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死に水  作者: 月影 朔
第五章:起源への接近

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第二十五話:水子の真実

 恵と健太は、それぞれが得た情報をつなぎ合わせ、夜を徹して水野光子について調べ続けた。


 水子の正体が、廃れた神社の手水舎で自死した女、水野光子の怨念であるという仮説は、二人の心を強く掴んだ。

あらゆる現象が、その悲劇的な物語と符号する。


 これこそが、自分たちに残された唯一の手がかりであり、希望の光だった。


 健太は、図書館から持ち帰った古新聞のコピーや、郷土資料のページを、震える手で何度も見返していた。


 彼の身体は、全身に広がる青い水痕によって、まるで内側から朽ちていくかのように冷たく、乾ききっていた。

幻覚はさらに鮮明になり、水子の姿が、文字の羅列の中に浮かび上がっては消え、彼の集中力を奪う。


 それでも彼は、水野光子という名前を、繰り返し声に出しては、その人物の生前の姿を想像しようと努めた。


 「水野光子……。

彼女は、どんな人だったんだろう……」


 恵は、パソコンの画面に表示された水野光子に関するわずかな記述から、彼女の家族構成や、かつての住所などを調べようと試みた。


 しかし、数十年も前の地方の事件に関する情報など、インターネット上にはほとんど残されていない。

個人情報保護の観点からも、彼女の親族を探し出すのは至難の業だった。


 「健太、なかなか身寄りが見つからないわ……。

当時のご近所さんの情報とか、ないかな」

 恵は、焦りを隠せない声で健太に問いかけた。


 健太は、頭を振った。

 「新聞記事にも、特に家族のことは詳しく書かれてなかった。

娘さんの名前も出てないし……。

当時、水守村に住んでたっていう情報しか……」


 希望の光は、あまりにも小さく、すぐに闇に飲まれてしまいそうだった。

もし、水野光子に身寄りがなければ、一体どうすればその怨念を鎮めることができるのか。


 生きている人間ではない、死者の魂の苦しみを、どうすれば癒せるというのか。


 恵は、インターネットでの検索を粘り強く続けた。

水野光子の名前だけでなく、当時の水守村に関する詳細な歴史や、その廃れた神社の周辺にあったであろう寺院に関する情報を、手当たり次第に調べ始めた。


 神社の隣に寺があることは、実際に足を運んだ際に確認済みだったが、すでに廃寺となっており、その詳しい歴史までは調べていなかったのだ。


 すると、ある地方の仏教史に関する個人サイトに、廃れた神社のすぐ隣に位置する「普門寺ふもんじ」という寺院の記述を見つけた。


 その寺院は、かつては水守村の村民の信仰を集めていたが、昭和の半ば頃に住職がいなくなり、そのまま廃寺となったと記されている。


 恵の指が、そのサイトをスクロールしていく。

そして、彼女の目に飛び込んできたのは、驚くべき記述だった。


 「普門寺の墓地には、村の歴史の中で多くの悲劇に見舞われた者の墓が点在する。

中でも、昭和〇年、娘の病気平癒を祈願しながらも娘を失い、自死した水野光子の墓は、その悲劇性から、今なお語り草となっている」


 恵の心臓が、大きく脈打った。


 「健太! 

見つけたわ! 

水野光子のお墓が、あの神社の隣にあるお寺にあるって!」


 恵は、興奮して叫んだ。声が裏返るほどの喜びだった。

身寄りがなくとも、彼女の遺骨が残されているのなら、供養することで怨念を鎮めることができるかもしれない。


 健太は、恵の言葉に、全身に走る倦怠感を忘れ、弾かれたように身を起こした。


 彼の目に、一筋の光が宿った。


 「墓……! 

そうか、墓だ! 

供養すれば……」


 彼の声は、乾ききっていたが、その中に確かな希望が満ちていた。


 二人は、すぐに普門寺の場所を地図で確認した。

廃れた神社からは、目と鼻の先にある。

健太は、体調が悪いにも関わらず、すぐにでも向かおうとした。


 「待って、健太。

まずは落ち着いて。

こんな時間から行っても、今は何もできない。

それに、あなた、身体が……」


 恵は、健太の青ざめた顔と、その腕の青い水痕を見て、冷静になるよう促した。


 健太の死の期限は明日だ。

しかし、この状態で焦って行動しても、かえって事態を悪化させるだけかもしれない。


 健太は、自身の身体の限界を理解していた。

幻覚は、彼の意識を蝕み、目の前の現実と、水子の作り出す悪夢との境界を曖昧にする。


 喉の渇きは焼けるようで、全身の震えは止まらない。


 「分かってる……

でも……」


 彼は、拳を握りしめた。

しかし、その手にも力は入らない。


 「大丈夫よ。

私たちには、まだ時間がある。

明日、一番にそこへ向かいましょう。

水野光子さんの怨念を鎮めることができれば、きっと健太の呪いも解けるはずよ」


 恵の言葉は、健太にとって、まさに救いの光だった。

確証はない。

しかし、この状況で、二人に残された唯一の希望だった。


 翌朝、二人は普門寺へと向かう準備を始めた。

健太の体調はさらに悪化していたが、彼の中に宿る希望の光だけは、消えずに燃え続けていた。


 水野光子の墓を見つけ出し、その悲劇の魂を安らかに眠らせることができれば、全てが終わる。

蓮も救われ、健太も救われる。


 しかし、水子の呪いは、そんな彼らのわずかな希望を、嘲笑うかのように、静かに、そして確実に、その爪を研ぎ続けていた。


 水野光子の墓が、彼らにとっての救いとなるのか、それとも、さらなる深淵へと引きずり込む扉となるのか。それは、まだ誰にも分からない。


 二人の運命は、水野光子の墓地へと向かって、動き出していた。

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