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二神教


 夕暮れに照らされる石畳の道を、ゆっくりと歩く。


 橙色の光が建物の壁に長い影を落とし、街全体がどこか幻想的な色彩に包まれていた。


 道の両脇には、奇妙なタペストリーが幾つも掲げられている。


 歪んだ笑みを浮かべる太陽。

 感情の読めない無機質な月。


 どちらも人の顔を模しているはずなのに、どこか“生物ではない何か”を感じさせる不気味さを孕んでいた。


「この模様……やっぱり変わってるのにゃ」


 ミレが立ち止まり、じっと見上げる。


 その視線の先で、布は風に揺れ、まるでこちらを見返しているかのように歪んだ。


(象徴……というより、これは……)


 リナは無言で観察する。

 科学者としての直感が告げていた。


(信仰対象の“姿”そのものを描いている可能性が高い……)


 思考を巡らせながら歩いていると、やがて足元の石畳が徐々に荒れ始めた。


 人通りも減り、空気がわずかに静まり返る。


 その先に――


 それは現れた。


「凄い大きいのにゃ……!」


 ミレが思わず声を上げる。


 視界いっぱいに広がる巨大建造物。


 それはもはや“建物”ではなかった。


「こちらが、大図書館です!」


 カレンが誇らしげに言う。


 老朽化した道とは対照的に、建物は圧倒的な威容を誇っていた。


 白亜の巨大な柱が天を支えるように立ち並び、重厚な扉が訪問者を拒むかのように鎮座している。


 その佇まいは、知識の集積所というより――


 “王の間”あるいは“魔王の城”と呼ぶ方がしっくり来るほどだった。


「広いですね……」


 レイラが小さく呟く。


「えぇ! この国一番の図書館ですから!」


 カレンは楽しそうに笑いながら、スカートのポケットから鍵を取り出した。


「今開けますね!」


 鍵が差し込まれる。


 わずかな静寂。


 そして――


 ガチャリ。


 重く乾いた音と共に、扉の封が解かれた。


「よし、それじゃあどうぞ!」


 カレンが扉を押し開ける。


 ゆっくりと開くその隙間から、ひんやりとした空気と共に、古紙の匂いが流れ出てきた。


「二時間くらいは私が黙って居られるので、その間に見つけちゃってください!」


「貸出もおーけーです!」


「助かりました……」


「感謝しています、カレンさん」


 ナミダとリナが深く頭を下げる。


 そして四人は、静かに中へと足を踏み入れた。


――――大図書館――――


 そこは――


 本の宮殿だった。


 一歩足を踏み入れた瞬間、視界を埋め尽くす書架の群れ。


 天井まで届く本棚が幾重にも連なり、まるで迷宮のように広がっている。


 外観以上に、内部は異質だった。


(これは……もはや一つの文明の記録庫……)


 リナの思考が自然と分析に入る。


 並ぶ書物の数は常識を逸していた。


 数万、数十万などという単位ではない。


 数百万……いや、それ以上。


 積み重ねられた知識の層が、空間そのものを圧迫しているかのようだった。


「凄い沢山あるのにゃ……!」


 ミレの瞳がきらきらと輝く。


「えぇ……本当に……」


 リナも思わず息を呑む。


 科学者として、この空間はまさに宝の山だった。


(これだけの情報量……正しく使えば、文明一つ動かせる)


 だが、同時に理解する。


(――だからこそ、管理されている)


 カレンが指を差す。


「確か、伝承系は五番の列にあるはずです!」


「ありがとうございます」


 ナミダが先導し、五番の列へと進む。


 そこに並んでいたのは――


『ヒノキの文化』

『ヒノキ伝統芸能集』

『穀物と暮らし』


 どれも民俗・生活・文化に関するものばかりだった。


「殆どが文化系の本ですね」


「えぇ……」


 ナミダが静かに頷く。


「神話という都合上、この国にとっては……非常にデリケートな領域ですから」


 その言葉の意味を、全員が理解した。


 この国は、宗教によって分断されている。


 一方の神を語れば、もう一方に敵と見なされる。


 だからこそ――


 “神そのもの”は記録されない。


(情報統制……いえ、自衛のための沈黙)


 リナは心の中で整理する。


 安全のために、真実が埋もれている。


 それがこの国の構造だった。


 ページをめくる音だけが静かに響く。


 だが――


 どれだけ探しても、核心には辿り着かない。


(神格の情報……ゼロ)


 時間だけが無情に過ぎていく。


 残り時間、三十分。


 焦燥がじわりと広がる。


 その時だった。


「これは……」


 ミレが一冊の本を手に取る。


 それは――異様だった。


 辞書を遥かに超える厚さ。


 古びた表紙。


 そして刻まれた、光と闇が渦巻く魔法陣。


 禍々しさと神聖さが同時に存在する、矛盾した存在感。


「何の本にゃ?」


 ミレが首をかしげる。


 ナミダが振り返り――


 その本を見た瞬間、息を呑んだ。


「それは……間違いありません」


 静かに言う。


「月と太陽の神の伝承書です」


 ついに――

 核心へと繋がる扉が、開かれた。

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