-2 身辺整理
いやぁ。
……長い……。
「いらっしゃいませ!」
「ごゆっくりしていってください!」
「こちら、メニューでございます」
「チャーハンセットB一つー!」
「あいよ!」
「あの、俺が頼んだの、フレンチトーストなんだけど……」
「え、す、すみません!ちょっと愛礎!」
「ひぃぃ!ご、ごめんなさい!」
ネズミの耳、鼻、髭を装備したメイド服共が、店内を所狭しと走り回っている。
今日も賑やかな午後だ。この店が喫茶店である以上、賑やかじゃなきゃいけないのだが。
……っていうか愛礎、どうやったらパンの名前と炒飯を間違えるのだ?理由があるなら俺に教えてくれ。
ここでバイトを始めて1ヶ月ちょっと経つ塔吹愛礎は、今でも高い確率で何かやらかすドジっ娘ちゃんである。
ショートな茶髪を桜の花の形のヘアピンで可愛らしく表現しているが、対照的にオレンジ縁の楕円形メガネはいかにも優等生であるように見せる。……実際にはあまり成績は良くないのだが。
引っ込み思案の彼女がこの店でバイトをしたいと言いだしたのは、4月の後半、エアルと、「今日も部活で遅れる」みたいな話を2年3組の教室でしていた時だった。「何に遅れるにょっ?」と、まるで緊張して舌を噛んでしまったような話し方で愛礎が後ろのドアを開いて聞いてきたので、素直に答えてやったら、「私も働きたい!」とかなり汗を掻きながら叫んでいた。
一応、ウチの学校はバイト自由だし、店の方も中学生以上からなら働けるので、全く問題は無い。
そんなこんなで彼女はウチでほぼ毎日働いている。
しかし、何故愛礎は、クラスが一緒でも無い(確か2年5組)し、それどころか話した事すら無い俺に話し掛けてきたのだろう?未だ謎な事だ。
また、愛礎が(何故かスキップで。そんなにバイトができるのが嬉しいのか?)離れていった後で、エアルが「……お人好し……鈍感……」と呟いていた理由も謎である。
……何だったんだ、あの時の愛礎は?今度聞いてみようか。
そして休憩時間(ウチの店は4時から20分間休みを設けている。自慢じゃないが毎日忙しいので)。店の奥の畳の部屋が休憩室である。バイト3人がお茶を飲んでいる間、架奈は愛礎を叱りつけていた。
「も〜、そろそろ仕事を覚えてもいい頃なんだけど……」
伊倉架奈。この店で唯一の正規の女性店員(21)である。
金色の長髪は腰まで届いていて、揺れるたびに眩しい。背丈は推定170センチ、しかし高身長の割に顔は高校生のようなやんちゃさが残っている。
一応、一番年上という事で、彼女には《チーフ》という役割についてもらっている。
何か問題があったり、店員がミスを犯してしまった場合、彼女が真っ先に謝る。それ以外にも仕事は山ほどあるが、最近は愛礎のおかげで、先ほど述べた謝罪の仕事しかしていない。
……いや、もう一個あった。
「ちゃんとオーダー用紙に書きながら注文を取ること、っていつも言ってるでしょ?手元にあるのに存在を忘れるとか、あり得ないわよ?」
ミスった子の叱り役。損な役回りで本当に申し訳ないと思うが、本人が平気平気と言って聞かないのだ。みんなより多く給料貰ってるんだからこれくらいはしなきゃ、と。
そうは言うものの、架奈以外はバイトなので、給料配分が彼女のが高いのは当然だし、みんなもそれがいいと同意を得ているので、そう言う事を笑顔で言われるといささか心苦しいが、他にチーフをやれる人間がいないので、彼女の優しさに甘えさせてもらっている。
「ごめんなさい……」
それが分かっているので、ウチの店のみんなは彼女に怒られたら素直に謝ることにしているらしい。……自分で言うのも何だが、いい職場だ。
だから架奈も、
「……次からは気をつけてね?」
すぐに許す。いや、ホント、いい職場だ。
「よ、良かったぁ〜〜〜……。今回も許してもらえたよぉぉ〜〜〜……」
息を吐きながら安堵する愛礎。そんなメガネ少女に、この店一番の大人が安心させるために口を開いた。
「良かったわね、愛礎」
寺岡千沙。俺達が通う県立水市東高等学校3年6組21番、長い黒髪が特徴的な、高校生にして美人という貴重な肩書きを持っているウチの店の一番の売れっ子……強いて言えばNo.1である。全国に可愛いだけの子なら山ほどいるだろうが、美人はそうそういない。
「でも、あんまり気にしちゃダメよ?愛礎は、みんなより少し鈍臭いだけなんだから」
おまけに性格まで本当に学生か?と疑問に思うほど大人びていて優しいため、みんなに下から目線で見られている。例えば……。
「そうそう、ちさ姉の言うとおり。あたしなんかバイトを始めた頃はしょっちゅう怒られたわよ」
『ちさ姉』。エアルは千沙さんのことをそう呼んでいる。もう一人のバイトは『お姉様』と、崇め……呼んでいる。
にしても、さっきの会話に、ちょっと説明不充分があった。早速ツッコんでみよう。
「いや、それでもいきなり客に向かって『あんた何様?!』って言ったのはたぶんお前くらいだぞ?」
「う、うるさい!バラすなカス!消えて無くなれ!」
むかっ。
……そろそろ俺の紹介もしよう……。
俺こと橘希我はこのネズミコスプレ喫茶『マウス☆ピース』の店長代理である。とある理由(たいした理由じゃないが)で青春を、この店の経営と、学校で所属しているボクシング部の活動に捧げている。
学校は3人と同じ、東高で、クラスは2年3組。茶黒な髪とボクシングなんておっかない部にいるため、よく他校の不良に絡まれる。
まぁ、路上でのケンカで負けたことは1回もないが。
そんな俺の性格。
……キレやすい。
「ああぁぁぁあ?!仮にも店長になんて言葉遣いだ、あぁあんん?!」
「あんたの肩書きはリアルで仮でしょうが!!代理でしょ代理!てんちょう だ・い・り!自分ひとりじゃ一銭も稼ぐ事の出来ない男が調子乗ってんじゃないわよ!」
「な、何だとぉぉぉ?!」
「黙れ凡骨!それは事実でしょうが!」
「くっ……!でも……!」
「だいたいあんたはそういう所が……」
「………………」
だが、俺の特徴のひとつである童顔のせいで、俺の怒りは反抗期の中学生程度に見えるらしい。おかげさまで今のようにすぐカウンターを喰らう。……また少し、俺の心にヒビが……。
俺は助けを求め、周りを見る。
俺とエアルのケンカに、愛礎と千沙さんは、完全に置いてきぼりだったようで、千沙さんはしょうがない、という様子で泣き止んだ愛礎に、接客のイロハを再びたたき込んでいた。
架奈にいたっては無視。鏡を見ながらネズミ耳カチューシャの向きを直している。
そして最後のひとりは……。
「だいたいこの店はオフゥェァア?!」
またも俺を言葉でいぢめようとしていたエアルに、
ドロップキックをかましていた。
メイド服を掛けておくクローゼットに頭から突っ込んでいったエアル。南無。
「あたしの旦那様をいぢめるなんて、偉くなったものねエアル。この人をいぢめて、蹴って、踏んでいたぶって泣かして殴って焼いて煮て食べて砕いて舐めて飲み込んで排出して刻んで潰して、それでも許されるのは、あたしだけなんだけど?」
「誰も許可してないんですけど?!!!」
この危ない発言を繰り返す少女は、前田いを。
ヤンデレな彼女は、薄い灰色の髪をツインテールに束ねていて、跳ねると可愛らしい小動物な女の子。
小柄で可愛くて、しかもツインテール!俺にとってモロストライクゾーンなのだが、何しろ性格がアレなので、最近はなるべく近寄らないようにしている。
しかし、離れ過ぎると今度は勝手に彼女が暴走するので、非常に扱い辛い。今の俺のストレスの9割が、いをのせいと言っても過言ではないくらいだ。
さらに、こんなに愛をイヤと言うほど見せる彼女を自分の恋人にしたくないのには、もうひとつ理由がある。
「いつつ……。この……!ちょっといを!最近の、っていうかいつものあんたの行動は度が過ぎてるわ!だいたい何よ!あたしより2つも年下な奴に、何で偉そうとか言われなきゃいけないワケ?!意味不明なんだけど?!」
紹介が遅れたが、この典型的ツンデレが、甘味 エアルだ。
赤茶のショートの髪のてっぺんには、黄色いリボンがちょんと乗っかっている。体つきはとても細いが、胸等は年相応で、背も高校生の平均である152くらい。
しかし、彼女を象徴とするものは、全て隠れている。
理由は簡単。みんながメイド服を着ているのに対し、コイツだけネズミの着ぐるみを身に纏っているからだ。
着ぐるみっていうか、パジャマみたいに、全身灰色の首部に顔の大きく空いたフードがくっついている服なだけなので、決して着ぐるみではないが、めんどくさいので7年間そう呼んでいる。
さっきも言っていたように、本人曰く、「メイド服なんて恥ずかしいの着れるか!」、だそうだ。今どき稀有なヤツだ。
家は、この店の隣。小4から今までずっとクラスが一緒のいわゆる幼なじみだ。
こいつの説明はだいたいこんな感じだ。今はさっきの説明を補足しなければならない。
「うるさい!精神年齢だったら、エアルの百万倍は大人よ!」
「な、何ですってー?!」
そう、俺がこの自称『希我さまの嫁』を彼女にしたくないのは、この子が、中学三年生だからだ。正真正銘の15歳なのである。
俺はロリコンではないし、ロリコンに見られるのも嫌なので、断固として今現在を共にしたくないのである。
……さて、これが一応俺の経営する『マウス☆ピース』の全従業員……。
「……俺は?」
「……っ?!は、長谷川さん?!」
……そういやもう1人いた。接客が職業じゃないため、すっかり忘れていた。
料理長、長谷川丹。25歳独身。髪は短く黒で、アゴヒゲが渋い天然形オヤジ。その容姿と雰囲気で、東高の女性(教員含む)の半分のハートを射止めている。本人は彼女を作る気がないらしいが。
……ってか、
「どうして、何で?!あんた人の心が読めるのか?!」
どうやって俺の思考を覗いたのだ?
「?何のことだ?」
「いや、だから、あんたが何でさっきから俺が脳内でこの店のことを整理していたのを知ってるのってことだよ!まさか超能力者?!」
「いや、お前がずっと1人でぶつぶつと人物紹介をしていたからに過ぎないが?」
……何ですって?
「……いつから、俺独り言タイムに入ってました?」
「休憩に入る少し前。そんときお前は確か愛礎がドジっ子だとかどーとか言ってたな……」
「……最初からじゃねーか!」
俺は長谷川さんの胸ぐらを掴んだまま、彼の頭を前後にぐらんぐらんと揺らした。
「な、な、に、しや、が、る……」
「何でもっと早く教えてくれなかったんだよ!俺、変な目で見られ……って!まさか!」
俺は周りを見る。するとそれには不審者を見るかのような眼球が10個5セットずつ。あの、俺への愛を語らせれば軽く日が越せるいをすらも、できれば近寄らないで下さいみたいなジト目で俺を見ていた。
絶望の門をくぐろうとする俺に、長谷川さん。
「店員はおろか、前半は客まで聞いてたぞ」
……追い打ちをかけてきた。
「う、う、嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
バタっ!
ここで俺が倒れたのは、自分を守ろうというせめてもの生存本能だったのだろう。……できればあと5年は寝かせて欲しい。
そう思ったのに、彼女達は1分もそれを許しちゃくれなかった。
「起きなさい!まだ仕事は残ってるでしょ!……さっきの事は謝るからさ……、って!勘違いしないでよね!本当はあんたが悪いんだけど、しょうがないから謝ってるのよ!感謝しなさい!」
「希我くん?起きてくれないと、あたしが大事なところ、ぺろぺろしちゃうよ?…………うん。やっぱ起きなくていいや!」
「希我君。起きないと貴方の寝顔、あたしのブログ、サイト、よう○べ、に○にこ、その他もろもろの場所にばら撒いちゃうわよ?それが嫌なら起きなさい♪」
「き、き、希我くん!起きないと、お客さん来ちゃいます!休憩も終わっちゃいます!……起きないんですか……?……おきてくれないなら、キ!キ!……す。し、しちゃいますよ!」
「……これだけ叫んでも起きないなんて、ありえないわね。みんな、コレは狸寝入りよ。わたし達を騙そうだなんて、いい度胸ね。みんな!引きずってでも、店の中に連れて行かせるわよ!」
はぁーい!
元気な声が聞こえる。
「ってちょっと待てぇ!足を持つなコチョコチョすんなって痛ぁぁぁぁぁ!」
頭を卓袱台の足にぶつけた。……痛い。
ちなみに俺は寝ていることをいい事に、9時に店が閉まった後、元気すぎる女(+男一人)たちに、コスプレさせられたり顔に油性で何か書かれたりそのカッコで街を歩かされたりとさんざん辱められた。……俺は特に悪いことしてないんだけどな……。
はぁ。
……死にてぇ。
今回でややこしい説明口調は終わり。
次回からは話が動く予定。