18. 芽生えた想い
「……ところで殿下、やっぱり私に対して謝るのはおかしいです。殿下は私に対して謝るようなことを何もしていませんもの。」
私は、殿下が私にも謝ったことを見過ごせなかった。だって王族はそんなに簡単に頭を下げちゃいけないはずだ。それにやっぱり、殿下は私に対して謝るような事を何もしていない。だからは私は、ずっと腑に落ちなかった。
「いや、僕がもっと上手くやれたら、あの子もあんなに怒らなかったかもしれないし、そうしたら君も嫌な思いをしなかったかもしれないじゃないか。」
「そんなことないと思います。それに、やはり殿下は目下の者に頭を下げるべきではありませんわ。」
「もちろん公の場では心得ているよ。でも私的な場では人として謝るべき事にはちゃんと謝りたいと思ってる。それは身分なんて関係なく、人として大切な事だと思うから。それに君の事は対等な関係だと思っているよ。」
「対等……ですか?私一度も殿下に勝てたことありませんけど。……今日も完敗でしたし」
その言葉に、私ははて?と首を傾げた。
(対等って、同等かそれ以上の能力を持つ者同士のことでは……?今まで一度も勝てていない私が殿下と対等なんておこがましいのでは??)
私は、つい下を向いて考えこんでしまった。すると、ひょいと顔を持ち上げられて、口に何かを押し込まれたのだった。
「ほら、これを食べて元気をだして。」
そう言いながらロキシード様が、私の口に、蜜掛けドライチェリーの実を一つ
押し込んだのだ。
「これ、私が買った物ですわ!」
「君が食べないと、僕が食べれないからね。」
「私を毒見に使いましたわね?!」
ロキシード様は私の反応にくすりと笑うと、自分も袋から一粒摘まんで口に運んだ。
「うん、甘くてそれでいてちょっと酸っぱくって美味しいね。初めて食べたけど、これ好きだな。」
「あら、そうなのですね。」
私が用意した物でロキシード様が知らなかった事なんて初めてなので、それを聞いて、私は少し得意げになった。
「ま、まぁ勝負には負けましたけれども、殿下の知らない食べ物を用意したのだから、今回は限りなく勝ちに近い敗北ですわ!」
「理論が全く分からないけれど、……そうだね?」
「なぜ疑問形なんです?何が分からないのですか?」
「しいていうなら、アディの思考回路かな。まぁ、アディが楽しそうだからそれでいいよ」
私は少し釈然としない気持ちになったが、殿下は直ぐに話題を変えてしまった。
「それにしてもこんな食べ物を良く知っていたね。君は存外庶民の生活に詳しいんだね。」
「えぇ、まぁ。私付きの侍女見習いがおりまして。その子から色々教えてもらうんです。知らない事ばかりで楽しいですよ。」
「うん。身分に関係なく分け隔てなく付き合えるのは良いことだと思うよ」
それからは二人で蜜掛けチェリーを食べながら、家に着くまでの間他愛もないことを話した。
「それにしても、アディは随分と美味しそうに食べるね」
「当たり前ですわ、美味しいんですから自然とそうなりますわ!」
私がチェリーをパクパク食べてる様子を、殿下が面白がって見ているので、さっきから若干食べづらい。
なんでそんなにこちらを見るのか気になったけれども、それよりも、私にはもっと気になっていることがあるのだった。
思い切って、その疑問を殿下にぶつけた。
「……ところで、いつまで殿下は私のことアディって呼ぶのですか?もう街中じゃないから良いのでは?」
そう、もう商人の子供の振りをする必要な無いはずなのに、いつまでもロキシード様は私の事をアディと呼ぶのだ。アディは愛称だから家族以外から呼ばれたことはなく、さっきからずっと、むず痒かった。
「僕にそう呼ばれるのは嫌かい?」
「嫌ではありませんが……恥ずかしいです。」
「そっか。でも嫌じゃないならいいよね。アディルナよりアディの方が短くて言いやすいし。」
「お……お好きにしてください!」
私は気恥ずかしさから一度顔を背けたが、強い視線を感じて、ゆっくりと顔をそちらに戻す――すると、ロキシード様と目が合ったのだった。
殿下は、いつもとは違う。もっと柔らかく優しい笑みでこちらを見ていた。
「アディ、色々あったけど今日は楽しかったかい?」
「あの事件は、確かにあまり良い出来事ではないですが、それ以外の二人で市場を見て回ったり、今もこうして蜜掛けチェリーを食べながらおしゃべりするのは楽しかったですわ」
「良かった。君の今日の想い出が、嫌な記憶のままで終わらなくて。僕も楽しかったよ。」
その一言で、私の胸はドクンと高鳴った。
確かに、馬車の中でロキシード様とお話ししているうちに、私の中のもやもやした気持ちはすっかり小さくなっていたのだ。
(もしかして殿下は、私の事本当に心配して気遣ってくださったの……?)
それに気づいて、私の頬は一気に熱くなった。
だって、最初に会った時は定型的な会話しかしなくて、婚約者候補の一人としか認識してくださらなかった殿下が、今は私アディルナ個人をちゃんと見てくれているのだ。
それだけではない。いつの間にかロキシード様は、張り付けたような優等生の笑顔以外の心から笑ってるような笑みも見せてくれるようになっていた。
こんなに嬉しいことはなかった。
(あぁ……私やっぱり、この方の隣に立ちたいな)
この国の王妃になりたいのではない。
私は、ロキシード様の隣に立ちたいと強く思った。
(……殿下に”参った”と言わせるなんて、もう止めようかな。ちゃんとした令嬢として振る舞わないと、きっと選んで貰えないから……)
婚約者候補の令嬢は私を入れて三人。ロキシード様に気にかけて貰えるようになったのは大きいけど、王太子殿下の婚約者は殿下の一存だけで決まるわけではない。そこには、様々な大人たちの思惑が絡んでるとお兄様が言っていた。
だから私は、誰から見ても完璧な令嬢になるべく、勝負は今回で終わりにすると伝えようと口を開いた。
……その時だった。
「ロキシード様、私……」
「あぁ、そうだ。次は何の勝負をするのかな?楽しみにしてるよ」
私が言葉を言う前に、ロキシード様が先に、”次の勝負を楽しみにしている”と言われてしまったのだ。殿下は、私が仕掛ける勝負を心底楽しんでおられた。
(……撤回できなくなってしまったわ!!)
期待に満ちた瞳で見つめられ、私は完全に後に引けなくなった。
「えぇ、期待していてくださいませ。とびっきりの勝負をご用意させていただきますわ!」
「うん、期待しているよ。今までにない斬新なやつを頼むよ。」
そうして馬車はハルスタイン家へ到着し、私たちの初めての外出は幕を閉じた。
それは、二人にとって忘れられないほど印象深い一日だった。




