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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界転生なんてしたくない

作者: Bcar

「そして二人は幸せなキスをして終了……、はー……!」


 女は携帯ゲーム機をベッドに投げ捨て深くため息をついた。


「この乙女ゲーもハズレだったな……。まぁビジュが好みの男がいないから仕方ないんだけど」


 女は年齢40という高齢喪女という自覚があった。一度は恋愛や結婚というものもしたが、女が愛する乙女ゲーのような幸せな世界はなく、男はあっけなく女を見切り浮気相手と子を成し女を捨てた。

 まぁこれは女も多少は悪いところがあったと思う。女は病弱で家事もままならなかったのだ。だが当時の結婚相手も色々悪いところがあったのでお互い様ではなかろうか、というのが女の思うところである。


 閑話休題。


 女は離婚後アル中の父親とかまってちゃんな母親と近距離別居で生活していた。父親が病棟に収容されてからは何かと病院に呼び出され、家では家電がおかしいだのスマホがおかしいだので呼び出され辟易としていたが、父親が他界しかまってちゃんな母親の面倒を見るだけで済みようやっと自分の趣味に没頭できるようになったらアラフォーになっていた。

 高齢乙女ゲープレイヤーである女は考える。

 正直最近の乙女ゲーはアガらない。

 そもそも乙女ゲー黎明期、エンジェリック☆ラブの頃からロン毛金髪ばっさー! やキラキラ〜! な世界観に引いていた。

 だが、同時に当時小学生であった女は所謂ギャルゲーというものもプレイしており、あぁ、これで攻略対象が男で主人公が女のゲームがあればいいのに、と思っていたのだ。

 そして当時の女は少年漫画を愛読していた。あぁ、この泥臭く筋肉隆々で男らしく世界を守ったり守らなかったりするヒーローのようなキャラクターと恋に落ちたい。

 だが、お出しされたのは睫毛フッサフサのお目々キラキラヒョロガリな王子様がわんさか、という世界のゲームである。


(……ま、まぁ、この先しばらくすれば色々なジャンルに広がっていくだろう……)


 そう思っていた。

ところがだ。それからも出されるのはヒョロガリおめめキラキラなガイズを攻略しろ、というゲームばかりである。

ストーリーは確かに面白いものは数本あった。だが、違うのだ。


(私は筋肉マッチョとか、枯れたおっさんとかを攻略したいんだよなぁ)


 例えば博打黙示録的な漫画に出る男とか、ありったけの夢をかき集めそうな海賊とか。

 そんな女が出会ったのは奇妙な能力に目覚め鬼や妖怪を退治しながら學園生活を送るシュミレーションRPG。

 リアルタッチなグラフィック。筋肉隆々な男たち。顔ではなく心がイケメンな男たち。


「これだよ、こういうので乙女ゲーがやりたいんだよ!」


 だが、そのゲームの主人公は男であった。

 あまりにも乙女ゲームに好みの男が出ないので当時流行り始めた夢小説を読んだこともある。

 だが、女の好きな男は尽く「こんなこと言わない」キャラクターになっていた。

 更に数年。ようやっと多方面にニーズがありそうな乙女ゲーが出始めた。マフィアやヴィラン。戦隊ヒーローのものもあった。

 キャラクターグラフィックはもう諦めた。ずっと少女漫画的にキラキラしたままなのだろう。だが、同時に台頭してきたのがソシャゲである。

 当たり前のようにエンジェリック☆ラブもソシャゲになった。プレイはしていないが。


 時代は平成後期。コンシューマよりスマホゲーム。好きな男キャラはガチャで引く。課金アイテムでストーリーを見る。女はこれにもガッカリした。買い切りゲームでストーリーを味わいたいのにカネをかけねば男は振り向かない。それ以前に出やしないこともある。

 更に女を落胆させたのはシナリオだった。


『よう、ケント! 俺と帰ろうぜ?』

『やれやれ、お前は本当に俺がいないと何もできないな』

『へへっ! 俺はお前がいないと生きてけねぇんだよッ!』


 ……乙女ゲーなのに何故BLっぽいシナリオを見なくてはいけないのだ。

 そして女は乙女ゲーを諦めた。

 自分の好みのシナリオで、自分の好みのシステムで、自分の好みのビジュアルの男を攻略するには自作するしかないのだろう。

 それっぽい小説を書いてみたりもした。だが鳴かず飛ばず。やはり自分には文才もないのだ。

 そんなことを考えながらSNSを見ていたら『悪役令嬢断罪系』というジャンルが流行っているということを知った。

 乙女ゲーの世界に転生したがヒロインにならずライバルポジになってしまいあれこれする、というものらしい。

 女は思った。

 ……割と色んな乙女ゲーをやってきたが、こんな乙女ゲーは実在しない、と。

 そもそも『悪役令嬢ライバル』が存在しないのだ。

 確かに高飛車お嬢様系の女キャラクターが登場することはあったが、なんやかんやでいいお友達になったりするのだ。

 唯一悪役令嬢っぽいと思ったのは主人公も令嬢で男を奪い合う為に男とデートするより女のご機嫌取りに奔走しなければならない高難易度のゲームくらいだろうか。攻略できた! と思ったら最終局面で媚薬で奪われることもあった。あれはだいぶ悪役令嬢だった。主人公もだが。

 それはともかくとして。試しにコミカライズされているものも含めて読んでみた。

 コミカライズされているだけあって面白い。だが。やはり世界観が奇妙なのだ。

 舞台は魔法学園か貴族の集まる学舎、課金アイテムでチートプレイ、だがヒロインである転生前の主人公が持っているのは現行の最新携帯ゲーム機。

 ……システムはソシャゲなのに携帯ゲーム機?

 魔法学園だのなんだの、はまあ置いておこう。

 ではなく、婚約者がいる攻略対象など、女は片手で数えるくらいしか知らない。なおエロゲも含める。


(作者、乙女ゲーやったことないのかな……。知らんけど……。まぁ娯楽作品だしどうでもいいか)


 スマホを次の画面にスワイプしようとした瞬間。

下腹部に激痛が走った。


(やば)


 女は間もなく入院予定であった。もしかしたら重病かもしれないと宣告され、手術してみないとわからないと言われている。


(救急車呼んだほうがいいかな……。いや、でも我慢できそう……?)


 そこで女の意識は途絶えた。


 ……気がつくと真っ白な世界にいた。

 白い、四角い部屋。


「CoCの白い部屋系シナリオかな……やば、CoCだったら私クソ雑魚ステータスな自信あるんだけど。てか6版かな、7版かな……」


 女が自分の趣味の一つであるTRPGに思いを馳せていると、目の前に見知らぬ生物が現れた。ピンクのフリルつきのドレスにふわふわのブロンドのきゅるんきゅるんの美少女妖精としか形容できないそれはエンジェル☆ラブの主人公によく似ていた。


「はじめまして、『私』! あなたは残念ながら死んでしまったので、これから乙女ゲーの世界に異世界転生……」

「え〜? ……やだぁ……めんどぃ……」

「え、や、やだ、って」


 ピンクフリルの妖精はステッキを持って困惑する。


「見た目的にあんた、『エンラブ』の主人公で……多分、異世界転生モノの神ポジでしょ? あのゲーム、好みの男いないんだもん。あ、2ならまだいいかな。おっさんな軍人さん結構好きだった。でも3はやだなぁ、ヒロインおバカすぎて萎えちゃった」

「あ、あのぅ、『私』、だよね? 異世界転生できるだけでも恵まれてるんだよ?」

「ていうか異世界転生したくない……。生きるの面倒……。チートスキルとかあってもやだ……。このまま消えたい」

「やだ、って」


 女は妖精を無視しゴロンと寝転がる。妖精は困惑するように女の周りをふわふわ飛んでいるが、女はハエでも追い払うようにしっしっと手で払う。


「ていうか言ってるじゃん。あんたの世界好みじゃないし。あんなヒョロガリナルシスト軍団みたいなのがカーストトップでちやほやされても嬉しくない」


 ピンク妖精はふーむ、と考えるように腕を組む。


「でも、私はあなたを異世界転生させなきゃいけなくてぇ……」

「なんで?」

「説明が難しいんですけど……その、人々に娯楽を与えるのが私達の使命で……枯れ木も山のにぎわいというか……」

「ふーん。チートスキルとか最弱スキルで逆転の異世界転生とか、悪役令嬢追放系の異世界転生が山のようにあるのはそーいうこと?」

「えぇ、まぁ」

「なんか知らないんだけど大変だねぇ」

「た、大変というか……まぁ、ノルマなので」


 そこでふと、女は思いついた。

 がばっと起き上がり妖精を手招きして言う。


「ねぇ、妖精よ。逆転の発想しようよ」

「え?」

「妖精は『エンラブ』の世界にプレイヤーを飛ばせるんだよね?」

「あ、はい! 行ってくれる気になりましたか?」

「全然。でもさ、私にチートスキルを与える事はできるんでしょ?」

「は? はぁ、まぁ……限度はありますが」

「なら、妖精(アンタ)の力を私に頂戴?」


 妖精は女が何を言っているかわからなかった。


「妖精はさ、エンラブの主人公でしょ? あと神の視点を持つメタキャラ」

「身も蓋もないことを言うと、そうですね」

「そのポジションを私に頂戴よ。で、アンタが私の創造した私が楽しい最強の乙女ゲーの世界に転生する、ってのはどう? エンラブの主人公なら平気だよね? 同じ乙女ゲーだし?」

「え、いや、でもそれはぁ……」

「バズればノルマ達成なんじゃなーい? てか乙女ゲーも下火でしょ? お互い力を合わせようよ。私はインディーゲー作者だけどさ」


 女はそう言うと妖精に手を差し出す。妖精はやむなくそれに乗ることにした。ともかく目的を達成すればいいのだ。エンラブは有名コンシューマーゲーム。だが、この女が作ったのは所詮インディーズ乙女ゲー。

 おそらくルートも少ないし、クリアは容易だろう。


 だが、妖精……リリカは、この転生させる予定だった女が乙女ゲーヘビーユーザーであることしか知らなかった。

 その女は、あらゆるゲームを骨の髄までしゃぶり尽くすタイプのゲーマーだと、知らなかったのだ。


***


女が目を開けると、空間に文字が浮かんでいた。それは女が作ったゲーム……『デステーションオブダークネス』の名前入力画面のUIと同じだ。どうやら妖精と立場を逆転させることに成功したらしい。


「えーと……名前入力……、リリカ、と」


 妖精は早くもキャラメイクに勤しんでいる。新鮮な光景だな、と思いながら女はそれを見る。


「あれ、エンラブのデフォ名じゃん。いいの、リリカで?」

「うん、やっぱ本名の方が没入感あるでしょ? それに乙女ゲーならやっぱり素敵な男の子に本名で呼ばれたいでしょ?」

「そういうもんかぁ……」


ゲームにハマりたての頃はそうだった気もするが、今となってはそんなこっ恥ずかしいことできやしないなぁ、と女は思う。

 女は今では乙女ゲーム用の名前を用意して使いまわしている。デフォ名があるならそれを使う。


「あ、そういえばあなたの名前は? これからこの世界のナビとかサポートしてくれるんなら呼び名がないと不便だよ?」

「じゃあ、カミ。私のゲーム製作者名。実際神様みたいなもんだし?」

「ふぅん? ねぇカミ、このゲーム、攻略対象何人くらいいるの?」


 聞かれてカミは指を折って数える。


「正式な攻略対象は5人。おまけな感じでエンディングがあるのは……8人くらい?」

「結構ボリュームあるね? ライバルはいる?」

「同性NPCはいるけどライバルじゃないよ。仲良くした方が有利ではあるかな」

「ふむふむ……。ん? 何、この画面」


 名前入力のUIからステータス割り振りのUIに切り替わった。STRやINT、様々な入力値がある。


「えー、カミ、こんなのわかんないよー……」

「ダイスを振って出た基本値とボーナス値を割り振ってくんだよ。私が変わりに振ってあげる。力には自信ある?」

「ないよ。か弱い女の子の方が男ウケしそうでしょ?」

「まぁいいけど……じゃあ次は……」


 カミはリリカに質問をしながらステータスを決めていく。そうして出来上がったのは知力と魅力と精神力が高く、他は低めの魔術師系のキャラであった。リリカは満足そうに頷いているがそれを横目に次のUIに移る。カミのそつのない動きにリリカも続いた。


「カミ、これは?」

「自分の見た目や、扱う武器と初期職業を決めんの。自由度高くしたくてスキルツリーで変えていけるから最初は適当でいいと思うけど、ステータス的に後方支援かヒーラー……」

「えー? そんなの地味ー。見た目はほぼ一緒にしよ。ピンクの髪の毛に、んー、こっちのドレスっぽいのが可愛いかな? あ、初期武器はこの剣にしよ! 主人公といえば剣だよね!」

「まぁ、好きにすればいいけどさぁ……」


 こうして勇者リリカの物語が始まった。

 それは果てのない程の苦難の道になると、リリカは知らない。

 攻略対象はイケメンで然るべき。だが、そのイケメンの定義はプレイヤーによって違う。

 圧倒的人気を誇ったエンラブの20人近い攻略対象が、女……カミに刺さらなかったように。


***


荘厳たる宮殿。玉座に座るは恰幅の良い威厳のある王。

 金の顎髭を撫でながら王はうら若き女勇者に言う。


「勇気ある者を勇者と呼ぶならば、そなたこそがまさに勇者に他ならぬ。悪しき魔王の手によって山の木々は枯れ、川の水は淀み、この人界は滅びの道を歩んでおる。勇者リリカよ、そなたの清き力で魔の国に棲む悪王ボツリヌスを打ち倒してもらえぬか?」


 リリカは恐る恐る王に訊ねた。


「恐れながら王様、それは、我が身ひとつで、ということでしょうか……?」


 訊ねられた王はふむ、と頷き、こう告げた。


「確かに若い婦女子の一人旅となると不安もあろう。ロック、ダスト、シュガー」


王が名を呼ぶと銀髪の黒騎士、赤髪の魔術師、空色の髪の僧侶が現れた。一様にリリカに敬礼をし、名乗る。


「白銀騎士団のロックと申します。これよりリリカ様に仕えさせて頂き光栄です」

「宮廷魔術師のダストと言うものだ。邪術を使う俺なんぞが同行していいのか不安だが、よろしく頼む」

「薬師のシュガー。これも神のお導き。お怪我をされたらすぐに癒やして差し上げましょう」


 いかにも乙女ゲームに出てきそうなキラキラとしたイケメンに囲まれてリリカは上機嫌だ。


「え、カミ、カミ! すごいイケメンだよ⁉ 普通の乙女ゲームじゃん、RPG要素があるだけで!」

「あー、そういやあんたの世界でもスピンオフのRPG出してたっけ」


 バランスゴミのRPGだったけど。とカミは思うが言わなかった。自分だって少なからずゲームを作っていたのだ。バランス調整の難しさは身を持って知っている。

 デスダクは確かにカミが作ったゲームだ。制作ソフトを使ってのドット絵のアナログなビジュアルで古臭く人気は出なかった。正直バランス調整もぐちゃぐちゃである。


 意気揚々と旅立った勇者リリカ。イケメンな仲間に囲まれてご機嫌である。だが。


「あ、モンスター! ……って、い、いきなりドラゴン⁉」


 お、来たな。とカミは思う。眼前にいるのは巨躯のレッドドラゴン。初期レベルのリリカの手に負える相手ではない。


「リリカ様、危ない! く、シールド展開……!」

紫電招来(サンダーボルト)! ……く、駄目だ、俺の最強魔術の雷技には耐性がある……!」

「ならば少しでも柔らかい腹や目を……、あが!」


 青銅の剣を振りかぶり飛びかかった剣士ロックを、赤竜はその牙で噛み砕いた。血飛沫と肉が弾け、骨の砕ける音がリリカの耳に届いてきた。


「うわ、ドット絵だとそんなでもないけど、リアルだと流石にグロ……。R18G相当じゃん……」


 そう呟くカミの声はリリカには届かなかった。

 瞬時に気絶をしていたから。


「ごめんね、リリカ。このキャラを攻略できるのは事前公開したエイプリルフールのゲームだけなんだわ」


正統派攻略対象なイケメンたちが無惨に蹂躙される強制死亡イベントの凄惨さを見て、流石に小さなドット絵とテキストだけとはいえ生で見るとホラーゲーだな、とカミはぼんやり考えていた。

そんな世界のゲームがしてぇなぁ

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