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-6 妹

おふぅ…。なんか内容がカオス……。

 11時過ぎ、この指輪を失くしたり壊したりしたらと思うと正直気が気じゃなかったので、鈴木家に向かう。夜遅くに言って平気なのかという質問をお持ちのそこのアナタ。大丈夫。彼だったら深夜アニメを見るために起きているはずです。


 電柱の蛍光灯に群がる蛾共を華麗にスルーし、俺は十字路をサイドステップを利かせて曲がる。


 鈴木さんの家までの一直線を歩く途中、近くの公園で猫と戯れている少女を見かけた。


 それが鈴木さんの妹さんである事を思い出したのは、鈴木さんの家のインターホンを押す直前だった。急いで公園に戻る。彼女は変わらす、真っ黒な子猫と戯れていた。


りょうちゃん?こんな時間にいったい何してるの?」


 ばっ、と振り向いた少女。よほど驚いたのだろう。彼女があやしてた子猫も、彼女の予想外の行動に驚いて、どこかへ行ってしまった。


「あ……」


 稜ちゃんが逃げた猫の方へと手を伸ばすが、既に手遅れ。黒猫はどこかへ消えてしまった。


「ご、ごめん……驚かせちゃったな……君も猫も」


 少し後悔した俺は、もっと静かに声をかければ良かったと思いながら謝った。…それはそれで驚かせそうだが。


 そんな俺の気持ちを汲み取ったか、稜ちゃんは気にしてないと言わんばかりに首をぶんぶんと横に振ってくれた。うぅ、なんて良い娘なんだ。


 ウチの赤茶髪ツンデレだったら、即行殴るか蹴るか握り潰すかどれかだもんなぁ……。


 余談だが、奴の握力が50を越えたと聞いた中2の頃は恐れ入った。その頃、冗談を言ってアイツを怒らせた俺の頭は、彼女のアイアンクローを喰らい頭蓋骨にヒビが入っていた、気がする。……思い出すだけでも背筋が凍る。泣いても喚いても許してくれないのだ。


 稜ちゃんは、「どうしたの?こんな夜遅くに……」と俺に目で訴えて来た。無表情少女がじっとこっちを見ているのは、なかなかに良いモノだ……。……俺は変態か……。


 と、とりあえず質問に答えよう。


「君の兄貴に借りたお守りの中にさ、指輪が入ってたから、返しに来ようと思って……」


「お守り?」


 稜ちゃんは文字どおり目を丸くしてこっちを見た。その様子に少々不安を覚えながら、俺はジャージ(俺の寝巻)のポケットからお守りを取り戻し、彼女に見せる。


「ほら、これなんだけど……」


「………………………」


 彼女は見つめる。今はもう、俺ではなく俺の指にひっかかっているこの布切れだけを見ている。信じれない、と言うように。目は口ほどに物をなんたらかんたらとは本当の話らしい。


「……で?」


「ん?」


「何で、お兄ちゃん、橘さんにお守り、渡した?」


「何で、か……」


 何でだっけ……。確か俺に怪我されると困るとか言っていた気が……。


「えと、ちょっと長くなるけどいい?」


 稜ちゃんは相変わらず無言で頷いた。




 場所を公園の入り口からブランコの位置まで移動。3つあるうちの2つのイスに腰掛ける。俺の話を聞いた稜ちゃんは、やっぱり無表情だった。


「ボクシング対決……相手は誰?」


「え〜と」


 俺は気の弱そうなあの顔を思い出す。


「君と同じ一個下の、小松翔っていう奴」


「!」


 稜ちゃんは、無表情を捨てた。驚いた彼女は、悲しいのか、嬉しいのか、怒っているのか、いろんな表情をごちゃ混ぜにしたような、反応し難い顔をした後、頭を下げた。俺、まずいことでも言ったかな……。


 しばらくお互い黙っていると、重々しく、稜ちゃんは口を開いた。


「……橘さん。」


「ん?」


 顔を上げた女の子は、決意に満ちた視線で俺を貫く。その目の力強さに、俺はぞくりとした。これを聞いたら鈴木さんは怒るかもしれないが、この子にこんな意思の強い表情ができるなんて、思いもしなかったからだ。


「これからあたしが話すこと、お兄ちゃんには、言わないで」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 鈴木稜は、『マウス☆ピース』に来る常連である鈴木きょうの妹である。年は一つ下、東高に通う高校1年生だ。


 鈴木さんが溺愛するのが分かるほど可愛らしい容姿をしており、同姓からもよくぎゅ~っと抱きしめられるそうだ。そのため、鈴木さんに箱入り娘として育てられてしまい、人見知りは激しくないものの、鈴木さん以外には決して甘える事は無いらしい(鈴木さん談)。


「お父さんと、お母さんが、離婚したのは、あたしが5歳の時」


 ある日を境に、いがみ合っていた両親がとうとう離れることになって、稜ちゃんはほっとしたらしい。


 しかし、今度は娘息子をどちらが引き取るかで問題になった。


「結局あたしとお兄ちゃんは、お父さんに引き取られた」


 そうして三人で暮らすようになった鈴木家。しかし、またも苦難が兄弟に訪れる。離婚して数ヵ月後、父が兄弟を残して消えたのだ。


 おそらく子供を育てるのに苛立ちを覚えたのだろう。親として最悪な行動だ。


 2人きりになった鈴木家は、すぐに母の元へ行ったそうだ。しかし家の窓から覗くと知らない男が、リビングのソファーで自分達の母と共に、優しげに微笑んでいた。


「お母さんが、離婚した理由は……」


「そう、新しい旦那さんが、できたから」


 ここは、もう、自分達の場所ではない。そう悟った自分と十離れた兄は、高校を中退。働き始めた。


 始めのうちの生活は苦しかったが、兄の高い能力が評価され、数年後には一流企業の専務にまで上りつめたらしい。今は、会社をやめ、株で生活費を得ているらしい。だからいつも家にいるのか、と俺は納得した。


「その指輪、お守りは、お父さんの、お父さんの親から、代々受け継がれてきた物」


「へ、へ~」


 ……何だろ、複雑な心境だ。最低な父親のお守りが、勝利への道へと導くのか。俺だったら骨董品屋に売り飛ば……、何でもない。


「争いを、治めるのが、そのお守りの、定義。お父さんが、言ってた。それが、指輪の正体。でも、本題は、ここから」


「うん。聞くよ」


「…あたしには、双子の兄がいる」


 ……………………。


「へ?」


 間の抜けた声が出た。あれ?俺こんな声高かったっけ?ヘリウムガスを吸った後のような声帯をいじられたような声が、夜の公園に響いた。


「ふ、双子?」


「うん。異父二卵性双生児の兄」


「……いふにらん……?何それ?」


「ようは、お父さんの違う双子」


 そ、そんな事があるのか……。今日はいろんな事態に圧倒されまくりだ。


「お母さんは、その子が、今の旦那さんの息子だ、って言って、連れて行った。……双子であることには、変わりないのに」


「…………………」


「その子は、優秀だった。勉強も、運動も、友達との関わりも、全て、うまくいっていた。その子が中学生になった時、お母さんの旦那さんの影響で、彼はボクシングを始めた」


 やっとピンと来た。この子が、何故こんな話をしたのか。鈴木さんが、何故俺に最強のお守りを託したのか。


「その子の名前は、」


「小松翔、か」


「…うん」


 その名前を言葉にしたとき、俺は空に広がる雲を見ていた。分厚い雲。長い雨が降り続いたら、ロードワークは当分できないな、と思った。話をしながらも。


「それで、俺に、どうして欲しいんだって?」


「試合に、勝って」


 言葉は、シンプルだった。それができるかどうかも、関係なしに。


「あいつの、何でもできるあいつの、負ける所が、見たい。あたし達2人を、暗い生活に追いやった、あいつの存在が、憎い。お兄ちゃんも、そう思ってるはずだから。あいつが負ければ、性格の悪いあの親達の、不満そうな起こった顔が、見られるはずだから。だから……!」


「ストップ」


 俺は憤って立ち上がった彼女を、右手を彼女の顔の前に出して制す。表情は見えなかったが、彼女が、完全にこの世で最も汚い感情に飲み込まれているのには、気づけた。


「俺は、最初から勝負に勝つつもりだし、君の双子の兄貴を倒す。けど、君のお願いを理由に戦う訳にはいかない」


「……どうして?」


「純粋に、嫌なんだよ。その依頼。憎しみが悪いとは言わない。それは必ずしも悪ではない事を、俺は知ってる」


「なら……!」


「だけど」


 再び言葉を遮る。どんなに彼女が不服でも、これだけは言わなければならない。


「その思いに対する行動を、人にやらせるのが、俺は気に入らない。それに、そんなことじゃ、何も変わらない。君だって、分かってるだろ?」


 冷たく、言い放つ。稜ちゃんは、何も言わなかった。


「その感情をぶつけるのは、誰でもない、君……と、君の年齢の大きいほうの兄貴なはずだ。悪いけど、他人の憎悪を、発散させてあげるほど、俺はお人好しじゃないんだ」


 俺は思わず握り締めてしまっていたお守りを睨む。そして、そのまま彼女にお守りを放り投げる。彼女は一瞬ぽかんと口をあけていたが、宙を舞う物に気づき、あわててそれを両手で掴む。


「それ、返すよ。兄貴に渡しておいて。……今までも、そのお守り握って、小松にイヤガラセしてきたのか?」


 びくっ、と彼女は体を揺らす。どうやら、図星のようだ。


「お守りも可哀そうだな。『争いを治めるのがそのお守りの定義』、なんだろ?」


 彼女は、俯いたまま、しゃがみこんだ。俺は振り返り、来た道を戻っていく。後ろから嗚咽と鼻を啜る音がしたが、無視して歩き続けた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……さて」


 俺は数分歩いたところで、振り返り、電柱に向かって話しかける。


「…出て来い、ナマイキツンデレ暴走少女」


「だれがよ!……ってあ!」


 電柱の裏から出てきて、すっかり憤慨なさっているのは、エアルだった。


「いつからつけてた?」


「え~…っと~?」


 何も知らないといったように明後日の方向を向くエアル。分かりやすい反応に、思わずため息が出る。


「……最初からか」


「……うん。そうよ。飲み物買いに自販機に向かっていたら偶然あんたを見かけて、こんな真夜中に、珍しくデスクワークしないで何してるんだろ、と思ったから……って、別に、あんたが気になって付いてきたわけじゃないのよ?!ただ、誰か女の家に転がり込んで、破廉恥なことでもして警察に捕まったら、あたしが学校に行きにくくなる……と思っただけなんだから!あんたがいないと困るって意味じゃなくて、からかわれたりしたら嫌だな、って言う自然な行動なんだから!」


「お、落ち着け。分かった分かった。お前も自分で言っていたが、真夜中だから。一応」


「あ……」


 恥ずかしくなったのか、暗くても分かるほど顔を真っ赤にして俯くエアル。うん。可愛い。口にしたら殴られそうだから、言わないけど。


「ほら、もう遅いし、帰るぞ」


 手を引っ張って、俺は歩き出す。後ろから「は、離せバカ!」とまたも大声を上げている奴がいたが、ご近所さんが目覚める前にさっさと逃げるとする。




「それにしてもさ」


「あ?」


 あと信号を三つ越えれば自宅という道のりにて、信号赤。電柱に体を預けながらエアルは、まだ若干顔を赤くさせたまま、不満を漏らしていた。


「さっきの話だけど。あんな言い方、無かったんじゃない?あれじゃ女の子なら誰だって泣くわよ?」


「…お前もか?」


「いや、あたしは例外。そんな事言ってきたら、殴り飛ばす」


「それもそうか」


 俺は苦笑する。しかし、彼女はさらに声のトーンを下げて独り言のように呟き続けてきた。


「だけど、人間みんな心が強いわけじゃない。それは、あんたが一番知ってるでしょ?……心が、脆かった時代が、あったでしょ?」


「………そうだな。お前の言う通りかもしれない」


 俺は今も泣いてるかもしれない稜ちゃんのことを頭に浮かべる。罪悪感が、沸かないわけでもない。


「半分は、八つ当たりだった。昔の自分を見ているようでさ。口がブレーキを忘れてたみたいに、思ったこと、どんどん口にしていた気がする」


 俺は、自分の最も暗い日々を思い出す。真っ暗で、出口なんてないと考えていた頃の記憶。自分が間違っていると気づけたのは、こいつらのおかげだ。


 ……だが。


「それでも、間違っているものは間違っているんだ。いくら人を頼りたくても、自分で成し遂げなきゃいけない事は、どんなに辛くても一人でやらなきゃいけない」


「そうね。昔から、あのときから、あたし達はそう決めたわ」


 過去を遡るように、エアルは空を見上げる。俺も同じように、空を見上げる。未だ、空は雲で覆われている。


「でもさ、手伝いくらいはしていいんじゃない?」


「手伝い?」


「そ。手伝い。アンタは、できない事があったら、友達に手伝ってもらうでしょ?」


 俺は黙っていた。エアルは続ける。


「それと同じ。だから、稜ちゃんも、本当は手伝って欲しいだけかもよ?」


 もう一度、稜ちゃんを頭の中に浮かべる。彼女は、どうしようもない気持ちに、やるせない感情に、圧迫されそうになって、それであんな突飛なことを俺に頼んだのかもしれない。


「そうか、手伝って欲しい、か……」


「うん」


「……エアル」


「ん?」


 俺は彼女を見る。彼女も、俺を見る。感謝の言葉はいとも簡単に出てきた。


「ありがとな」


「……うん」


 俺は夜空をもう一度見上げた。少しだけ、晴れ間が見えた。信号は青になった。

どうも、今日プール清掃で上半身裸になって暴れていた友達をこれでもかと言うくらい嘲笑っていた作者です。


なお、彼は満面の笑みでした。

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