伝書
ナミダは慎重な手つきで、その分厚い伝承書を受け取った。
指先に伝わるのは、長い年月を経た紙のざらつきと、微かに残る魔力の気配。
ただの書物ではない。
これは――意図的に“残された記録”だ。
「ミレちゃん、お手柄ね」
「えへへ……照れるのにゃ」
ミレは少しだけ頬を緩め、嬉しそうにしっぽを揺らした。
だが、その空気とは裏腹に、ナミダの内心は張り詰めていた。
(この本が存在しているということは……完全に隠されている訳ではない)
つまり。
(誰かが“残す価値がある”と判断した情報……)
それは、単なる伝承ではない可能性が高い。
カレンがぱっと表情を明るくする。
「お目当ての本、見つかったみたいですね! 良かったです!」
「私たちのために、ありがとうございます」
レイラが丁寧に頭を下げる。
「いえいえ! 私、憧れの人の助けになれて幸せですから!」
カレンは太陽のような笑顔を浮かべた。
その言葉に、ナミダは一瞬だけ目を伏せる。
胸の奥に、微かな温かさが灯る。
(……守らなければ)
この国も、この人たちも。
そして――
この本に記された“真実”も。
ナミダは顔を上げ、静かに問いかける。
「あの……こちらの本、貸出していただけますか?」
その言葉に、カレンは少しだけ困ったように眉を下げた。
「あ〜……ちょっと重たい本なので、確認が必要かもしれませんね」
一拍置いてから、頷く。
「司書長に聞いてみます!」
そう言うと、彼女は軽やかな足取りで奥へと消えていった。
扉が閉まる。
同時に、空間に静寂が落ちる。
残された四人。
その場に漂うのは、わずかな緊張と不安だった。
「許可……貰えるにゃ?」
ミレが小さく呟く。
「どうかしらね……」
リナが腕を組み、思考を巡らせる。
「もし駄目だった場合、昼間に再度訪れる必要があるわ」
「ですが……」
レイラが視線をナミダへ向ける。
「ナミダさんは狙われています。人目のある時間帯に長く滞在するのは危険です」
その言葉に、空気が一段と引き締まる。
この国において、ナミダの存在はあまりにも目立つ。
そして――敵も多い。
「……そうね」
リナが短く頷く。
「行動時間は極力絞るべき。つまり――」
結論は一つ。
「この場で持ち帰れない場合、情報収集は大きく遅れる」
重たい現実だった。
「どうしたものにゃ……」
ミレの耳がぺたりと垂れる。
ナミダはそんな彼女を見つめながら、静かに本を抱きしめた。
(この機会は……逃せません)
直感が告げている。
この書物は――
“鍵”だと。
その時。
奥の扉が勢いよく開いた。
「皆さん!」
カレンが戻ってくる。
その表情は――明るい。
「司書長の許可ですが、オーケー貰えました!」
一瞬の静寂。
そして――
「ほんとにゃ!?」
ミレの顔がぱっと輝く。
リナは小さく息を吐き、緊張を解いた。
レイラも安堵したように微笑む。
「期限内、一週間以内に返却すれば問題ないそうです!」
「助かりました……!」
レイラが深く頭を下げる。
「司書長さんにも感謝ですね」
リナも続けて礼を述べた。
ナミダは本を抱えたまま、静かに目を閉じる。
(繋がった……)
点だった情報が、線になり始める感覚。
水神。月と太陽。
そして――干害。
全てが、どこかで交わっている。
「ありがとうございます、カレンさん」
ゆっくりと頭を下げる。
その声には、確かな決意が宿っていた。
カレンは照れくさそうに笑う。
「いえいえ! 役に立てて嬉しいです!」
夕暮れの残光が、図書館の窓から差し込む。
長い影が本棚の間に伸びていく。
その中で。
ナミダは本の表紙を見つめた。
渦巻く光と闇。
対立し、混ざり合う象徴。
(この国の“歪み”の正体……)
静かにページを撫でる。
(――必ず、暴いてみせます)
こうして。
彼女たちは、ついに核心へと繋がる“鍵”を手に入れた。
だがそれは同時に――
この国の真実という、決して踏み込んではならない領域への入口でもあった。




