表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力が無いから王族とは結婚出来ないのに、王太子殿下が婚約者候補から外してくれません  作者: 石月 和花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/59

15. 少年の怒り

 ロキシード様の命令を受け、少年を押さえていた護衛は手を放したが、自由になったはずの少年は、その場に立ち尽くしたまま動かなかった。


 解放されたという実感が追いつかず、ただ呆然と目を泳がせているのだ。


 そんな少年に向けて、ロキシード様はすっと手を差し伸べ、にっこりと微笑んだ。


「ほら、君。アディの巾着を拾ってくれてありがとう。こちらで受け取るよ」


 その笑顔は、どんな相手にも変わらず向けられる“王子様の微笑み”だった。

つい先ほどまでの鋭い眼光も、冷たい声音も跡形もなく、完璧なロキシード様へと戻っている。


 ――切り替えの早さに、私は思わず戸惑ってしまった。


 上に立つ者として必要な資質だと頭では分かっている。

 けれど、あまりにも自然に、あまりにも滑らかに表情を変えるその姿に戸惑って、私は複雑な顔でロキシード様を見つめた。


 そして――私以上に複雑な顔をしているのは、ほかでもない少年だった。

 警戒と困惑と恐怖が入り混じった瞳で、ロキシード様をじっと見つめている。


「さぁ、巾着をこちらに渡して」


 柔らかな笑みを浮かべたまま差し出される右手。

 けれど少年は、まるで罠を疑う小動物のように身を固くしていた。

 その戸惑いは、傍から見ても痛いほど伝わってくる。


「あ……貴方、ここは逆らわずに巾着を渡した方が身の為ですわよ」


 どうしていいか分からず固まっている少年があまりにも不憫で、私は思わず助言を口にしていた。


 その一言が背中を押したのか、少年はしばらく眉を寄せて考え――

 そして、不服そうに顔を歪めながら、巾着を乱暴に叩き返した。


「これでいいんだろっ!!」


 睨みつけるように吐き捨てる少年。


 だけれどもロキシード様は、まるで気にも留めていないように穏やかな笑みを崩さず、叩きつけられた巾着を受け取った。


 そして今度は私の方へ向き直り、丁寧に一言添える。


「ごめんね、アディ。中を開けるよ」

「え? えぇ、どうぞ?」


 突然の問いかけにびっくりしたし、ロキシード様の意図は分からなかったが、見られて困るものは入っていないので、私は素直に頷いた。


「な、なんだよ! 何も盗ってねぇよ!! 疑ってんのかよ!!」

「疑ってなんかいないよ」


 少年の荒い声を軽く受け流しながら、ロキシード様は巾着の中を探り――さっき買った乾燥チェリーを半分と、数枚の銅貨を取り出すと、それらを少年の手にそっと乗せたのだった。


「ほら、拾った人へのお礼だよ。礼儀だからね」


 ロキシード様は柔らかな微笑みで慈悲を与えた。


 けれども少年は、まるで理解が追いつかないといった顔で固まってしまった。


「……どうして……」


 少年は震える声で呟き、私とロキシード様の顔を交互に見比べる。

 

 無理もない。捕まると思っていたはずが、まさか“お礼”を渡される展開になるなんて、想像すらしていなかっただろう。


「どうして、か……そうだね。どうして彼を許したんだい?」


 ロキシード様は、少年の疑問をそのまま私へと投げかけた。彼が少年を罪人にしなかったのは、私が願ったからで、その理由を私に問うのは当然だった。


 突然の質問に少し驚きつつも、私は素直に自分の心を答えた。


「どうしてって……鞭で打たれるなんて可哀想だから。それに、妹さんがいるのに離れ離れになるのも、かわいそうだと思ったの」

「だ、そうだよ」


 ロキシード様がにこやかに私の言葉を少年へと伝える。

 けれども少年は、その言葉に感謝するでもなく、むしろ顔を歪めたのだった。


「……なんだよ、金持ちが気まぐれで同情かよ……」


 吐き捨てるような声。

 その瞳には、はっきりとした怒りと憎しみが宿っていた。


 こんなにもあからさまな敵意を向けられたのは初めてで、私は言葉を失ってしまった。


 けれどロキシード様は、怯むことなく静かに言葉を重ねる。


「そうだね。でも、その気まぐれのおかげで君は助かったのだから、彼女に感謝するんだね」


 しかし、その言葉も少年の心には届かなかった。


「感謝なんかしねーよ!大体、俺たちがこんな暮らしなのは金持ちのせいなんだからな!!金持ちばっか良い暮らししやがって!!むしろお前たち金持ちが、俺らに感謝しろよっ!!!」


 少年は怒りをぶつけるように叫び、悔しげに顔を歪めると、そのまま背を向け、全力で駆け出していったのだった。


 私は、走り去る背中に何も言えなかった。

 何を言えばいいのか分からなかった。


 そんな中、私の横でロキシード様が小さく呟いた声が聞こえた。


「……ごめんね」


 その声は、風に溶けてしまいそうなほど小さくて、きっと私にしか聞こえていない。


(ロキシード様……どうして謝るの……?)


 王族が平民に謝るなんて、本来あり得ないことだ。

 だからこそ、その一言の意味が分からず、胸の奥がざわついた。


 私は横目でロキシード様を盗み見る。

 彼の横顔は、どこか悲しげで……その理由を知りたいと思ったけれど、聞く勇気は出なかった。


 私は、殿下と二人で遠ざかっていく少年の背中を黙って見送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ