓子を買ってくれたことにお礼を言おうとして私は固まってしまった。
だって、私が食べていた焼き菓子の残りを、目の前で殿下が食べてしまったのだ。
「ん……確かに美味しいね」
「で……殿下……そ……それ、私の食べかけ……」
「ん?」
私は酷く動揺しているのに、殿下は全く持っていつも通りだった。私がひとりで勝手に赤面している間も、殿下は何事もなかったかのように歩いていた。繋いだ手はずっと熱くて、きっとロキシード様にもこの動揺が伝わってしまっていただろう。
(どうして殿下は、あんなことを……)
歩きながら私は、ずっとぐるぐると考えていた。そして、ついに答えにたどり着いたのだった。
(あ……そうか、毒見だわ!殿下は私を毒見に使ったのね!!)
そうと分かると、今度はさっきまで狼狽えていた自分が恥ずかしくなって、私はひたすら下を見て歩いた。
やがて大通りを抜け、少し静かな通りへ入ると、街の喧騒が遠ざかり、落ち着いた空気が流れ始めた。
そして――角を曲がった先に見えた建物に、私は思わず息を呑んだのだった。
「殿下、ここは……」
「僕たちが作った寄宿学校だよ。アディはいつも、ここの子供たちの事気にしているからね。」
殿下が連れてきてくれた場所は、身寄りがない子や、親が育てられない子供を集めて簡単な労働をさせながら生きるのに必要な技能を教える……私とロキシード様で作った、恵まれない子供を救う為の施設第一号だった。
確かに、私が行きたかった場所はここである。
殿下は迷うことなく、簡単に正解を当ててしまった。
「せ……正解ですわ……」
「……悔しそうだね」
「えぇ、悔しいですわ!なんで分かるんですか!!」
まさか一回で正解に辿り着いてしまうとは思ってなかったので、私は驚いて他に言葉が出なかった。
「僕は君の事を良く見ているからね。」
微笑と共に向けられたその言葉に、胸の奥がふわふわした。
悔しいはずなのに、同時にどうしようもなく嬉しくて、複雑な気持ちだった。
私は視線をそらしながら、頬が熱くなるのをごまかすように言った。
「私……そんなに分かりやすくないと思うのに……」
すると殿下は、信じられないといった感じでこちらを見たのだった。
「それ、本気で言ってるの?君は……かなり分かりやすいよ?」
「えっ?!そ……そうなのですか?!」
殿下の言葉を、私は思わず聞き返してしまった。
だって自分には、そんな自覚がなかったから。
けれども殿下には、私の態度はとても分かりやすかったようで、クスリと笑いながら、私が気づいていない癖を指摘しだした。
「うん、アディは分かりやすいよ。君は嬉しい時は目が輝くし、悲しい時は口数が減るし、今みたいに動揺している時は……目線が合わないよね」
ロキシード様はわざと私の目を見つめながらそう言った。
そんなこと言われてしまっては、私は目線を外せなくなった。
「ど……動揺などしてませんわ!!」
私は、殿下の目をじっと見つめて言い返した。恥ずかしくて顔中が熱く、耳まで真っ赤だったと思うが、ここで目を逸らしたら負けだと思って、私は耐えた。
そんな私の反応を楽しむように、殿下は目を細め、満足げに微笑んでいた。




