宿に帰還
冒険者の二人組から話を聞き終えたレイラとリナは、先に戻ったミレたちを追って宿屋へと足を踏み入れた。
内装は灰色の石レンガで統一された洋風建築。
だが無機質な印象はなく、壁の所々に埋め込まれた透明なガラスが柔らかな光を反射し、まるで水面の揺らぎを閉じ込めたかのような静謐な空気を漂わせている。
レイラは小脇に抱えた伝書を押さえながら、ゆっくりと周囲へ視線を巡らせた。
「マジュリアとはまた違った風情があるわね」
「えぇ、水を連想させる落ち着いた素晴らしい雰囲気ですね」
土地ごとの文化や意匠を尊重する彼女にとって、このヒノキの建築様式は興味深く、そして心を落ち着かせるものだった。
簡単なチェックインを済ませた直後。
パタパタと軽快な足音が廊下の奥から近付いてくる。
「やっと戻ってきたのにゃ! 二人とも、部屋はこっちなのにゃ!」
現れたのはミレだった。
フワフワのズボンに、猫耳をすっぽり収めたピンク色のモコモコローブ。完全にくつろぎモードの部屋着である。
「お出迎えありがとうございます、ミレちゃん」
「えへへにゃ」
無邪気に笑いながら、ミレは二人の手を取ってぐいぐいと引っ張る。
「部屋はこっちにゃ! 主から聞いてたのにゃ!」
案内されたのは三階、306号室。
「ここにゃ!」
「案内ありがとう、ミレちゃん」
扉を開けると、室内には静かな祈りの気配が満ちていた。
ナミダが聖水の器に向かい、目を閉じて祈りを捧げている。
「二人とも連れてきたのにゃ!」
「ありがとうございます、ミレさん」
ナミダはゆっくりと目を開き、穏やかに微笑んだ。
「祈り……ですか?」
「はい。私の家系の日課なんです。毎晩、水の女神に祈りを捧げる」
それは、この国に水をもたらす神への敬意と感謝の儀式。
静かで、しかし確かな信仰の形だった。
――そのタイミングで。
廊下の方から複数の足音が近付いてくる。
扉が開き、宝たちが姿を現した。
「先に戻ってたのか、みんな」
「主! おかえりなさいなのにゃ!」
ミレが勢いよく飛びつく。
宝はそれを受け止め、そのまま優しく頭を撫でた。
「みんなお昼ぶり!」
「ふむ、ここが宿屋と言うのだな!」
その言葉と共に、全員の視線が宝の背後へと集まる。
そこに立っていたのは――
異様な存在感を放つ女魔道士。
「宝様、その方は?」
問いかけに対し、当の本人が一歩前に出た。
「ふふん、よくぞ聞いてくれた。科学者」
胸に手を当て、堂々と顎を上げる。
「ワタシこそが、完璧究極の美の女魔道士……レビア・カーディナルだ!」
無駄に通る声が室内に響き渡る。
「あの、レビアさん。宿屋なので少し声を落として」
「そうか、すまんな!」
茜が慌てて制止し、レビアはあっさりと引き下がった。
「レビア・カーディナル……聞いた事がないにゃ。でも、凄い強そうなのにゃ」
ミレがじっと見上げる。
その小さな身体がわずかに強張っているのを、宝は見逃さなかった。
――本能的に感じ取っている。
この女の“格”を。
「レビア・カーディナル。過去の文献で名前を目にしたことはありましたが、実際にお目にかかれるとは……」
リナが驚きを隠せずに呟く。
「水の大魔道士ね……」
レイラもどこかうっとりとした表情で続けた。
「ほう、ワタシの魅力を分かる者が居るとは、良きことだ」
当の本人は腰に手を当て、満足げに胸を張る。
宝はそんな様子を横目に見ながら問いかけた。
「レイラさん、リナ。レビアってどんな魔道士なんだ? 本人から自己紹介は聞いたんだが、イマイチ分からなくてな」
圧倒的な気配は感じている。
だが、その実像が掴めない。
リナが静かに息を整え、口を開いた。
「レビア・カーディナル。千年前――藍涙の陥落を狙った半神十八体の軍勢を……」
一拍。
「満身創痍になりながら、たった一人で退けた存在です」
部屋の空気が変わる。
「史上最強と呼び声の高い女魔道士」
レイラが言葉を継ぐ。
「そして当時の貴族たちからは、こう呼ばれていました――」
「“水龍の大魔道士”と」
その名を聞いた瞬間、麗華の目が輝いた。
「水龍!? ドラゴン出せるの!?」
「あぁ! 出せるとも!」
即答。
レビアは誇らしげに腕を組む。
「今度見せてやろう、ワタシの実力を!」
その言葉には、一切の誇張がなかった。
――ただの事実としての、自信。




