6.誕生日の勇気
クリスマスを目前に控えて街がざわめき立つ12月18日は、私の誕生日でもある。
彼氏のいない私にとって、誕生日は家族と過ごすのが恒例。
だけどこれまでそれを悲観したことはなかった。だって誕生日を理由に、昼間は篤志と色んなところに出かけられたから。
多少の我儘だって強気に言えちゃう誕生日は、一年の中で一番幸せな日だった。去年までは…。
誕生日当日の朝、土曜日ということもあって私は目覚めてもベッドの上でぼんやりしていた。
篤志と喧嘩してから、早くも二ヶ月が経とうとしている。
依然として、篤志とは仲直りしていない。
単に気まずかったからっていうのもあるし、篤志と彼女が両想いなのを知って完全に意気消沈してしまったというのもある。
ちなみに先日行われた期末テストは散々な結果で、いかにこれまで篤志に頼ってきたかを痛感せざるをえなかった。
だけど、これからは本当に一人で乗り越えなくちゃならない。恐らく、篤志と元の幼馴染に戻ることはできないだろう。
だからテスト勉強を教えてもらうのも、誕生日に会うこともできない。もう、二度と。
(そして篤志は、彼女と幸せになる…)
まるで小説の結末のように想像したら、尚更へこんだ。
結局、私には叶わない恋だったんだ。篤志の隣にいるのはいつだって私じゃない。
(今日が私の誕生日だってことも、きっと覚えてないんだろうな)
これまで覚えてくれてたのは、きっと私がアピールしてたから。
私にとっては特別な日でも、篤志にとっては何でもない休日の一日にすぎない。
今日もいつものように部活に行って、原田さんに会うんだろう。もしかして、部活の後は彼女と過ごすのかな。
あの部屋に彼女を招き入れて、二人だけの甘い時間を過ごして――。
「そんなの、やだぁ…」
ぽろぽろと涙が零れて止まらなかった。
どうしたって諦められないこの想いをどうしたらいいのか、もう私にも分からない。
分かっているのは、たった一つ。結局、篤志が好きだってことだけ。
だけど私にあの二人を邪魔する権利なんてない。そんな資格なんて誰にもあるわけないんだ。
だって恋する気持ちを止められないことを、他でもない私が一番知っている…。
篤志。篤志。
私はベッドに突っ伏し、声にならない声で篤志の名前を繰り返した。
ねえ、今日は誕生日だから、篤志を想って思いきり泣いてもいいかな。
二人の邪魔するつもりなんてない。だけど想うだけなら自由だよね。
今日は誕生日で、私の失恋記念日。
人を好きになるだけでこんなに胸が苦しくなるなんて知らなかったの。
それが篤志からの誕生日プレゼントなのかな。なんて、センチメンタルになっても仕方ない。
今は思い切り泣いていい。それこそ、涙が枯れ果てるまで。
この長い片想いにピリオドを打てるように。
篤志と原田さんを、いつか笑って祝福できる日が来るように。
**
「あら、おはよう。遅かったわねえ」
「うん…おはよ」
思いきり泣いた後、私は暫く眠ってしまって、気が付けば太陽がすっかり明るく輝いていた。
ゆっくり身支度をしてリビングに顔を出した私を、お母さんの陽気な声が出迎えてくれたけど、まだ赤いはずの目を悟られたくなくて咄嗟に目を逸らした。
「愛美、お誕生日おめでとう!今夜は愛美の大好物作るから期待しててね。ケーキも注文してあるから」
「うん…楽しみにしてる」
毎年、昼間は篤志とプレゼントを買いに行くという名目のもと二人で出かけて、夜は家族と過ごすのが恒例だった。でも今年は一日家で過ごすことになりそうだ。
寂しくないと言ったら嘘になるけど、慣れていかなくちゃいけない。篤志のいない日常に、こうやって、少しずつ…。
ダイニングの椅子に座ったところで、テーブルの上に置かれたギフトを見つけた。
何気なく手にとってみると、ずっしりと重い。誕生日なだけに、誰かからのプレゼントだろうか。
「何、これ?」
家族の誰かからのプレゼントかな――そう考えながらお母さんに尋ねると、予想外の答えが戻ってきた。
「ああ、それ、篤志くんから」
「え!」
私は弾かれたようにお母さんを見上げた。お母さんはキッチンを忙しく動き回りながらも、呑気な声で続けた。
「今朝ね、わざわざ来てくれたのよ。上がっていけばーって言ったんだけど、部活があるからってすぐ帰っちゃって。次会ったらちゃんとお礼言いなさいね。あ、ところで朝食はトーストでいい?スープはコーンスープでいいかしら?」
「う、うん。ありがと」
お母さんの言葉に意識半分で頷きながら、私ははやる鼓動を抑えてプレゼントを開けた。
すると、そこにあったのは。
「…ウソ…」
――いつか私が篤志にお願いしたアロマセットだった。
(ちゃんと、覚えてたんだ)
今日が私の誕生日だってことも、リクエストしたプレゼントも。
部活で忙しいはずなのに、私のためにわざわざこれを用意して、届けてくれた。
(もう…ずるいんだから)
思いがけない事実を目の当たりにして、私は胸の奥がぎゅっと熱くなるのを感じた。
…篤志は、ずるいよ。すごく、ずるい。
せっかく私が諦めようって決心してあげたのに、こうして簡単に心を揺さぶってくるなんて。
こんなとき、普通は恨めしいと思うもなのだろうか。恋愛経験のない私にはよく分からない。
だけど私は…私の場合は、怒りより嬉しさの方が勝ってしまうよ。
だって大好きな人に、まだ気にかけてもらえてるって分かってしまったんだもの。
もしかしたら、私たちはまた笑って話せるようになるのかな?
篤志は、そうありたいと思ってくれている?
だとしたら、私――。
「私、出かけてくる!」
「え、でも朝食がちょうど今でき…」
「そんなのいらない!!」
「ええ!せっかく作ったのにー!」
お母さんの悲鳴を振り切り、私は家を飛びだした。
勢いのまま自転車に飛び乗って、目指すは篤志の高校。
(――やっぱり、諦められないよ!)
そう認めたら、気持ちがふわりと楽になった気がした。
私はずっと、この恋を悲観していた。
篤志はどうせ私のことなんて見てくれないって諦めていた。全部篤志のせいにしてた。
でも本当は全く違う。
幼馴染という高い壁を作っていたのは私自身。
友達以上に近いこの距離を手放したくなくて、勝手に結末を決めつけていたのは、他でもない私だったのだ。
でももう、そんなの終わりにしたい。
誕生日の今日こそ、新しい私に生まれ変わりたい。
失恋する本当の覚悟なら、たった今できた。
どんな結果になったって、後悔だけはしたくない。
頬をなでる風が気持ちいい。好きだって想いが、今の私を走らせている。
ついさっきまであんなに落ち込んでいたのにね。
本当、恋をするって凄いことだ。まるでジェットコースターのように感情が上下して、私を突き動かしている。
傷付くと解っていて踏み込むのは、正直怖い。
だけど気持ちは伝えなければ、何もなかったことと同じ。
私は、私の気持ちをもう二度と置いてけぼりにしたくない。
どんな恋敵が立ちはだかろうと、今度こそ立ち向かってみせる。
想いを伝えるタイミングも私が決める、私の気持ちが抑えられなくなった瞬間がその時だ。
篤志が誰を好きでもいい。その瞳が違う女性に向いていたって構わないと今は思える。
だって誰にも、篤志でさえも、私の恋を邪魔する権利なんてない。
ねえ――そうでしょう?




