1.今日も片想い
片思いをテーマにしたスピンオフです。
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幼馴染って、一番近いようで一番遠い存在だと思う。
家族のような特別な存在とも言えるけど、それを乗り越えるには相当な勇気と変化が必要。
対するアイツは超がつくくらいの鈍感ヤロー。
きっと私の想いなんて微塵も気付いていない。
でも、もう爆発しそうだよ。ううん、ほんとはいつだって限界状態。
――ねぇ、私たちもう、無邪気な子どものままじゃいられないよ。
私、坂下愛美。
ごく普通の公立高校2年生。
自分で言うのも悲しいけど、私は名前と違って女の子らしいとは到底言えない。
特技は変顔だし、言葉遣いは乱暴だし、化粧だってほとんどしない。
テニス部だから肌はこんがり焼け、髪もめんどくさいからいつもポニーテール。私服でスカートなんてほとんど履かないし、ヒールなんてもってのほか。
男子みたいにガサツだと言われることも日常茶飯事だ。
だけどそんな私も、実はロマンチストだったりする。
恋愛漫画や恋愛小説を読んではヒロインに自分を重ねて胸をときめかせ、ファッション誌を読んではフェミニンな自分を想像している。
だけどそれを実行できないのは臆病だから。
何を似合わないことしてるんだって笑われたくない。――誰より、大好きな彼に。
「おかえりー!」
2階の私室に入ってきた彼――眞中篤志を、勉強机の椅子に座りながら、私は右手を挙げ陽気に迎え入れた。
この部屋の主は私の存在を認めるなり、これ見よがしに大きなため息をつく。
「…また来たのかよ」
そう言いながら篤志はスクールバッグと重そうな部活用のボストンバックをベッドに下ろすと、ポケットにしまっていた財布と携帯をおざなりにベッド脇のミニテーブルに置いた。
せっかく待っててあげたっていうのに笑顔ひとつ見せてくれないことが不満で、私は口を尖らせながら足をバタバタさせた。
「何よ、相変わらず可愛くないなぁ。もうちょっと私を見習えば?あ、でもいくら私が可愛いからって襲ったりしないでよねっ」
自分を守るように腕を体の前で交差させ、冗談交じりにおどけてみる。すると篤志がめんどくさそうに首を振った。
「しねーよ。お前だけはないわ、マジで」
無情なその言葉は私の気分を急降下させる。
それを悟られないように「こっちこそ願い下げだし!」なんて可愛げのない言葉で咄嗟に隠したけど、胸の痛みまでは消せやしない。
「で、何?」
訊ねられて、私はここに来た目的を告げた。
「再来月の誕生日プレゼントのリクエストしに。あのね、今年はアロマセットでお願い!」
「はあ?知らねーよ。マジでそれが用事?よっぽど暇人だな」
「プラス、実は数学教えてもらいたくって。来週テストなんだよね~」
トートバッグから数学のテキストを取り出して顔の横にかざすと、篤志がまたため息をついた。
「そんなの教師に聞けよ、つか何で違う学校の俺に聞くんだよ」
「だって、篤志なら遠慮なく分からないって言えるし、深夜まで勉強に付き合ってもらえるじゃん!」
「俺、部活帰りなんですけど」
「うん、だから早く終わらせて寝たほうがいいよっ」
ピースサインをして見せると、篤志が盛大に顔をしかめた。
だけどその反応すら想定通り。そして優しい篤志は結局断らないと最初から分かっている。
「…しょーがない奴だな。俺、風呂入って飯食ってくるから、それまで予習しとけ」
「はーい!」
小学生みたいに元気よく返事すると、篤志は手馴れた手つきで着替えをタンスから取り出し、1階に下りていった。
それを見送ったあと、とりあえずテキストを開いて眺めてみたものの、分からないから教えてもらいたいわけで、予習は全く進まない。
だけど本当は勉強なんて二の次で、篤志に会うのが目的なんだから仕方ないよね。
…そう。実は私、篤志に幼稚園の頃から恋をしている。
といっても、篤志は全然気付いていないけどね。
家が隣同士ということもあり、学校も中学まで一緒だった私たち。
兄妹同然に育った私達は、お互いのことなら何でも知っている。
例えば、高校生になってかなり大人びたけど、小さい頃は篤志も泣き虫だったこと。漫画を読んでバスケを始めたこと、初恋が小学校の同級生だったことですら。
――ただ一つ、私に対する篤志の気持ちを除いては、何でだって。
ねぇ篤志。
もし私が篤志のこと好きだって言ったら、どうする…?
そうこうしているうちに篤志が戻ってきて、私達は数学のテスト勉強に取りかかった。
私が理数系に挫折した中学の頃から続く篤志の授業。これが、一番二人の距離が近づく時間だ。私にとって一番特別で、大切な時間…。
「このペースならあと1時間で終わるかな」
テスト範囲の残りを数えて呟いた篤志に、私は落胆した。時計を見上げると、もう22時を回っている。
ちなみにこんな時間でも、うちのお母さんには篤志の家で勉強してくるって言ってあるから心配されることはない。
そもそも家族ぐるみで仲がいいから、お互いの両親も了承してくれているのだ。
「篤志、私お腹すいた!」
あっという間に過ぎて行く時間。このまま永遠に時間が止まってしまえばいいのに、それは叶わない願いだと知っている。
だから、少しでもこの瞬間を引き延ばしたくて私は我儘を口にした。
篤志は「あと1時間ぐらい我慢しろ」って眉をひそめたけど、我慢はこんなところで使うものじゃない。
「やだやだ、もうお腹空いて死にそう!何かお菓子持ってきて」
シャーペンを放り投げ、お腹をぽんぽん叩いてみる。私の理不尽にも慣れっこな篤志は「ったく…」と言いながら立ち上がった。
「飲み物もね、氷少なめで!」
「うぜー」
図々しいリクエストに愚痴りながらも応じてくれた篤志を見送ったあと、私は大きく背伸びして、休憩兼ねてベッドの上に寝転んだ。
と、手が勢いよく篤志のスクールバッグに当たってしまって、そのはずみでベッドから転げ落ちた。
鞄の口を閉じていなかったのだろう、バサバサっと派手な音を立てて、床にノートや教科書が散らばった。
「やっば!」
慌てて一つ一つをバッグの中に戻していると、ふと一冊のノートに目が留まった。
シンプルで可愛いうさぎのイラストがワンポイントのそのノートは、どう見たって女子向けのもの。
つまりこれは、篤志のものじゃない。
「原田紗妃…?」
ノートを手に取ると、綺麗な字で表紙に名前が書いてあった。
――嫌な予感が、胸をよぎる。
篤志は、好きでもない女の子と仲良くしたりなんてしない。ましてや、ノートの貸し借りなんて、絶対に。
それを知っているからこそ、このノートがここにある意味が私には分かる。
(篤志、この子のこと好きなんだ…)
ページをめくれば、几帳面な文字とカラフルなペンがノートを彩っていた。
見やすく整理されたノートは、それだけで持ち主を想像させる。
この文字のように丁寧で、綺麗な人なんだろうか。
彼女は篤志をどう思ってる?もしかして、もう付き合ってるの?
どうやって距離を縮めたんだろう。私でさえ詰められない距離なのに…。
すると、階段を上る足音が聞こえて、私は慌ててノートをバッグに戻した。
そして篤志が部屋に入ってきたとき、私はいつもの調子で「遅すぎ、もうちょっとで眠りそうだったよ!」と頬を膨らませて気持ちを隠した。
だけど胸の奥では煮え切らない想いと膨らむ不安が複雑に交じり合っている。
正直、真面目に勉強なんてもうできる気がしない。
――ねぇ、どうして?どうして篤志は私を見てくれないの?
こんなに近くにいるのに。きっと誰よりも篤志のこと、好きなのに…。
再会する篤志の授業。私は丁寧に解説してくれる篤志をちらりと盗み見た。
ヘタしたら学校の先生より解りやすい説明も、今は右から左に抜けていく。
篤志が他の女の子を好きになる恐怖を、私は何度も経験してきた。
その度に落ち込んで泣いて、やがてその恋が終わったと知ると喜んで、でもそんな醜い自分が嫌になって…。
そして今再び、それが現実になろうとしている。
「…で、ここまできたら次にxを代入して…って、話聞いてる?」
いつの間にかじっと見てしまっていたらしい。
篤志が視線に気付いて、眉をひそめた。
「あ…ごめん」
「どっか分かりづらかった?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど…」
上手く言い訳できず、篤志から視線をそらした。
ごくりと唾を飲み込みながら私は考える。
…聞いてみようか。篤志の気持ち。
言ってしまおうか。私の気持ち。
この特別な関係が壊れてしまいそうで、ずっと言い出せなかったけど――もういい加減、黙って見ているのはつらい。
「篤志、あのね…」
決意を固めて、私は篤志を見上げた。
だけど私の声は怪訝な篤志の言葉に掻き消されて…。
「じゃあジロジロ見るなよ。お前に見つめられると、何か気持ち悪い」
まるで揶揄うような口調で毒づく篤志。
だけど何気ないその一言はぐさりと胸に突き刺さって、私の勇気を一瞬にして萎ませてしまった。
「…だよね。へへっ、ちょっと可愛い子ぶってみただけ~」
笑いながら、私は心で泣いた。
だって「気持ち悪い」なんて、少しでも好意があるなら絶対に使わない言葉だ。
てことは、やっぱり篤志にとって私はそういう関係にはなりえない存在だということ。
完全脈ナシ、はい失恋決定。
ま、そうだよね。聞くまでもなく答えなんてわかってた。
分かってた、けど…。
「よしっ!あと1時間、そろそろ本気だしちゃおうかなっ」
「やる気出すの遅すぎ」
きゃははと笑いながら、私は深く傷ついた本音を心の奥深くに押し込んだ。
ピエロのようにおどけていれば辛いことも忘れられる。
こうしていれば、篤志も笑ってくれる。
あとで襲う寂しさは、今は考えない。今までだってそうやって誤魔化してきた。
だから今日も、篤志に好きだなんて言えない。




