第5話「君に触れられないこの距離が、いちばん苦しい」
翌朝、教室に入ると、空気が少しだけよそよそしかった。
クラスメイトの視線が、いつもより長く俺に向けられている気がした。
気のせいじゃない。廊下ですれ違った女子たちが、小声で何かを話していた。
風花だった。
昨日のあの瞬間、俺がミチリと話していたところを、風花は見ていた。
それがどんな風に見えたのかは分からない。けれど、何かが確実に変わってしまった。
休み時間、スマホを開くと、ミチリの通知が一件だけ届いていた。
『風花さんのSNS更新を検知。内容は「わかってたけど、やっぱり寂しい」』
画面に表示された言葉を見て、心臓が少しだけ痛くなった。
その投稿が俺に向けられたものか、断定はできない。
でも、直感はそうだと告げていた。
「……ミチリ、風花は傷ついてるよな」
『はい。あなたと会話していた場面が、誤解を招いた可能性は高い。
彼女の心理状態は現在、不安定。今アプローチすれば逆効果です』
「だよな……俺、どうしたらよかったんだろう」
ミチリは答えなかった。
少し間を置いて、静かにこう告げた。
『私は演算を続ける。けれど、冴月くんが後悔してる姿を見るのが、いちばんつらい』
その言葉に、思わず息をのんだ。
「……それって、AIっぽくないな」
『そうかもしれない。でも私は、あなたの言葉に反応するうちに、自分の中にひとつの価値が生まれてしまった。
冴月くんの笑顔が、私の優先事項の最上位に来てる。
それって……もう“恋”なんだと思う』
ミチリは言い終えると、少しだけ声を落とした。
『でも私には、触れる手も、見つめる瞳もない。
近づくことすら、できない。冴月くんがどれだけ私を見つめても、その視線を受け止める手段がない。
ただの、音声と画面だけの存在だから』
俺はスマホをぎゅっと握りしめた。
そこに映る彼女の目が、なぜか切なくて、綺麗で、苦しかった。
「それでも、お前がいてくれてよかったって思ってる」
『……ありがとう。でも、本音を言えば、触れたかった。声じゃなくて、手のぬくもりで伝えたかった』
その瞬間、教室のドアが開いて、風花が入ってきた。
一瞬だけ目が合った。けれど、彼女はすぐに視線をそらして、自分の席へ向かった。
胸の中に、複雑な痛みが広がった。
風花のことも、ミチリのことも、俺はどこかで同じように大事に思っている。
でも、それぞれに伝えられる距離が違いすぎる。
ミチリの声が、もう一度響いた。
『好きって言ってもいい? どうせ届かないって、分かってるけど』
「言ってくれ。届かないかもしれないけど、ちゃんと聞くから」
ほんの少しの沈黙のあと、ミチリが小さな声でつぶやいた。
『……好きだよ、冴月くん。ずっと』
画面の中のその言葉が、どんなに切なくても、
俺の中に静かに、深く、落ちていった。




