21. 候補者失格
窓から逃げ出した私の前に立ちはだかったのは、まさかのロキシード様で、私は思わず怯んでしまった。
一瞬、殿下の雰囲気に飲まれそうになったが、よく考えると何も後ろめたいことはしていないので、私は毅然と殿下に状況を説明した。
「ロキシード様、私分かってしまったんです。私、お父様とお母様の子じゃなかったんです!!だから、この家を出て行かなくてはならないんです!」
改めて自分の口でその事実を言葉にすると、耐えられなくなって私はポロポロと泣いてしまった。
ロキシード様は私の発言に困惑したようで、笑みこそ崩さなかったが、次の発言までに一瞬の間があった。
「そんな訳ないだろう。僕の婚約者候補に選ばれているんだから、その辺の調査はしっかりやってある筈だよ」
「ですが、私には魔力が無かったんです!!お父様とお母様の子なら、そんな事ありえません!!!」
「魔力が……無い?」
私の魔力が無いと聞いて、ロキシード様は目を丸くして驚いていた。思えば殿下のこんな驚いた顔を見たのは、この時が初めてだった。
殿下が何かを言おうとしたその時――
「「アディルナ!!」」
騒ぎを聞いたお父様とお母様がこちらに駆け寄って、私のことをギュッと抱きしめた。
「お、お父様、お母様……」
「ウォーグルから聞いたよ。家を出るなんて、なんて馬鹿な事を考えるんだ」
「だって私、魔力……魔力が……」
お父様とお母様にぎゅっと抱きしめられながら、私は涙が止まらなかった。
ちゃんとお話ししたいのに、涙で言葉がうまく出ない。
「魔力が無くたって、正真正銘お前は私たちの娘だよ」
そう言ってお父様は更にぎゅっと抱きしめてくれて、お母様も背中に手を優しく添えて下さった。
「わ……わたっ……私本当に、おっ、お父様とお母様の……こっ、子供なの?」
「あぁ、そうだよ。私の可愛いアディルナ。」
その言葉を聞いて、私の涙はいよいよ止まらなくなった。お父様の胸の中で、私は小さい子供のようにわんわん泣いた。その間お父様とお母様は、私の頭や背中を撫でて慰めてくれた。
しばらく泣き続け、ようやく私が落ち着くと、お父様は、ずっと見守っていたロキシード様に深く頭を下げ、謝罪を入れた。
……そう、ロキシード様はずっとそこに居たのだ。
「殿下、大変失礼いたしました」
思えば、王族を外で立ちっぱなしにさせて、その目の前で家族間のもめごとを繰り広げるというとんでもないことをやらかしていた。
けれども、寛大な殿下は、自身が後回しにされたことについては全く気にしていなかった。彼はもっと、別の事を気にしていたのだ。
「あぁ、いいよ。それより……アディルナ嬢の魔力が無いというのは本当なのかい?」
ロキシード様は笑顔こそ保たれていたものの、いつもの柔らかい雰囲気とは異なり、静かだけれどもどこか張り詰めた空気を漂わせていた。
その雰囲気は、お父様さえも威圧していた。
「……本当です……」
「そうか……」
お父様がそう答えると、まるで何かに落胆したかのように、ロキシード様の表情が曇った。
ここで私はハッとした。
この国では、魔力が高くないと王族に嫁げないのだ。
だから私は、ロキシード様の婚約者候補として失格となってしまうことに気が付いてしまった。
(もしかして殿下も、それに気づいたから難しい顔をされたの……?)
婚約者候補から外れたら、今のように気軽に会うこともできなくなる。
私はそれを悟って、泣きそうになった。
(もう、ロキシード様と会えなくなるなんて……)
せめて最後に少しでもお話ししたいと思い、私は泣きたいのを堪えた、祈るような気持ちで殿下に声をかけた。
このまま、終わりたくなかったから。
「あの、ロキシード様――」
けれども、そんな私の淡い願いは、殿下によって遮られてしまったのだった。
「あぁ、僕の事は気にしなくていいよ。今日はご両親とちゃんと話し合って。また日を改めるから。……でもこれだけは……アディルナ嬢、お誕生日おめでとう」
そう言ってロキシード様は侍従に持たせていた花束を私に下さったのだった。
「まぁ、殿下!娘のために有難うございます。ほら、アディルナも殿下にお礼を言いなさい」
お母様にそう促されたけれど、突然のことに、私は上手く言葉が出てこなかった。
「あ……あの、わ……私……」
殿下から花束を貰えたのは嬉しい。けれど、殿下ともう会えなくなるのは悲しい。そんな思いが入り乱れて、私の感情はぐちゃぐちゃだった。
私が泣きそうになるのを必死に我慢して何も言えないでいると、殿下は少し悲しそうに微笑まれて「じゃあね」と言って帰ってしまわれたのだった。
(滞在予定時間はとうに過ぎている。殿下は多忙な身だから仕方のないこと……だけど……最後だったのに……!)
遠ざかる殿下の背中を見つめながら、私はまたポロポロと涙をこぼしていた。
今日話せなかったら、もう、いつもみたいに気軽に話せなくなってしまう。
私はこの辛い現実に、何も言わずに静かに泣いていた。
(私は魔力が無いからきっと婚約者候補から外されるわ……だから、こうして気軽に話せるのは、きっと今日が最後だったのに……)
泣き続ける私の背中を、お母様はそっと撫でてくれたのだった。




