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死に水  作者: 月影 朔
第三章:藁にもすがる思い

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第十三話:霊能者への依頼

 救急車で運ばれた健太は、病院で点滴を受け、一命を取り留めた。


 医師は、極度の脱水症状と疲労、そして精神的なストレスによる一時的な意識喪失と診断したが、恵の目に映る健太の姿は、そんな診断では説明できないほど異様だった。


 彼の腕の青い水痕は、まるで血管が青いインクで染め上げられたかのように、さらに鮮明に浮かび上がっていた。そして、その目は、恵には見えない「水子」の恐怖を映し出し、生気を失っていた。


 恵は、医師の言葉に頷きながらも、心の中では確信していた。


 これは病気ではない。呪いだ。

これまで健太が見ていた幻覚が、ついに現実の肉体にまで干渉してきたのだ。


 水子が健太の足に絡みつき、彼を窒息寸前にまで追い込んだ事実が、恵の心に重くのしかかっていた。そして、死の期限まで時間があるため、水子が途中で手を引いたという健太の言葉が、その恐怖をさらに煽る。それは、明確な「死の予告」だった。


 病院のベッドで、憔悴しきった健太の顔を見つめながら、恵は必死に考えた。


 科学も医学も、この呪いには何の役にも立たない。となれば、頼るべきは、この世の常識では計り知れない力を持つ者たちだ。


 霊能者、霊媒師、除霊師、お坊さん……。


 藁にもすがる思いで、恵はスマートフォンを手に取った。インターネットで「除霊 相談」「霊媒師 東京」「お祓い 有名」といったキーワードを片っ端から検索した。


 まず目に飛び込んできたのは、派手なウェブサイトや、いかにも胡散臭い広告の数々だった。


 「悩みを解決します!」


 「たった一日で幸せに!」


 「強力な除霊で、あなたの人生を好転させます!」といった謳い文句が、まるで絵の具をぶちまけたように画面いっぱいに表示される。


 恵は、そんなサイトを慎重に選びながら、何件か問い合わせの電話をかけてみた。


 「もしもし、あの、除霊をお願いしたいのですが……」


 電話口の向こうからは、ねっとりとした、いかにもそれらしい声が聞こえてくる。


 「はい、承知いたしました。

お客様のお悩み、詳しくお聞かせいただけますでしょうか?」


 恵は、健太の症状を簡潔に説明した。異常な喉の渇き、腕に浮かぶ青い水痕、そして「水子」という存在の幻覚、そしてついには肉体的な攻撃。


 すると、相手の声色が、明らかに変わった。

 「ほう……

それは、大変なご病気ですね……。

これは、尋常ならざる霊障のようです。並大抵の力では、太刀打ちできませんな」


 わざとらしいほど、大げさな口調。恵は、すぐに胡散臭さを感じ取った。


 「お見積もりは、どのくらいになりますか?」

 恵が尋ねると、相手は間髪入れずにこう答えた。


 「そうですねぇ……

今回のケースは、非常に強力な呪いですので、最低でも三百万円はかかりますな。

あとは、経過に応じて追加で費用が発生する場合もございますが……」


 三百万円。

恵は、思わず絶句した。カフェ店員として働く恵と、定職についていない健太には、到底払える金額ではない。蓮の治療費だけでも、彼らを追い詰めていたのだ。


 「あ……すみません。今回は、ちょっと……」

 恵は、丁重に断り、電話を切った。


 他にも何件か電話をかけたが、ほとんどが似たようなものだった。高額な料金を提示したり、具体的な解決策を語ろうとせず、ただ不安を煽るだけの者たち。


 中には、健太の症状を聞くと、「それは我々では扱えない」と、露骨に嫌悪感を示す者もいた。


 「やっぱり、こんなものか……」

 健太は、病室のベッドの上で、力なく呟いた。

彼の声には、深い疲労と、諦めの色が滲んでいた。


 「そんなことないわ。きっと、本物の力を持つ人もいるはずよ」

 恵は、自分に言い聞かせるように言った。しかし、その言葉は、自分自身を鼓舞するためのものでしかないと、彼女自身が一番よく分かっていた。


 翌日、恵は、健太が退院した後も、霊能者探しを続けた。


 今度は、もっと慎重に、口コミや評判を重視して探すことにした。インターネットの掲示板や、オカルト系の専門誌に掲載されている情報を、片っ端から読み漁る。


 そして、ようやく、信頼できそうな人物を見つけた。


 一人目は、都内の一角にひっそりと庵を構える、老齢の除霊師だった。簡素な造りの庵だが、中には清らかな空気が満ちており、何となく心が落ち着く。


 除霊師は、白髪を束ねた厳かな雰囲気の老女で、その瞳の奥には、長年の経験から培われたような、深い知恵と洞察力が宿っていた。


 恵は、健太を連れて庵を訪れ、これまでの経緯を説明した。健太は、老女の前に座ると、身体から異常な邪気が発しているかのように、その場にいるだけで空気が重くなった。彼の腕の青い水痕は、老女の目の前で、不気味なほど鮮やかに脈打っているように見えた。


 老女は、健太をじっと見つめていた。

その表情は、やがて真剣さを帯び、やがて、驚きと、そして恐れの色へと変わっていった。


 「これは……

これは、尋常ではありませんね」

 老女の声は、震えていた。


 「お客様の身体に憑いているのは、非常に強力な、そして古い怨念です。水辺にまつわる、深い悲しみと憎しみが、これほどまでに凝り固まったものを、私はこれまで見たことがありません」


 老女は、健太の腕に浮かぶ青い水痕に視線を落とした。

 「この痣は……。

まさか、これは『死に水』の呪い……」


 彼女の口から、恵が何度も耳にした、その言葉が漏れた。


 恵の心臓が、ドクリと音を立てた。


 「ご存知なのですか!?」

 恵は、前のめりになって尋ねた。


 老女は、深く息を吐き出した。

 「ええ。古くから伝わる禁忌の一つです。

ですが、これは、私が扱えるレベルのものではありません。私の霊力では、この怨念を鎮めることはできません」


 老女は、静かに首を振った。その顔には、深い疲労と、諦めのようなものが滲んでいた。


 「関わるべきではありません。あなた方も、これ以上深入りしない方がいい」


 その言葉は、恵と健太に、絶望を突きつけた。本物の力を持つと思われる除霊師でさえ、手に負えないと言うのだ。


 「他に、どなたかいらっしゃいませんか? 

この呪いを解ける方が……」

 恵は、懇願するように尋ねた。


 老女は、しばらく黙っていたが、やがて、重い口を開いた。


 「……この国には、確かに、私の想像を絶する力を持つ者も存在します。

ですが、彼らは表舞台に姿を現すことはありません。そして、そのような大いなる力を持つ方々への依頼となると、費用も桁違いになるでしょう。

あなた方には、少々、負担が大きいかもしれませんね」

老女は、静かに費用について言及した。


 その金額を聞くまでもなく、恵は、自分たちには手の届かない世界だということを悟った。問い合わせるだけ無駄だと判断し、恵は深々と頭を下げ、庵を後にした。


 二人目は、古刹の住職だった。

袈裟をまとった住職は、穏やかな顔をしているが、その眼差しには、一切の迷いがなかった。彼もまた、健太の身体から放たれる異様な邪気に、すぐに気づいたようだった。


 「これは……

並大抵の邪気ではありませんな。

水子の怨念……それも、非常に強いものです」


 住職は、健太の腕の青い水痕をじっと見つめた。

 「この紋様は、まさに『死に水』の呪いの証。しかし、この呪いは、非常に解くのが困難です」


 恵は、住職の言葉に、わずかな希望を抱いた。古文書に記されているということは、何か手がかりがあるかもしれない。


 「どうすれば、解けるのでしょうか?」


 恵が尋ねると、住職は首を振った。


 「残念ながら、この寺では、その術を持ち合わせておりません。

この怨念は、あまりにも深く、あまりにも重い。我々では、これを鎮めることはできないでしょう」


 住職の言葉は、まるで冷水を浴びせられたかのようだった。


 「やはり、無理なのですか……」

 健太は、俯き、肩を震わせた。


 「高額な費用を払えば、霊力の強い者が紹介される可能性もございますが、それは我々が口出しできることではございません。

それほどの力を持つ者は、自らの意思で動くものでございますから」


 住職は、それ以上、言葉を継がなかった。やはり、費用もさることながら、彼らの意思一つで動いてくれるような相手ではないということなのだろう。


 絶望。

二人の心は、再び深い絶望に包まれた。


 本物の力を持つと思われる者たちも、ことごとく彼らを断ってきた。


 健太の身体は、限界に近づいていた。喉の渇きは悪化の一途を辿り、腕の青い水痕は、もはや皮膚の一部のように彼の腕を覆い尽くさんばかりだった。


 それでも、恵は諦めなかった。

 「まだよ、健太! 

まだ、探せるはずよ!」


 恵は、そう言って、インターネットの検索窓に、さらに別のキーワードを打ち込んでいく。


 「呪い 解き方 前例」「強力 除霊師 口コミ」「霊能者 隠れた存在」


 しかし、どの検索結果も、彼らがすでに見たものばかりだった。


 胡散臭い広告、体験談、そして、「私には手に負えない」という絶望的な言葉。


 部屋の空気は、鉛のように重い。

健太の荒い息遣いが、その重い沈黙を破る。


 彼の命の灯は、風前の灯火のように揺れていた。


 二人は、それでも、パソコンの青白い光に照らされながら、闇の中を彷徨い続けた。


 希望の光は、あまりにも遠く、あまりにもかすかだった。


 しかし、諦めるわけにはいかない。

 蓮のために。

 そして、健太の命のために。

 二人の孤独な闘いは、終わりが見えないまま、続いていた。

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