14. 少年と罰
私の巾着を盗んだ犯人として連れてこられたのは、瘦せ細った少年だった。
骨ばった肩は小刻みに震えているのに、目だけは獣のように鋭く、追い詰められた野生動物のように歯を食いしばっている。
――怖いのに、必死に強がっている。そんなふうに見えた。
「……それは、君の持ち物ではないよね? 彼女に返しなさい」
ロキシード様は、いつもと変わらぬ柔らかな微笑みを浮かべていた。
けれど、その声は冬の刃のように冷たく、空気を震わせる。
それでも憲兵に突き出す前に弁明の機会を与えるあたり、彼なりの慈悲なのだろう。
普通なら、こんな場面で“優しさ”なんて出てこないのに。
だが少年は、そんな殿下の慈悲を踏みにじるように、強く叫んだのだった。
「違う! これは俺のだ! 俺の持ち物だ!!」
少年の反応に、ロキシード様は形の良い眉をピクリと動かしたが、声を荒げることなく、淡々と問いかけを続けた。
「……盗みだけでも重罪なのに、嘘をつくとさらに罪が重くなるよ。違うと言うなら、証拠を見せてごらん」
「……」
しかし少年は頑なに沈黙し、ただロキシード様を睨み返すばかりだった。
張り詰めた空気が、肌に刺さるように痛い。
私は息を呑み、ただ二人を見守ることしかできなかった。
「ねぇ……あの子、どうなっちゃうの?」
盗みが悪いことなのは分かっている。
でも、法律に詳しくない私は、不安に駆られて近くの護衛兵にそっと尋ねた。
「侯爵令嬢である貴女様に刃物を向けたのですから、鞭打ちは免れませんね。三十回ほどでしょう。それから牢で二、三年の労役かと」
「そんな……あの子、私と同じくらいの年齢ですのよ?!」
「子供であろうと、法律は法律です」
兵士の淡々とした言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。
目の前の少年は、鞭一発で折れてしまいそうなほど細い腕をしているのに。
(確かに盗みは悪い。でも……鞭打ちに労役なんて、この子が耐えられるの?)
自分がされたことよりも、少年の行く末の方が心配になってしまっていた。
「俺……牢に入れられるのか……?」
さっきまで黙っていた少年が、青ざめた顔で震える声を漏らした。
どうやら、私たちの会話が聞こえていたらしい。
ロキシード様は少年の怯えに気づき、淡々とした声の奥に、ほんのわずかな哀れみを滲ませて答えた。
「そうだね。さっき聞こえた通り、二、三年は出てこられないかな」
「そんな……悪かったよ! 返すから! これ返すからいいだろ!!」
「うーん……良くはないかな」
ここまでは、ロキシード様は優しく丁寧に対応していた。
――ここまでは。
気づけば、彼の顔から微笑が消えていた。
殿下は少し低い声で、少年に問い返す。
「……そもそも、どうしてアディを狙ったんだい?」
その声音に、背筋がひやりとした。
少年の見た目から、ただの物盗りだと思っていた。けれど、もし私自身が狙われていたのだとしたら――。
私は緊張で喉が渇き、少年の返答を待った。
「そいつが露店で蜜掛け乾燥チェリー買ってたからだよ! 妹に食べさせたかったんだよ!!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥の緊張がふっとほどけた。どうやら私や殿下を狙ったわけではなかったらしい。
ロキシード様も同じ事を考えていたようで、緊張が解けると次に発した声には少し温かみが戻っていた。
「人の物を盗むんじゃなくて、自分で買わないと」
「できたらとっくにやってるよ!! お前ら金持ちには分かんねぇだろ!」
少年の叫びは、怒りというより、悲鳴だった。
「俺たちみたいな子供は、働いても売り上げを大人に巻き上げられるんだ!
どれだけ働いても手元に残らないんだよ!こんな世界、酷すぎるだろ!」
胸の奥がきゅっと痛んだ。
彼の叫びは、ただの反抗ではなく、助けを求める声にしか聞こえなかった。
「……でも、法は平等だ。境遇が過酷でも、罪は罪。罰は受けてもらうよ」
「返すって言ってるだろ?! それでいいだろ!!」
「君の境遇には同情する。でも、捻じ曲げることはできない。罰は受けるんだ」
「同情……? 口だけなら何とでも言えるよな!だったら離せよ! 妹が腹空かせて待ってんだよ!!」
護衛の腕の中で必死にもがく少年を、私は痛む胸で見つめていた。
――放っておけるわけがなかった。
「ロキ様、私……懲罰を望んでいませんわ! もう良いのです!」
思わず口を挟むと、ロキシード様は驚いたように目を瞬かせた。
だがすぐに真剣な表情に戻り、首を横に振る。
「アディ、それはできない。この国のルールだからね。僕が破れば示しがつかない」
「そ……そこをなんとか!」
殿下の言うことは正しい。王族が法律を捻じ曲げれば、それは権力の乱用だ。
それでも私は、ほんの少しの可能性に縋るように、ロキシード様を見つめた。
すると殿下は、少し考えるような素振りを見せると、ふっと口元を緩めた。まるで悪戯を思いついた少年のような、そんな笑みだった。
「そうだね。本来ならこの子は厳罰だ。でも、アディ。君が“うっかり巾着を落としてしまって、彼がそれを拾ってくれた”のだとしたら話は変わるよ。その場合、罪には問われないかな」
「……え?」
一瞬ぽかんとしたが、すぐに殿下の意図を理解した。
(つまり……“盗み”じゃなければいい、ということ……!)
私は咄嗟に殿下に話を合わせた。
「そ、そうですわ! 巾着はいつの間にか落としてしまったのです!彼はたまたま拾ってくれただけですわ!」
「……だそうだ。離してやって」
ロキシード様は悪戯っ子のように笑うと、護衛に指示して拘束を解かせた。
そして少年の前に歩み寄ると、いつもの優等生の笑みを浮かべ、すっと右手を差し出されたのだった。




