2. 辛くて甘い、二人の時間
「……これは一体?クッキー?君が作ったのかい?」
「いいえ。公平を期すために、うちのシェフに作らせましたわ!」
「うん??」
目の前に出されたクッキーに、意味が分からないといった顔をしている殿下を見て、私は心での中で手を叩いて喜んだ。
(やったわ!この展開にはロキシード様もついて来れていないみたいね)
うん。ここまでは順調だ。
この調子なら今日こそ殿下に『参った』と言わせられるのではないかと、私の胸は期待で高まっていった。
「いいですか殿下。今日はこのクッキーで勝負ですわ!」
「全く意味が分からないけど、一応説明を聞こうか」
「えぇ。こちらは最近使用人たちの間で流行っている遊びなのですが、なんとこのクッキーの中に一つだけ、激辛のピリリの実が入っているのです!それで、クッキーを交互に一枚ずつ食べて行って、激辛クッキーを食べた方が負けなんです。どうです?面白そうでしょう?!」
私は胸を張って説明を終えた。
これは完全に運勝負だ。
これなら、何でも完璧にこなせる超人のロキシード様でも勝率は五分五分だ。
だから今日こそは絶対に勝つと意気込んでいたのだけれども、そんな私のやる気とは裏腹に、彼は少し困ったように笑うと私の提案をあっさりと退けたのだった。
「面白そうだけど、いくら君の持ってきた物でも、得体の知れない物は口にできないかな」
それは王太子として当然の判断だった。
だけれども――勿論、そんなことは想定済みで、その辺りは抜かりなく対策済みなのだ。
「あ、それなら大丈夫です。全部ちょっとずつ削って、毒見はしてもらってありますから」
私はにっこりと笑って、彼にそう告げた。こうなることは予測済みだったので、先回りさせてもらっていた。
(どうですロキシード様?!今日の私は一味も二味も違いますわよ!!)
殿下にクッキーをいかにして食べてもらうか。この難題がクリア出来たので、私はこの勝負の勝ちを予感した。
(なんだか今日は、いけそうな気がしますわ!)
今、天は私に味方をしている。
毒見役がクッキーの一枚を食べた時に、あまりの辛さに悶絶したため、危うく毒と勘違いされそうにはなったが、殿下とちょっとしたゲームをするのだと説明すると、臣下の皆さまも見逃してくれたのだ。
(そうよ、臣下の皆さまだってロキシード様の慌てふためく姿を見てみたいのよ。……彼らのその想いはしっかりと受け取ったわ)
私は、使用人たちの想いを勝手に胸に抱き、もう一度、ロキシード様に迫った。
「さぁ、殿下が懸念されている毒見問題は解決済みですわ。私と勝負です!」
「まぁ、君がそう言うのなら、付き合ってあげようじゃないか」
そう言って、ロキシード様はいつものように楽しそうに笑うと、手前からクッキーを一つ摘まんで、何の躊躇いもなく口に頬張ったのだった。
「うん。甘さ控えめで素材の味が生きていて、中々美味しいね」
「ええ、それはもう、殿下の好みに合わせて作らせましたから。……じゃなくてですね、どうしてそんな迷いなく食べるんですか?激辛ですよ?!」
彼のあまりの思い切りの良さに、私の方が思わず動揺してしまった。
違う、こんな筈じゃない。
ここはもっとこう、激辛クッキーに怯えながら慎重に選ぶはずなのに、殿下のこの余裕有り有りの態度は、まるでいつもと同じではないか。
私は思っていたのと違う殿下の態度に内心狼狽えていたが、しかし、殿下の方は平然としていて、いつも通りの様子で優雅にクッキーを食べているのだ。私は納得がいかなかった。
「どうして食べたのかって……君が食べるように勧めたんじゃないか」
「ですが、激辛クッキーが混ざっているのですよ?!何故躊躇しないのですか?!」
「それは、このクッキーがとても美味しそうに見えたからだよ。ほら、君も食べたらいいよ」
「いっ……言われなくても次は私の順番ですからね」
予測と違う態度を見せる殿下に、私は内心取り乱していたが、その動揺を悟られまいと、彼に勧められるままに、クッキーを一枚摘まんでパクリと口に頬張った。
「……あら、本当だわ。甘さ控えめでとっても美味しいわ」
「うん。香ばしくて焼き加減も丁度良くて紅茶によく合うね」
「えぇ、本当ですわ。この紅茶と一緒に食べるとまた味わいが変わりまして……」
そのあまりの美味しさに私は一瞬勝負事など忘れてしまいそうになっていた。しかし、そんな私の様子 を殿下がフフッと笑ったのに気づき、我に返った。
「じゃなくて!確かに紅茶もクッキーも美味しいですけれども、これは勝負ですわ!さぁ、私は食べましたので、次はまた殿下の番ですわ!」
「そうだったね。これは勝負事だったね。君があまりにも美味しそうにクッキーを食べるものだから忘れてしまうところだったよ」
「私の事はいいから、一枚選んで下さいませ!!」
殿下はいつもこうやって私をからかっては、余裕綽々で笑うのだ。
そう、いつもの事ではあるのだけれども、私は彼のペースに乗せられまいと、恨めしい顔でロキシード様に抗議の意を示すと、クッキーの並べられた皿を彼の前に押し出して、こちらのペースに引き戻した。
「さぁ、選んで下さいませ」
こうして私は、次のクッキーを選ぶようにロキシード様に迫った。クッキーは残り六枚。確率は六分の一だ。
(ふふ、六分の一で激辛クッキーですものね。流石の殿下も慎重にならざるを得ませんわ)
私は、殿下の余裕な態度が崩れると期待していた。
……が、しかし。ロキシード様は、またしても手前からクッキーを一つ摘まむと、躊躇なくヒョイと口に頬張ったのだった。
「うん、美味しいね。」
にっこりと爽やかに笑うその笑顔は、どう考えても激辛クッキーを食べている顔ではない。
私はその笑顔にくやしさを感じながらも、負けじと二枚目のクッキーを摘まんだ。
すると、ロキシード様が「あっ」と小さく声を上げたのだった。
「アディ、本当にそれでいいの?」
「な、なんですの?!心理戦ですの?揺さぶりですの?そんな初歩的な手には惑わされませんわ!!」
「いや……まぁ君がそれで良いのなら、何も言わないよ」
何やら不穏なことを口にするロキシード様の態度に、私は少し怖気づいてしまったが、一つ深呼吸をして気持ちを整えると、私は自分の直感を信じて、手にしたクッキーを一口で頬張った。
すると……
「辛いっ!!!!!」
口の中はやけどでもしたかのように熱く燃え上がり、私は思わず悲鳴を上げてしまった。
私は涙目になりながら、必死で目の前の紅茶を飲み干していた。しかし、紅茶を飲み干しても、口の中がまるで火事のようにヒリヒリ、ヒリヒリと辛いままで、私の悶絶は続いた。
そんな私の様子をロキシード様は声を押し殺して笑いながらも、侍女を呼んで至急水差しを持ってくるように指示を出してくれたので、私は追加の水を受取ると、それを一気に飲み干して、なんとか言葉を喋れるくらいにまでは回復したのだった。
「だから、それでいいのって言ったのに」
「なぜ、何故ですの?!何故殿下は分かったのですの?!」
「うーん。匂いとか?なんとなくそのクッキーだけ違和感があって」
そうは言っても、そんなの普通の人間には分かりっこなかった。
そんな芸当が出来るのは、完璧王子の異名を持つロキシード様くらいなのだ。私は悔しさに歯噛みしながらも、殿下のその鋭い観察眼に今日も白旗を揚げざるを得なかった。
「く……悔しいですわ。今日も、ロキシード様を負かすことは出来ませんでしたわ……」
「まぁ、僕としては大いに楽しませてもらったけどね。ほら、まだ口の中が辛いだろう?これを食べると良いよ」
そう言って殿下は、残っていたクッキーを摘まむと私の口元に運んだ。
(こ……これは……!!)
殿下の突然の行動に私は固まってしまった。だって異性に食べ物を食べさせてもらうなんて、相当親密な関係じゃないとできない事だから。なのに殿下はこうやって時々私に物を食べさせようとするのだ。
そんな恥ずかしいこと、当然私にはできなかった。
「そんな餌付けされるような真似出来ません!自分で食べれますわ!!」
私は殿下の手を押しのけて、自分でクッキーを摘まもうと手を伸ばした。……しかし、ロキシード様はクッキーの皿をひょいと持ち上げて、私の手元から遠ざけてしまったのだった。
「なるほど、餌付けか。ほら、アディ。食べてごらん?」
先ほどよりも更に良い笑顔で、ロキシード様は私の口元にクッキーを運んでくるので、私は観念してロキシード様の手から一口クッキーを食べた。すると殿下は、とても満足したような顔をされたのだった。
にっこり笑いかけてくれる素敵な王子様。勉学も、礼儀作法も、武芸も……なんでもできる完璧な王子様。
私は、この王子様の事を心から敬愛し、お慕いしていた。
……そう、敬愛しているからこそ、私はロキシード様を負かしたいのだ。
そもそも、王族に対してこんな不敬とも捉えかねない狼藉を働いても咎められないのには訳があった。
それは、私たちが子供の頃にした特別な約束が理由だった。
「私、諦めませんから。いつか絶対、ロキシード様に『参った』と言わせてみせますわ!」
「そうかい、楽しみにしているよ」
私とロキシード様の、この少し変わったお茶会は、今から七年前が始まりだった。




