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死に水  作者: 月影 朔
第三章:藁にもすがる思い

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第十五話:除霊師との面会

 約束の日、恵は、早朝から健太のアパートへ向かった。


 彼の憔悴しきった姿を見るたび、恵の胸は締め付けられる。健太は、夜中に何度も喉の渇きと悪夢にうなされ、ほとんど眠れていないようだった。


 彼の腕に浮かぶ青い水痕は、血管が浮き出るようにくっきりと見え、皮膚の内側から生命力が吸い取られているかのような、禍々しい輝きを放っていた。


 「健太、大丈夫? 

行ける?」


 恵が声をかけると、健太は力なく頷いた。

彼の身体は、まるで魂の抜け殻のようだったが、その瞳の奥には、わずかな、しかし確かな希望の光が宿っていた。


 それが、恵が昨夜見つけた除霊師「暁」との面会という、最後の望みだった。


 二人はタクシーを拾い、面会場所である古い日本家屋へと向かった。車窓から流れる見慣れた街並みが、やけに遠く感じられる。


 健太は、道中ずっと荒い呼吸を繰り返し、時折、意識が遠のくのか、ぐったりと目を閉じた。その度に恵は、彼の名を呼び、その冷たい手を握りしめた。


 指定された住所に到着すると、そこには、都心から少し離れた静かな住宅街にひっそりと佇む、時代を感じさせる日本家屋があった。


 高い塀に囲まれ、瓦屋根の奥には、手入れの行き届いた庭の木々が見え隠れする。その佇まいは、一見するとごく普通の民家だが、どこか周囲とは隔絶された、独特の空気を纏っていた。


 門をくぐり、玄関へと続く石畳を歩く。湿った土の匂いと、微かに線香のような香りが混じり合い、恵の鼻腔をくすぐった。


 玄関の引き戸は、古い木製で、そっと開けると、板張りの廊下が奥へと続いていた。


 「ごめんください……」


 恵が声をかけると、奥から、ゆっくりとした足音が近づいてくる。そして、障子の向こうから現れたのは、年老いた女性だった。


 彼女は、白い和服を身にまとい、白髪をきちんと結い上げていた。

その顔には深い皺が刻まれ、長い年月を生きてきた者の知恵と苦悩が滲み出ているようだった。


 しかし、何よりも恵の目を引いたのは、その瞳だった。深い藍色を帯びた瞳は、宇宙の広がりを思わせるほど深く、そして、恵の心の奥底まで見透かされているかのような、強い霊的な光を宿していた。

まさに「見るからに神秘的な雰囲気」をまとっていた。


 その女性こそ、除霊師、暁だった。


 暁は、二人を静かに見つめ、何も言わずに奥の部屋へと促した。案内されたのは、簡素ながらも清らかに整えられた和室だった。


 床の間には、簡素な掛軸がかけられ、部屋の中央には座布団が二つ、向かい合うように置かれていた。


 恵と健太が座布団に座ると、暁は彼らの向かいに腰を下ろした。彼女は、目を閉じて一呼吸置くと、ゆっくりと瞼を開いた。そして、その視線を、健太へと向けた。


 健太は、暁の視線に射抜かれたかのように、身体を硬くした。彼の喉の渇きはさらに加速し、身体の内側から水分が蒸発しているかのような感覚に襲われる。


 暁は、健太の全身を、隅々まで見つめる。

そして、彼女の顔に、明確な驚きと、深い憂いの色が浮かんだ。


 「これは……」

 暁の声が、静かな部屋に響き渡った。その声は、震えていた。


 「これは、生半可な呪いではありません。

私がこれまで見てきた中でも、類を見ないほどに強力で、そして、深く根付いた怨念……」


 彼女の視線が、健太の腕の青い水痕に注がれた。

 「『死に水』の呪い……古くから伝わる禁忌。まさか、この時代に、これほど鮮明な形で現れるとは……」


 恵は、暁が呪いの名前を口にしたことに、息を呑んだ。これまでの霊能者や坊さんが、呪いの正体を見抜くまでに時間がかかったり、あるいは見抜けない者もいた中で、暁は健太を一目見ただけで、全てを見通したのだ。これこそが、本物の力を持つ者だと、恵は確信した。


 「貴方の身体は、怨念に深く蝕まれている。霊魂のみならず、肉体までもが、水子の思念によって変質している。

このままでは、身体の水分全てを奪われ、干からびて死に至るでしょう。残された時間は、非常に少ない」


 暁の言葉は、冷たく、しかし現実を突きつけるものだった。


 健太の表情は、絶望に打ちひしがれていた。


 暁は、健太から視線を外し、恵の目をまっすぐに見つめた。


 「この呪いを解くには、並大抵の覚悟では足りません。これは、私の命を賭けることになるかもしれない、それほどの危険を伴います。

場合によっては、私自身も無事では済まない可能性もございます」


 彼女の言葉に、恵の全身に冷たいものが走った。除霊師が自らの命を賭ける。それは、この呪いがどれほど途方もないものかを示している。


 「それでも、あなたは、この男を救う覚悟がございますか? 

そして、健太殿。あなたも、この苦痛を乗り越え、生きていく覚悟がございますか?」


 暁の声は、静かだったが、その中に込められた重みに、恵は息を詰まらせた。


 恵は、健太の隣で、彼の震える手を取った。健太の顔は青ざめ、唇は乾ききっていたが、彼の瞳には、蓮の面影が焼き付いているかのようだった。蓮のために、健太はまだ死ぬわけにはいかない。


 「はい……! 

どんなことでもいたします! 

蓮のため、そして健太のため、どんなことでも……!」


 恵の声は、震えていたが、その決意は揺るぎないものだった。彼女は、深々と頭を下げた。地面に額がつくほどに、深く。


 その恵の姿に、健太もまた、最後の力を振り絞るように、頭を下げた。彼の言葉は、喉から絞り出されるような、か細い呻きとなった。


 「……お願いします……何でも……します……」


 その言葉は、絶望の淵から這い上がろうとする、か細い叫びだった。


 暁は、二人の覚悟を見届け、静かに頷いた。


 「承知いたしました。では、これより、除霊の準備に入ります。

ただし、この除霊には、あなた方の協力が不可欠です。呪いの本質を理解し、それを逆手に取るための、危険な儀式を行うことになります」


 暁の言葉に、恵と健太は顔を上げた。彼らの目には、恐怖と不安が入り混じっていたが、それ以上に、一筋の希望の光が宿っていた。


 その光は、これまで何度も打ち砕かれそうになった彼らの心を、かろうじて繋ぎ止めていた。


 費用について、暁は一切口にしなかった。それは、この除霊師が、真に人助けのために存在し、金銭欲とは無縁の存在であることを物語っていた。彼らにとって、これ以上の奇跡はなかった。


 この日から、二人の運命は、暁という除霊師の手に、そして、未だ見ぬ「危険な儀式」へと、本格的に委ねられることになった。


 健太の命のカウントダウンは、新たなステージへと突入する。

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